Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
3. 歪みと弾性定数,四極子感受率
3-1 歪みと弾性エネルギー

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章  歪みと弾性定数,四極子感受率


物理的に意味があるのは音速ではなく,単位体積当たりに蓄えられる弾性エネルギーを表す「弾性定数」である.実験からは音速とC = ρ v2の関係で弾性定数(SI系では[J m-3],CGS単位系では[erg cm-3]の次元)が得られる.物質の密度ρが一定であると仮定した時,弾性定数の絶対値は音速の絶対値によって決まり,ヤーン・テラーエネルギーや四極子相互作用の結合定数を見積もる際に重要になる.一方,弾性定数の単位を圧力の単位[Pa]や[dyn/cm2]で表す場合もある.こちらは圧力効果を論じる場合や圧縮率(バルクモジュラス)との比較を行う際に有効かもしれない .

本章ではまず局在性が強い(混成効果が弱い)f 電子系について四極子感受率の定式化を行う.結論を先に言ってしまうと,それは量子力学の二次摂動を用いた,電気双極子と誘電率,あるいは磁気双極子と帯磁率の関係式と全く同じである.超音波が作る歪み場と結合するのは電気四極子であるから,波動函数に適用する演算子のランクが双極子から1つだけ上がり,物理量がベクトルからテンソルに変わる以外は何ら特別なことは無い.だから一度でも感受率の計算をやったことのある方は読み飛ばしてもらって構わない.


3.1 歪みと弾性エネルギー


物質は外場に対して何らかの応答を示す.例えば,磁場H に対して磁束密度B,電場E に対して電束密度D,応力Tに対して歪みS が発現する.それらの関係を表1に示す.

Table 1 物理テンソル・特性テンソル・外場のトライアドと,応答する多極子


一般に固体物理学で結晶が物理テンソル I の場の下にある場合,それによる観測量eと結晶の性質に由来する(結晶の異方性によって簡略化された)特性テンソルdの間には以下の関係がある.

e_i=d_{ij}I_j
(1)

ここで,添え字i, j (=1,2,3)は座標成分を表し,添え字の数は階数(ランク)と呼ぶ.
1階ランクのテンソル(即ちベクトル)同士を結びつける物理量dijは2階ランクのテンソルであり,マトリクス型式で表される.

¥pmatrix{e_1¥cr e_2¥cr e_3¥cr}=¥pmatrix{d_{11}&d_{12}&d_{13}¥cr d_{21}&d_{22}&d_{23}¥cr d_{31}&d_{32}&d_{33}¥cr}¥pmatrix{I_1¥cr I_2¥cr I_3¥cr}
(2)
さて,超音波による音速測定から得られる物理量は表1の弾性(スティフネス)定数である.これは物質の応力に対する歪みにくさ,即ち「かたさ」に対応する量で,歪みSも応力Tも2階ランクの極性テンソルであるから,これらを繋ぐ特性テンソルの弾性定数は4階ランクの極性テンソルである.

T_{ij}=C_{ijkl}S_{kl}
(3)
応力Tijはi面に働くj方向の力をあらわす.本稿では今後,誘電率は登場しないので,普段私たちが論文で用いている表記に変更し,歪みをεkl,応力をσijと再定義すると
¥sigma_{ij}=C_{ijkl}¥epsilon_{kl}
(4)
テンソル量Cijklは対称で,その要素は添字の順番に依らないから,以下のようなVoigtの表記で書き換えることができる.
11 → 1,  22 → 2, 33 → 3, 23,(32) → 4, 31(13) → 5, 12(21) → 6.

マトリクス形式で式(4)を表してみよう.

¥pmatrix{¥sigma_1¥cr ¥sigma_2¥cr ¥sigma_3¥cr¥sigma_4¥cr ¥sigma_5¥cr ¥sigma_6¥cr}=¥pmatrix{C_{11}&C_{12}&C_{13}&C_{14}&C_{15}&C_{16}¥cr  &C_{22}&C_{23}&C_{24}&C_{25}&C_{26}¥cr  & &C_{33}&C_{34}&C_{35}&C_{36}¥cr  & & &C_{44}&C_{45}&C_{46}¥cr  & & & &C_{55}&C_{56}¥cr  & & & & &C_{66}¥cr}¥pmatrix{¥epsilon_1¥cr ¥epsilon_2¥cr ¥epsilon_3¥cr¥epsilon_4¥cr ¥epsilon_5¥cr ¥epsilon_6¥cr}
(5)
ここで,空白部分は対称要素Cij=Cjiであるため省略した.さらに,物体に働く応力は釣り合っており,回転モーメントは無いとすると,応力も歪みも対称となり,もともと34 = 81個あった4階テンソルの要素の数が21個に簡約化される.さらに結晶がある対称操作に対して不変であるとすると,特性テンソルは簡約化される.独立な弾性定数の要素は結晶の対称性に応じて減り,最も対称性の高い立方対称では独立な弾性定数はC11, C12, C44のたった3個になる.ここでは群論の詳細については割愛するが,三斜晶から立方晶までの結晶対称性において対称操作によって残る独立な弾性定数と,その基底函数をまとめたものを表2に示す.


Table 2. 様々な結晶系における独立な弾性定数 [6]



Table 3. 立方晶系における超音波の伝搬・変位方向と弾性定数の関係


下では簡単のため,結晶構造が立方晶の場合について考える.一般に,歪みは次のような対称テンソルで定義される.

¥epsilon_{ij}=¥biggl( ¥frac{¥partial u_j}{¥partial i}+ ¥frac{¥partial u_i}{¥partial j}¥biggr)=¥epsilon_{ji}
(6)
ここでuiは変位ベクトルであり,歪みは無次元量であることがわかる.上式で定義された歪みは,x, y, zの二次多項式と同じ変換をする(i,j=1,2,3 → x,y,zと置き直すと解り易い)から,点群Oの既約表現と同じ変換をする対称歪みεΓを求めることができる.表3に立方晶系における超音波の伝搬・変位方向と,誘起される歪み,観測される弾性定数の関係を示した.立方晶系の弾性エネルギーはフックの法則により,弾性定数と対称化された歪みを用いて以下のように書ける.
E_{elas.}&=&¥frac{1}{2}¥sum_{ijkl}C_{ijkl}¥epsilon_{ij}¥epsilon_{kl}¥nonumber¥¥
  E_{elas.}^{cubic}&=&¥frac{1}{2}C_{11}(¥epsilon_{xx}^2+¥epsilon_{yy}^2+¥epsilon_{zz}^2)+C_{12}(¥epsilon_{yy}¥epsilon_{xx}+¥epsilon_{xx}¥epsilon_{zz}+¥epsilon_{zz}¥epsilon_{yy})+2C_{44}(¥epsilon_{yz}^2+¥epsilon_{zx}^2+¥epsilon_{xy}^2)¥nonumber¥¥
  &=&¥frac{1}{2}C_B¥epsilon_{B}^2+¥frac{C_{11}-C_{12}}{2}(¥epsilon_u^2+¥epsilon_v^2)+2C_{44}(¥epsilon_{yz}^2+¥epsilon_{zx}^2+¥epsilon_{xy}^2)
(7)

ここでCB = (C11+2C12)/3はバルクモジュラス で結晶対称性を保持するΓ1 対称性の体積歪みεB = εxxyyzzに対応し図4に示すような単極子・電気十六極子と結合する.(C11-C12)/2, C44はそれぞれΓ3, Γ5対称性の対称歪みに対する四極子の応答に対応する.磁場中の横波超音波には歪みに加えて,格子の回転が弾性エネルギーに寄与する.そのため超音波の伝搬方向と磁場方向の関係に依っては,弾性エネルギーに差が生じる.本稿では割愛する.

(第3章3.2節に続く)


3-4 近藤効果を取り入れた四極子感受率(横波超音波)の一例(CXcal-excel)

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章 超音波実験の測定手法

 

3.4 近藤効果を取り入れた四極子感受率(横波超音波)の一例(CXcal-excel)


結晶場と近藤効果の共存系における各種物理量の計算プログラム``CXcal-excel''が,酒井治先生によって配布されている[23].このプログラムは磁性不純物の結晶場を考慮したアンダーソン・ハミルトニアンから出発し,Non Crossing Approximation(NCA)と呼ばれる自己無撞着摂動論を用いて立方対称結晶場にあるCe3+ (J = 5/2)の1イオン感受率の温度依存の数値データとグラフを簡便に与えてくれる.

図11に結晶場レベルがΓ8(0 K)-Γ7(19 K)で,近藤温度TKを5 Kと10 Kに設定したときの四極子感受率-χΓ3と-χΓ5の温度依存性を示す.横軸は温度の対数で表している.実線は前節で計算したNCA計算を用いない1イオン感受率である.図12には結晶場レベルがΓ7(0 K)-Γ8(38 K)のときの同様の結果を示す.この後の解説のために申し添えると,結晶場分裂幅をこれらの値にした理由は,最終章で紹介するSmOs4Sb12の四極子応答を解釈するためである.Γ7基底モデルの結晶場分裂幅はΓ8基底モデルの丁度2倍の値に設定しているので,Γ8基底モデルの温度軸を2倍にスケールすれば同じ分裂幅の感受率を比較できる.結晶場分裂幅Δに対してTKが半分くらいになるとΓ8基底モデルではキュリー項によるソフト化が急激に抑えられ,逆にΓ7基底モデルでは高温領域でソフト化が増大する.例えばΓ5対称性の四極子感受率-χΓ5はTK = 5-10 K程度を仮定した場合. Γ7とΓ8基底状態のいずれかを定性的には区別できなくなっていることがわかる.(図11,12下図の破線を比較してみよう.).


図11 Γ8(0 K)-Γ7(19 K)の結晶場状態を持つCe3+ J = 5/2の4f 電子系に対する近藤効果を考慮した場合と考慮しない場合の四極子感受率の比較



図12 Γ7(0 K)-Γ8(38 K)の結晶場状態を持つCe3+ J = 5/2の4f 電子系に対する近藤効果を考慮した場合と考慮しない場合の四極子感受率の比較



(第3章3.5節に続く)


3-2 四極子感受率

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章  歪みと弾性定数,四極子感受率

 

3.2 四極子感受率


弾性定数の結晶場効果による温度変化は一般的に四極子感受率として理解できる.四極子感受率は歪み場を摂動として系に加えた場合の四極子モーメントの応答である.これは外部磁場に対する磁気モーメントの応答としての帯磁率と単純に類推できる.以下でその一般式を導く.

結晶中に入射された超音波は結晶格子をわずかに歪ませる.電子状態が四極子を持っている場合,四極子-歪み相互作用を媒介に歪みは結晶場ポテンシャルVCEFに変調を与えて電子系と結合する.そのエネルギー変化は極めて小さな摂動として取り扱うことができる.

V_{¥rm CEF}=V_{¥rm CEF}^0+¥sum_{¥Gamma ¥gamma}¥frac{¥partial V_{¥rm CEF}}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}
(8)

VCEF0は無摂動状態の結晶場ポテンシャル,Γγは点群の既約表現の基底を表し,εΓγは対称歪みである.四極子-歪み相互作用のハミルトニアンHQSはVCEFを歪みの1次まで展開し,第2項の展開係数をウィグナー・エッカートの定理より等価演算子で置き換えると次のように書ける,

H_{¥rm QS}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_¥Gamma O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)}¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}
(9)

gΓは四極子-歪み相互作用の結合定数,OΓγは局在f電子の電気四極子の電荷分布を表す等価演算子で四極子演算子と呼ばれる.電気四極子の大きさは量子軌道の異方的な空間的広がり面積と電荷の積に比例する.希土類イオンのf軌道は角運動量で量子化されているので,四極子の大きさは演算子

Q_{¥Gamma ¥gamma}=Ze ¥langle r^2 ¥rangle ¥alpha_J O_{¥Gamma ¥gamma}
(10)

を用いて計算できる.ここにZeは希土類イオンの有効電荷,<r2>は希土類イオンでのf軌道の動径方向の自乗平均,αJはスティーブンス因子である.以下,四極子演算子OΓを単純に「四極子」と呼ぶことにする.


Fig. 4 対称歪みと結合する多極子



さて,点群の各既約表現に対応する四極子は角運動量Jx, Jy, Jzの線形結合で書き表され,等価演算子法を用いて以下のように記述できる.

¥Gamma_1:¥{O_B=J_x^2+J_y^2+J_z^2¥}¥¥
¥Gamma_3:¥Biggl¥{O_2^0=¥frac{2J_z^2-J_x^2-J_y^2}{¥sqrt{3}},O_2^2=J_x^2-J_y^2¥Biggr¥}¥¥
¥Gamma_5:¥{O_{yz}=J_yJ_z+J_zJ_y,O_{zx}=J_zJ_x+J_xJ_z,O_{xy}=J_xJ_y+J_yJ_x¥}¥¥
(11)

さらに,四極子同士にも伝導電子やフォノンを媒介としてRKKY的な相互作用が働いているものとし,これを四極子間相互作用のハミルトニアンをHQQとして次のように表すことができる.

H_{¥rm QQ}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_¥Gamma^¥prime ¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)}
(12)

ここでgΓ'は四極子のサイト間相互作用定数であり,< OΓγ>は或るサイトi に注目したとき他の全てのサイトの四極子を期待値で置き換える分子場近似を表す.

4f 電子系で立方晶の場合,摂動を受けた結晶場に対する摂動ハミルトニアンは次の様に書ける.

H_{¥rm CEF}=H_{¥rm CEF}^0+H_{¥rm QS}+H_{¥rm QQ}
(13)

後の説明のため、結晶場ハミルトニアンは、Lea-Leask-Wolfの良く知られた表式[7]を用いておく。

H_{¥rm CEF}=B_4^0(O_4^0+5O_4^4)+B_6^0(O_6^0-21_6^4)¥¥
=W¥biggl(x¥frac{O_4}{F_4}+(1-|x|)¥frac{O_6}{F_6}¥biggr)
(14)

ここで,Wはスケール因子,x (|x|≦1)は4次と6次の項の係数比で,F4とF6は全角運動量Jによって決まる.Onmはスティーブンスの等価演算子で,これは結晶場ポテンシャルを球面調和函数で多重極展開すると得られる.全角運動量Jの結合式としての以下のようなテンソル演算子で記述できる.

O_4^0&=&35J_z^4-30J(J+1)J_z^2+25J_z^2-6J(J+1)+3J^2(J+1)^2¥¥
O_4^4&=&¥frac{(J_+^4+J_-^4)}{2}¥¥
O_6^0&=&231J_z^6-¥{315J(J+1)+735¥}J_z^4+¥{105J^2(J+1)^2-525J(J+1)+294¥}¥¥
&{}&-5J^3(J+1)^3+40J^2(J+1)^2-60J(J+1)¥
O_6^4&=&¥frac{(11J_z^2-J(J+1)-38)(J_+^4+J_-^4)}{4}+¥frac{(J_+^4+J_-^4)(11J_z^2-J(J+1)-38)}{4}¥¥
(15)

一方,四極子間相互作用が無視できない場合はεΓγの代わりに有効歪み$εΓγeffを考えると都合が良い.

H_{¥rm QS}+H_{¥rm QQ}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_{¥Gamma}^{(i)} O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)} ¥biggl(¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}+¥frac{g_¥Gamma^¥prime}{g_¥Gamma}¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle ¥biggr)=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}K_{¥Gamma}^{(i)} O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)} ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff}
(16)

KΓは相互作用を繰り込んだ場合の結合定数である,1イオンに対する電子系の摂動のエネルギーは歪みの二次まで計算し,

E_i=E_i^0-K_{¥Gamma} ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff}¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|i¥rangle+K_¥Gamma^2(¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff})^2¥sum_{i¥ne j}¥frac{|¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|j¥rangle |^2}{E_i^0-E_j^0}
(17)

と表すことができる.Ei0は四極子-歪み相互作用が存在しない場合の結晶場状態 $|i ¥rangle$のエネルギーである.
次に,弾性定数の表式を得るために自由エネルギーについて考える.系の全自由エネルギーは,

F=E_{elas.}-Nk_BT¥ln Z
(18)

と表される.右辺一項目は結晶の弾性エネルギー,二項目はf 電子系全体のエネルギーである.Nは単位体積あたりのf 電子の総数を表し,Zは状態和である.弾性定数は自由エネルギーを歪みεΓγで二階微分し,εΓγ→0の極限をとることで求められる.

C_¥Gamma=¥frac{¥partial^2F}{¥partial¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^2}¥bigg|_{¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} ¥rightarrow0}
(19)

CΓ0は四極子-歪み相互作用が働かないときの弾性定数を表しており,主に格子(音響フォノンの非調和性)からの寄与によるバックグラウンドとなる. χΓは四極子感受率(歪み感受率)とよばれ,

g_¥Gamma^2¥chi_¥Gamma(T)=¥bigg¥langle ¥frac{¥partial^2E_i}{¥partial¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} ^2}¥bigg¥rangle -¥frac{1}{k_BT}¥bigg¥{¥bigg¥langle ¥bigg(¥frac{¥partial E_i}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}¥bigg)^2¥bigg¥rangle -¥bigg¥langle¥frac{¥partial E_i}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} }¥bigg¥rangle^2¥bigg¥}
(20)

で与えられる.ブラケットはボルツマンの熱平均を意味する.第一項はヴァンブレック項であり,四極子OΓγの行列要素の非対角要素からの寄与を表す.この項は低温で温度に依らず一定となる.第二項はキュリー項であり,OΓγの対角要素からの寄与を表す.四極子演算子にあまり馴染みが無い方も,上記の表式には見覚えがあるだろう.これは量子力学の二次摂動を用いた磁化$M$と,磁気感受率としての帯磁率χMの関係と全く同じである.四極子モーメントの熱平均は次のように書ける.

¥langle O_{¥Gamma ¥gamma}¥rangle=¥frac{1}{Z}¥sum_i¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|i¥rangle¥exp¥bigg(-¥frac{E_i}{k_BT}¥bigg)
(21)

いま,系が常磁性相における平衡状態で,四極子モーメント間に相互作用は働いておらず,摂動ハミルトニアンとしてHQSだけが効くと考えた場合,四極子感受率は,

¥chi_{¥Gamma}(T) = -¥frac{1}{g_{¥Gamma}}¥frac{¥partial ¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}
(22)

となる.従って,四極子感受率とは単位歪み当たりに誘起される電気四極子を意味し,これは一様な磁場中で磁気双極子モーメントの平均値として定義される磁化の関係に対応していることがわかる.
基底状態が四極子に対して縮退している場合(即ち,基底状態の波動函数を四極子演算子に適用したとき,その行列要素が対角成分を持つ場合)低温で温度の逆数(1/T)に比例する「弾性定数の減少(軟化)」が現れる.以後,結晶場によるf 電子の四極子自由度に起因する弾性定数の軟化を表す用語として「ソフト化」と定義しよう.

(第3章3.3節に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
4. 緩和の現象論

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第4章 緩和の現象論


ここまで駆け足で,$f$電子化合物の弾性応答の典型例について紹介してきたが,これまでの議論に於いては,超音波による歪みは電子系に対する「静的な」摂動として取り扱った.超音波の周波数$¥omega$はたかだか数百MHz程度であるから,一般に電子系の緩和時間$¥tau$よりも充分長い($¥omega ¥tau ¥ll 1$).この場合,パルスエコー法の実験で得られる「音速」とは,図21に示すフォノンの分散関係における音響フォノンモードの$k = 0$の傾き,即ちフォノンの「群速度」

 v_{¥rm g}=¥frac{¥partial ¥omega}{¥partial k}¥bigg|_{k ¥to 0}
(28)

に該当する.
一方,相転移近傍における臨界現象や価数揺動,ラットリングに伴う局所電荷ゆらぎ等に起因し,電子系の緩和時間が超音波の周波数に近づく場合($¥omega ¥tau ¥sim 1$)は, 電子-フォノン相互作用を通して音速(と超音波吸収)にも緩和現象が現れる.ここで位相速度を

 v_{¥rm p}(¥omega)=¥frac{¥omega (k)}{k}
(29)

と定義すると,音速に分散がある場合,群速度と位相速度が一致しなくなることを意味する.これを「分散領域」と呼ぼう.以下の議論では分散領域($v_{¥rm g} ¥neq v_{¥rm p}$)において周波数$¥omega$に依存する位相速度$v_{¥rm p}$を考える.また,$C = ¥rho v^2$の関係式で結ばれる弾性定数(弾性率)も周波数に依存する動的弾性定数(弾性率)$C(¥omega)$として定義できる .それは複素弾性率の実数成分として現象論的に理解できる.以下にはその一般式を示す.


図21 左はカゴ状物質における低エネルギー領域のフォノン分散関係の模式図.右は群速度$v_{¥rm g}$と位相速度$v_{¥rm p}$の概略図(ここでは$k ¥sim 0$近傍の曲率の変化を誇張して描いている).



4.1 複素弾性率


熱平衡状態に外部から磁場$H$, 電場$E$, 歪み$¥epsilon$, 温度$T$などをかけて平衡状態からずらすとき,再び熱平衡状態に近づいていく過程を緩和現象という.平衡状態と瞬間力が「静的」な内部状態であるのに対して,緩和現象ではさらに系の「動的」な性質を記述する必要がある. 例えば熱力学では状態方程式等を与えて系の性質を規定しなければならないように,動的な現象論では緩和(応答)函数をまず与えてから系の状態を規定していかなくてはならない.

たとえばある秩序変数$¥eta$を仮定し,それが歪みや応力といったマクロな物理量の影響を受ける場合を考える~¥cite{45}.非平衡状態で$¥eta$は時間と共に変化し,平衡値$¥eta_0$に近づいてゆく.この緩和過程を表す最も簡単な場合は

 ¥frac{d ¥eta}{dt}=-¥frac{¥eta - ¥eta_0}{¥tau}
(30)

と記述できる.$¥tau$は典型的な緩和時間である.平衡値$¥eta_0$も同様に歪みの影響を受ける.上式は$t = 0$で$¥eta = ¥eta'$であったとすると,

¥eta - ¥eta_0=(¥eta' - ¥eta_0)¥exp(-¥frac{t}{¥tau})
(31)

のように指数函数的に系の緩和が起こる事を表している.緩和函数(または応答函数)が時間と共に指数函数的に減衰する例は自然界にしばしば観られ,特に誘電体の誘電緩和現象で起きるデバイ型緩和現象は,磁化の緩和を観る交流磁化率や局所電荷ゆらぎの緩和を観る超音波分散の解析に類推して用いられる.

さて,系に音波が伝搬することにより歪みが弾性波の角周波数$¥omega$で周期的に断熱変化すると仮定する.

¥epsilon ¥propto ¥exp(-i ¥omega t)
(32)

すると,秩序変数の平衡値$¥eta_0$も弾性波の影響を受けるが,$¥eta$もまたある位相差を伴って変化するはずである.
その結果,式(30)は

¥frac{d ¥eta}{dt}=-i ¥omega ¥eta = -¥frac{¥eta - ¥eta_0}{¥tau}
(33)

と書け,

¥eta =¥frac{¥eta_0}{1-i ¥omega ¥tau}
(34)

となる.
弾性率は一般的な感受率(応答/外場)として理解すると(応力/歪み)$= ¥partial¥sigma / ¥partial¥epsilon$で与えられる~¥cite{46}.

¥chi^{¥ast} = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}+¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥eta}¥bigg)_{¥epsilon} ¥frac{¥partial¥eta}{¥partial¥epsilon}
(35)

ここで第1項は静的弾性率,第2項は動的弾性率である.
式(33)を代入すると

¥chi^{¥ast} = ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} ¥bigg¥{ ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}+¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥eta}¥bigg)_{¥epsilon}  ¥frac{¥partial¥eta_0}{¥partial¥epsilon} -i¥omega ¥tau ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta} ¥bigg¥}
(36)

ここで,
$(¥partial¥sigma/¥partial¥epsilon)_{¥eta}+(¥partial¥sigma/¥partial¥eta)_{¥epsilon}(¥partial¥eta/¥partial¥epsilon)$
は充分に遅い緩和に対する応力の歪み微分であるから,歪みの変化が充分に遅い緩和過程($¥omega ¥tau ¥ll 1$)で平衡状態が壊れないとすると$¥eta$は常に平衡値$¥eta_0$をとるため,単純に$(¥partial¥sigma/¥partial¥epsilon)_{eq.}$と書ける.ここで

¥chi (¥omega ¥to 0) = ¥chi_0 = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{eq.}
(37)

を低周波極限(即ち静的弾性率)と定義する.
一方,歪みの変化が非常に速い場合($¥omega ¥tau ¥gg 1$)では$¥eta$は系の変化に追いつけずに一定$¥eta_{¥infty}$に保たれる.その中間の周波数つまり$¥omega ¥tau ¥sim 1$の近傍では$¥eta$の変化は歪みのそれよりも位相が遅れ,応力の変化として観測される.ここで

¥chi (¥omega ¥to ¥infty) = ¥chi_{¥infty} = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}
(38)

を高周波極限と定義する.
式(37) と(38)を用いると,(36)は

¥chi^{¥ast} = ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} ¥bigg¥{ ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{eq.} - i¥omega ¥tau ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta} ¥bigg¥} =  ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} (¥chi_0 - i¥omega ¥tau ¥chi_{¥infty})
(39)

と書ける.

先述の通り,$¥chi$は弾性率に限らず,一般的に交流磁化率や誘電緩和などの緩和現象を解析する感受率と類推できる.現実を描写するため,弾性率を実部と虚部に分ける.複素弾性率$¥chi^{¥ast}$と複素音速度$v^{¥ast}$の関係式

¥chi^{¥ast} = ¥rho v^{¥ast 2}
(40)

と,複素音速度と吸収係数αの関係式

¥frac{1}{v^{¥ast}} = ¥frac{1}{v}-i¥frac{¥alpha}{¥omega}
(41)

より,実際の超音波測定では複素弾性率$¥chi^{¥ast}=¥chi_{¥rm Re.}+i ¥chi_{¥rm Im.}$の実部は動的弾性定数$C(¥omega)$,虚部は超音波吸収係数$¥alpha(¥omega)$として観測される.

¥chi_{¥rm Re.} = C(¥omega) = C_{¥infty}+¥frac{C_0-C_{¥infty}}{1+¥omega^2 ¥tau^2}, ¥chi_{¥rm Im.} = ¥alpha(¥omega) = ¥alpha_{¥infty}+¥frac{C_0-C_{¥infty}}{2 ¥rho v^3_{¥infty}} ¥frac{¥omega^2 ¥tau}{1+¥omega^2 ¥tau^2}
(42,43)

図22は充填スクッテルダイトLaOs$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の研究で得られた活性エネルギーと緩和時間を用いて計算された動的弾性率(左軸)と超音波吸収係数(右軸)である.図22の下に示すのはアレニウス型の緩和時間の温度依存性である.超音波の測定周波数$¥omega$(左軸から延ばした直線)と系(ラットリング)の緩和時間$¥tau$がマッチングする領域(共鳴条件$¥omega ¥tau ¥sim 1$)で,実部の弾性率は低周波極限$C_0$から高周波極限$C_{¥infty}$へ増大し,虚部の超音波吸収は極大を示す.これが次章で示すラットリングに伴う超音波分散の現象論的な解釈である.


図22 LaOs$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の現象論的な解釈.



4.2 音響フォノンと音速の関係(位相速度と群速度についての蛇足)


先述した通り,パルスエコー法で得られる音速とは,非分散領域(音速に分散が無い領域)においては,超音波パルスの波束の間隔 [s]と伝搬経路長[m]から求められる速度を意味し,これはフォノンの群速度$v_{¥rm g}$に該当する.一般に音速という場合はこれを指すことが多い.一方,位相比較法で得られる「音速」とは,一定の位相をもった波面が伝搬する速度のことを指し,これはフォノンの位相速度$v_{¥rm p}$に該当する.先述の通り,実際の測定では一定位相を持つ連続波をパルス化して入射しており,入射波束が持つ位相と基準信号の位相差を検出し,位相差を一定(即ち波数$k$を一定)に保つように周波数$¥omega$に負帰還をかけ,位相速度の相対変化$¥Delta v_{¥rm p}(¥omega)/v_{¥rm p}(¥omega)$を周波数の相対変化$¥Delta ¥omega/¥omega$として読み替えている.分散領域では群速度と位相速度が一致しない($v_{¥rm g} ¥neq v_{¥rm p}$)が,非分散領域では一致する($v_{¥rm g} = v_{¥rm p}$)ため,位相比較法は両者を測定していることになる.

ここで慧眼なる読者は気づかれたかもしれないが,結晶にモノクロマティックな(単一周波数を持った)超音波を入射する場合,分散領域ではある周波数$¥omega$に対応するフォノンの位相速度が変化し,超音波が伝搬しなくなることが懸念される.例えば図22にあるように,緩和時間がアレニウス型の温度依存性を示す時,厳密にモノクロマティックな超音波を用いた実験を行った場合,群速度と位相速度が異なるので,パルスエコー間隔を追った実験では緩和に伴い位相速度が変化し,パルス波の大部分が吸収されるため,音速の低周波極限から高周波極限への変化は不連続なデータとして観測されるはずである.しかし,実際は超音波トランスデューサの特性上,ある帯域幅を持った波群が入射されているため,我々が実験で作り出せる超音波は完全なモノクロ波ではない.よって,分散領域でも音速の相対変化をある程度連続的に追う事ができる.位相比較法では分散領域において位相速度が変化しても,周波数分布の裾の周波数帯の波が伝搬し続けるので,位相信号を見失う事無く追跡し,負帰還によって変調される周波数の相対変化から位相速度の相対変化を観測することができる.


(第5章1節に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
5. 超音波からみたラットリング

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第5章 超音波からみたラットリング


5.1 「ラットリング」という言葉の定義


ラットリング(ラトル)という用語が,カゴ状化合物に対して初めて使われたのは,著者の知る限り1980年にBraunとJeitschkoが充填スクッテルダイト化合物の系統的な構造解析の論文で登場したのが初めてである[50].そこでBrawnらはカゴを構成する原子とゲスト原子それぞれの(構造解析で得られた)熱因子を比較すると,ゲストイオンの熱因子の方が2倍以上の値を持つことから,

''... an indication of a flat minimum in the patial configuration of the potential energy; i.e., the lanthanum atoms seems to 'rattle' or (in a more sophisticated and somewhat different model) they may participate in a `soft' lattice mode.''


と記述している .

これらの「ラットリング」は近年カゴ状化合物に対するX線や中性子,ラマン散乱などの散乱実験で~数meVの比較的エネルギースケールを持つ光学フォノンとして検出されており[51-54],広い意味で「巨大振幅を持つ原子の熱振動」と認識されてきた.一方,超音波を用いてカゴ状化合物を観測すると,f電子の四極子自由度に由来しない「超音波分散」と「低温ソフト化」を示すものが見つかった[55-58].超音波の周波数が高々数百MHzであることを考えると,超音波で観測されるこのf 電子自由度に由来しない「低温ソフト化」は数μeVのエネルギースケールを持つ励起に関する現象であり,前述の光学フォノンとは異なる現象を観ている可能性がある.本章では未だ全容が明らかになっていない「オフセンター・ラットリング」と呼ばれるこの低エネルギー励起に関するこれまでの研究の経緯を紹介する.

 

(第5章2節に続く)

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