Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    


3-5 多極子秩序における弾性異常

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章 超音波実験の測定手法

 

3.5 多極子秩序における弾性異常


まずは歪みと線形結合する電気四極子が秩序を起こす典型物質の弾性応答を紹介しよう.反強四極子(AFQ)秩序を起こす物質の典型例といえば先ほど紹介したCeB6である[24].この物質はTQ = 3.3 KでΓ5型の四極子が秩序波数 k = [1/2 1/2 1/2]で整列するAFQ秩序を起こし,さらにTN = 2.3 K以下で反強磁性(AFM)秩序を示すことが中性子散乱実験,NMR,共鳴X線散乱実験で確認されている.図13にCeB6の弾性定数C44の低温部拡大図を示す.Γ8四重項結晶場基底状態はAFQ秩序の四極子-歪み相互作用によって2つのクラマース二重項に分裂する.そのためTQでC44のソフト化は止まり,低温でゆるやかに上昇する.TQ以上の常磁性相では1/Tに比例したキュリー項があるため,Γ8四重項が反強四極子秩序によって2つのクラマース2重項に分裂することで,四極子感受率-χΓ5が逆カスプ状に折れ曲がった結果としてこの弾性異常が理解できる.これは反強磁性磁化率において副格子磁化に平行に磁場を加えたときの磁化率χ||に現れるカスプ状の応答を垂直方向にひっくり返したものと類推することができる.

同じような振る舞いは正方晶DyB2C2の弾性応答にも観られる.DyB2C2は正方晶系で初めて反強四極子秩序が報告された物質である[25].TQ = 24.7 KでOxy型のAFQ秩序を示し,TNN = 15.3 KでAFM秩序を示すことが共鳴X線散乱実験や磁場下における中性子散乱実験で検証された [26, 27].Dy3+はJ = 15/2のクラマースイオンでありDyのサイトシンメトリーC4hの下で4E1/2(+)4E3/2と8つのクラマース二重項に既約分解される.比熱で見積もられた磁気エントロピーがTQでRln4に達することから,結晶場基底状態は2組のクラマース二重項が擬縮退した擬四重項基底状態になっていると考えられる.これらを踏まえて弾性定数を観ると,全ての弾性定数にソフト化が現れていることから [28],選択則より基底状態は対称性の異なる二つのクラマース二重項の組み合わせに限定される.さらにTQにおいて秩序変数Oxyの応答を観る弾性定数C66にはCeB6で弾性定数C44に観られたような)逆カスプ状の折れ曲がりが観測される.常磁性相におけるソフト化の変化量を比較すると四極子Oyz, Ozxの応答に対応する弾性定数C44が最も大きい.これは四極子-歪み相互作用の結合定数の大小によって決まっており,AFQ 秩序の秩序変数の対称性と常磁性相におけるソフト化の大きさの間に相関は無い.


図13 CeB6の弾性定数C44の低温部拡大図 [18]



図14 DyB2C2の弾性定数の温度変化 [39]


一方,強四極子(FQ)秩序を示す物質の場合は,秩序変数とそれに対応する弾性定数に現れるソフト化の大小に相関がある.図14にHoB6の弾性定数の温度依存性を示す.この物質はTQ = 6.1 KでΓ5型の四極子Oyz, Ozx, Oxyが<111>方向に整列するFQ秩序を示す.対応する弾性定数C44は協力的ヤーン・テラー効果による三方晶への構造変化に伴い,TQに向かって弾性定数が発散していることがわかる.これは強磁性転移において自発磁化が生じ容易軸方向の磁化率が発散することと類推できる.図15にCe3Pd20Ge6 の弾性定数の温度変化を示す.この物質はTQ = 1.3 Kで正方晶もしくは斜方晶への構造相転移が起こっていることが熱膨張と中性子回折実験で確認されている [29,30].弾性定数(C11-C12)/2$に50%を超えるソフト化が観測されることからΓ3対称性の四極子O20あるいはO22がFQ秩序していることを強く示唆する.


図15 HoB6の弾性定数C11, CL, (C11-C12)/2, C44の温度変化 [18]



図16 Ce$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の弾性定数$C_{11}$, $C_{¥rm L}$, $C_{¥rm B}$, $(C_{11}-C_{12})/2$, $C_{44}$の温度変化[57]


さて,四極子以上のランクの多極子と直接結合する共役場のプローブは今のところ見つかっていない.そのため,磁気八極子秩序や電気十六極子秩序が起こっていると考えられている物質に対しては,磁場や歪み場によって誘起される下位の電気四極子や磁気双極子を観測することで傍証を集めるしかない.現在,八極子秩序が実験的に立証されている系で超音波の報告があるのはCexLa1-xB6だけである.CeB6をLaで希釈していくと磁気相互作用と四極子相互作用が拮抗し,x = 0.75でAFQ転移温度とAFM転移温度が逆転した温度領域にOyz, Ozx, Oxyの強四極子モーメントが発生する非磁性のIV相と呼ばれる新たな相が現れる [31,32].超音波測定によって弾性定数C44は強四極子相関により31%の巨大なソフト化を示すことがわかり [33],赤津らによる熱膨張実験によって結晶がバルクで三方晶に歪んでいることが明らかとなった [34].これらの実験事実はIV相で強四極子モーメントが発達していることを強く示唆する.後に,この強四極子モーメントは久保・倉本によってΓ5u型の反強八極子秩序で二次的に誘起され得ることが理論的に示された [35,36].その後,共鳴X線散乱実験や磁場中中性子散乱実験が行われ,それぞれ反強八極子モーメントの誘起する電気四極子と磁気双極子の超格子反射が観測され,微視的に反強八極子秩序が実証された[37,38].


図17 Ce0.25La0.75B6の弾性定数C11, CB, (C11-C12)/2, C44の温度依存性 [31,33]


(第3章3.6節に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
4. 緩和の現象論

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第4章 緩和の現象論


ここまで駆け足で,$f$電子化合物の弾性応答の典型例について紹介してきたが,これまでの議論に於いては,超音波による歪みは電子系に対する「静的な」摂動として取り扱った.超音波の周波数$¥omega$はたかだか数百MHz程度であるから,一般に電子系の緩和時間$¥tau$よりも充分長い($¥omega ¥tau ¥ll 1$).この場合,パルスエコー法の実験で得られる「音速」とは,図21に示すフォノンの分散関係における音響フォノンモードの$k = 0$の傾き,即ちフォノンの「群速度」

 v_{¥rm g}=¥frac{¥partial ¥omega}{¥partial k}¥bigg|_{k ¥to 0}
(28)

に該当する.
一方,相転移近傍における臨界現象や価数揺動,ラットリングに伴う局所電荷ゆらぎ等に起因し,電子系の緩和時間が超音波の周波数に近づく場合($¥omega ¥tau ¥sim 1$)は, 電子-フォノン相互作用を通して音速(と超音波吸収)にも緩和現象が現れる.ここで位相速度を

 v_{¥rm p}(¥omega)=¥frac{¥omega (k)}{k}
(29)

と定義すると,音速に分散がある場合,群速度と位相速度が一致しなくなることを意味する.これを「分散領域」と呼ぼう.以下の議論では分散領域($v_{¥rm g} ¥neq v_{¥rm p}$)において周波数$¥omega$に依存する位相速度$v_{¥rm p}$を考える.また,$C = ¥rho v^2$の関係式で結ばれる弾性定数(弾性率)も周波数に依存する動的弾性定数(弾性率)$C(¥omega)$として定義できる .それは複素弾性率の実数成分として現象論的に理解できる.以下にはその一般式を示す.


図21 左はカゴ状物質における低エネルギー領域のフォノン分散関係の模式図.右は群速度$v_{¥rm g}$と位相速度$v_{¥rm p}$の概略図(ここでは$k ¥sim 0$近傍の曲率の変化を誇張して描いている).



4.1 複素弾性率


熱平衡状態に外部から磁場$H$, 電場$E$, 歪み$¥epsilon$, 温度$T$などをかけて平衡状態からずらすとき,再び熱平衡状態に近づいていく過程を緩和現象という.平衡状態と瞬間力が「静的」な内部状態であるのに対して,緩和現象ではさらに系の「動的」な性質を記述する必要がある. 例えば熱力学では状態方程式等を与えて系の性質を規定しなければならないように,動的な現象論では緩和(応答)函数をまず与えてから系の状態を規定していかなくてはならない.

たとえばある秩序変数$¥eta$を仮定し,それが歪みや応力といったマクロな物理量の影響を受ける場合を考える~¥cite{45}.非平衡状態で$¥eta$は時間と共に変化し,平衡値$¥eta_0$に近づいてゆく.この緩和過程を表す最も簡単な場合は

 ¥frac{d ¥eta}{dt}=-¥frac{¥eta - ¥eta_0}{¥tau}
(30)

と記述できる.$¥tau$は典型的な緩和時間である.平衡値$¥eta_0$も同様に歪みの影響を受ける.上式は$t = 0$で$¥eta = ¥eta'$であったとすると,

¥eta - ¥eta_0=(¥eta' - ¥eta_0)¥exp(-¥frac{t}{¥tau})
(31)

のように指数函数的に系の緩和が起こる事を表している.緩和函数(または応答函数)が時間と共に指数函数的に減衰する例は自然界にしばしば観られ,特に誘電体の誘電緩和現象で起きるデバイ型緩和現象は,磁化の緩和を観る交流磁化率や局所電荷ゆらぎの緩和を観る超音波分散の解析に類推して用いられる.

さて,系に音波が伝搬することにより歪みが弾性波の角周波数$¥omega$で周期的に断熱変化すると仮定する.

¥epsilon ¥propto ¥exp(-i ¥omega t)
(32)

すると,秩序変数の平衡値$¥eta_0$も弾性波の影響を受けるが,$¥eta$もまたある位相差を伴って変化するはずである.
その結果,式(30)は

¥frac{d ¥eta}{dt}=-i ¥omega ¥eta = -¥frac{¥eta - ¥eta_0}{¥tau}
(33)

と書け,

¥eta =¥frac{¥eta_0}{1-i ¥omega ¥tau}
(34)

となる.
弾性率は一般的な感受率(応答/外場)として理解すると(応力/歪み)$= ¥partial¥sigma / ¥partial¥epsilon$で与えられる~¥cite{46}.

¥chi^{¥ast} = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}+¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥eta}¥bigg)_{¥epsilon} ¥frac{¥partial¥eta}{¥partial¥epsilon}
(35)

ここで第1項は静的弾性率,第2項は動的弾性率である.
式(33)を代入すると

¥chi^{¥ast} = ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} ¥bigg¥{ ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}+¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥eta}¥bigg)_{¥epsilon}  ¥frac{¥partial¥eta_0}{¥partial¥epsilon} -i¥omega ¥tau ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta} ¥bigg¥}
(36)

ここで,
$(¥partial¥sigma/¥partial¥epsilon)_{¥eta}+(¥partial¥sigma/¥partial¥eta)_{¥epsilon}(¥partial¥eta/¥partial¥epsilon)$
は充分に遅い緩和に対する応力の歪み微分であるから,歪みの変化が充分に遅い緩和過程($¥omega ¥tau ¥ll 1$)で平衡状態が壊れないとすると$¥eta$は常に平衡値$¥eta_0$をとるため,単純に$(¥partial¥sigma/¥partial¥epsilon)_{eq.}$と書ける.ここで

¥chi (¥omega ¥to 0) = ¥chi_0 = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{eq.}
(37)

を低周波極限(即ち静的弾性率)と定義する.
一方,歪みの変化が非常に速い場合($¥omega ¥tau ¥gg 1$)では$¥eta$は系の変化に追いつけずに一定$¥eta_{¥infty}$に保たれる.その中間の周波数つまり$¥omega ¥tau ¥sim 1$の近傍では$¥eta$の変化は歪みのそれよりも位相が遅れ,応力の変化として観測される.ここで

¥chi (¥omega ¥to ¥infty) = ¥chi_{¥infty} = ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta}
(38)

を高周波極限と定義する.
式(37) と(38)を用いると,(36)は

¥chi^{¥ast} = ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} ¥bigg¥{ ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{eq.} - i¥omega ¥tau ¥bigg(¥frac{¥partial¥sigma}{¥partial¥epsilon}¥bigg)_{¥eta} ¥bigg¥} =  ¥frac{1}{1-i ¥omega ¥tau} (¥chi_0 - i¥omega ¥tau ¥chi_{¥infty})
(39)

と書ける.

先述の通り,$¥chi$は弾性率に限らず,一般的に交流磁化率や誘電緩和などの緩和現象を解析する感受率と類推できる.現実を描写するため,弾性率を実部と虚部に分ける.複素弾性率$¥chi^{¥ast}$と複素音速度$v^{¥ast}$の関係式

¥chi^{¥ast} = ¥rho v^{¥ast 2}
(40)

と,複素音速度と吸収係数αの関係式

¥frac{1}{v^{¥ast}} = ¥frac{1}{v}-i¥frac{¥alpha}{¥omega}
(41)

より,実際の超音波測定では複素弾性率$¥chi^{¥ast}=¥chi_{¥rm Re.}+i ¥chi_{¥rm Im.}$の実部は動的弾性定数$C(¥omega)$,虚部は超音波吸収係数$¥alpha(¥omega)$として観測される.

¥chi_{¥rm Re.} = C(¥omega) = C_{¥infty}+¥frac{C_0-C_{¥infty}}{1+¥omega^2 ¥tau^2}, ¥chi_{¥rm Im.} = ¥alpha(¥omega) = ¥alpha_{¥infty}+¥frac{C_0-C_{¥infty}}{2 ¥rho v^3_{¥infty}} ¥frac{¥omega^2 ¥tau}{1+¥omega^2 ¥tau^2}
(42,43)

図22は充填スクッテルダイトLaOs$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の研究で得られた活性エネルギーと緩和時間を用いて計算された動的弾性率(左軸)と超音波吸収係数(右軸)である.図22の下に示すのはアレニウス型の緩和時間の温度依存性である.超音波の測定周波数$¥omega$(左軸から延ばした直線)と系(ラットリング)の緩和時間$¥tau$がマッチングする領域(共鳴条件$¥omega ¥tau ¥sim 1$)で,実部の弾性率は低周波極限$C_0$から高周波極限$C_{¥infty}$へ増大し,虚部の超音波吸収は極大を示す.これが次章で示すラットリングに伴う超音波分散の現象論的な解釈である.


図22 LaOs$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の現象論的な解釈.



4.2 音響フォノンと音速の関係(位相速度と群速度についての蛇足)


先述した通り,パルスエコー法で得られる音速とは,非分散領域(音速に分散が無い領域)においては,超音波パルスの波束の間隔 [s]と伝搬経路長[m]から求められる速度を意味し,これはフォノンの群速度$v_{¥rm g}$に該当する.一般に音速という場合はこれを指すことが多い.一方,位相比較法で得られる「音速」とは,一定の位相をもった波面が伝搬する速度のことを指し,これはフォノンの位相速度$v_{¥rm p}$に該当する.先述の通り,実際の測定では一定位相を持つ連続波をパルス化して入射しており,入射波束が持つ位相と基準信号の位相差を検出し,位相差を一定(即ち波数$k$を一定)に保つように周波数$¥omega$に負帰還をかけ,位相速度の相対変化$¥Delta v_{¥rm p}(¥omega)/v_{¥rm p}(¥omega)$を周波数の相対変化$¥Delta ¥omega/¥omega$として読み替えている.分散領域では群速度と位相速度が一致しない($v_{¥rm g} ¥neq v_{¥rm p}$)が,非分散領域では一致する($v_{¥rm g} = v_{¥rm p}$)ため,位相比較法は両者を測定していることになる.

ここで慧眼なる読者は気づかれたかもしれないが,結晶にモノクロマティックな(単一周波数を持った)超音波を入射する場合,分散領域ではある周波数$¥omega$に対応するフォノンの位相速度が変化し,超音波が伝搬しなくなることが懸念される.例えば図22にあるように,緩和時間がアレニウス型の温度依存性を示す時,厳密にモノクロマティックな超音波を用いた実験を行った場合,群速度と位相速度が異なるので,パルスエコー間隔を追った実験では緩和に伴い位相速度が変化し,パルス波の大部分が吸収されるため,音速の低周波極限から高周波極限への変化は不連続なデータとして観測されるはずである.しかし,実際は超音波トランスデューサの特性上,ある帯域幅を持った波群が入射されているため,我々が実験で作り出せる超音波は完全なモノクロ波ではない.よって,分散領域でも音速の相対変化をある程度連続的に追う事ができる.位相比較法では分散領域において位相速度が変化しても,周波数分布の裾の周波数帯の波が伝搬し続けるので,位相信号を見失う事無く追跡し,負帰還によって変調される周波数の相対変化から位相速度の相対変化を観測することができる.


(第5章1節に続く)


5-3 1-4-12系 充填スクッテルダイト化合物

Sep 29, 2011

第5章 超音波からみたラットリング


5.3 1-4-12系 充填スクッテルダイト化合物



図29 充填スクッテルダイト$R$Os$_4$Sb$_{12}$の結晶構造.


3-20-6クラスレート系で超音波分散と低温ソフト化が観測された当時,充填スクッテルダイトの特定領域研究のプロジェクトが走っていたこともあり,希土類がカゴ状に囲まれているという点で共通点を持つ充填スクッテルダイトPrOs$_4$Sb$_{12}$,LaOs$_4$Sb$_{12}$の超音波測定が行なわれた.そして蓋を開けてみればこちらでも磁場に鈍感な超音波分散と,低温ソフト化が観測された.$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$($Ln$ = 希土類)では超音波分散とソフト化が$(C_{11}-C_{12})/2$モードに検出され,$C_{44}$モードでは検出されないため,$Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$系とは対照的であり,これは超音波分散の起源が$Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$系とは異なる $¥Gamma_3$対称性のオフセンターモードを有する事を強く示唆する.


図30 $Ln$Os$_4$Sb$_{12}$ ($Ln$ = La, Ce, Pr, Nd)の弾性定数$C_{11}$, $C_{44}$の温度依存性[72].



図31 $Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$ ($Ln$ = La, Ce, Pr, Nd)の弾性定数$C_{11}$, $C_{44}$の温度依存性[72].


それらのカゴの幾何学的配置とオフセンターモードの模式図を表5の中に描いた.La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$系では内包イオンから観て,$¥langle 111 ¥rangle$方向に原子の密度が小さくなり,$¥langle 100 ¥rangle$方向にはGe原子が居る.一方, $Ln$Os$_4$Sb$_{12}$系では逆に$¥langle 100 ¥rangle$方向に原子の密度が小さくなり,$¥langle 111 ¥rangle$方向にOs原子が居る.これらの原子を避けるようにゲストイオンが振動していると仮定すると,それらの物質で予想されるオフセンターモードの量子基底状態の対称性とも符合する.

先述(3.3章)の図8で紹介したPrOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$(C_{11}-C_{12})/2$の3 Kから超伝導転移までの間の温度領域における結晶場解析からの「ずれ」は, La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$, LaOs$_4$Sb$_{12}$で観測される「低温ソフト化」がPrOs$_4$Sb$_{12}$においても顕在化していると考えると説明できる.但し,超伝導転移温度以下で実験結果では「低温ソフト化」が停止しているように見えることから,PrOs$_4$Sb$_{12}$の非BCS型超伝導状態では局所電荷分布の$¥Gamma_{23}$対称性が破れている可能性が指摘されている.これまでのところ中性子散乱実験でPr原子核密度の空間分布が調べられているが,常磁性相の8 Kにおいては0.1 ${¥rm ¥AA}$の測定精度内でPrの核はオンセンター(すなわちカゴの中心)に分布していると報告されている[63].


表5 オフセンターモードの電荷分布と対称性,結合する歪み,弾性定数の関係


(*表5の見方: 中央のカゴは充填スクッテルダイト(20面体)と3-20-6系クラスレートの$4a$サイト(32面体)を描いたもので,ゲストイオンの電荷分布を円グラフで示している.例えば中央に描かれた電荷分布$¥rho_{[100] ¥Gamma_3^+,u}$は$¥pm z$ 軸方向に存在確率1/2づつ量子力学的に電荷が分布する状態である.ゲストイオンのサイトシンメトリーによって既約分解されたこれらの局所(オフセンター)電荷分布は,下段に描かれた電気四極子と同様に歪みに応答する.)


(第5章4節に続く)


5-4 これまでに超音波測定から得られたオフセンターラットリングの傍証

Sep 29, 2011

第5章 超音波からみたラットリング


5.4 これまでに超音波測定から得られたオフセンターラットリングの傍証


これまでに紹介した$Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$と$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$ ($Ln$ = 希土類)カゴ状化合物に於いて,超音波測定で観測される超音波分散と低温ソフト化の特徴的な実験事実を下記に箇条書きし,オフセンターラットリングとは何かを浮き彫りにしよう.¥¥

【低温ソフト化】

  1. キュリー・ワイス則に従う低温ソフト化が観測される.解析により得られるワイス温度は負で
  2. La系では$T$ = 20 mKにおいても,低温ソフト化が止まらない.
  3. LaOs$_4$Sb$_{12}$はBCS 超伝導転移を迎えても低温ソフト化が続くが,PrOs$_4$Sb$_{12}$の低温ソフト化は非BCS超伝導転移温度で止まる.

    【超音波分散】

  4. アレニウス型の緩和時間の温度依存性で良く説明できる.
  5. 低キャリアのCeOs$_4$Sb$_{12}$では観測されていない.

    【低温ソフト化と超音波分散に共通する特徴】

  6. $4f$ 電子を持たないLa化合物でも観測され,磁場の影響を全く受けない
  7. 超音波分散無き物質では低温ソフト化は観測されていない.
  8. $Ln$Os$_4$Sb$_{12}$, $Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$では明瞭な超音波モード依存性がある(一方で$Ln$Fe$_4$Sb$_{12}$では$C_{11}$, $C_{44}$モードの両方で超音波分散が観測され,モード依存性は無い).

これらの現象の解釈には論争中で未解明なものも混ざっている.先ず,確実に言えることから述べよう.
上記の実験事実1.)と6.)から,低温ソフト化の起源は$4f$電子の四極子自由度とは異なる電荷自由度による局所的且つインコヒーレントな現象であり,サイト間相互作用が反強的であることがわかる.そして実験事実 2.)から,その量子状態は20 mKに於いても縮退を保ち続けていると言える.一方,実験事実 4.)から『超音波分散の起源は熱活性型の緩和現象である』ことがわかる.また,6.)のような共通の性質を持つことから,少なくとも低温ソフト化と超音波分散の起源が非磁性で,歪み場と結合する局所電荷自由度であることは結論できる.


これ以降は,未解明の部分である.
 まず実験事実 5.)は,超音波分散が単にカゴの中にイオンを閉じこめ,カゴのサイズを大きくすれば実現するような単純な起源ではないことを示唆する.非弾性中性子散乱実験や,ラマン散乱では数meVのエネルギーを持つゲストモードがCeRu$_2$Sb$_{12}$やCeOs$_4$Sb$_{12}$において共通して観測されているのに対し,どちらの系でも超音波分散は観測されない.一方,充填スクッテルダイト化合物のCe系化合物はほとんどが低温で強い混成効果による低キャリアの近藤絶縁体,もしくは近藤半導体となる.そのため,内包イオンの局所振動が格子系と結合し,超音波分散として現れるためには伝導電子との相互作用が必要なのではないかという推測に達する.服部らは$¥Gamma$点近傍の音響フォノンと光学フォノン間の波数に依存する混成を考え,伝導電子と光学フォノンの結合によるエネルギー散逸機構により,音響フォノンが変調を受け,超音波測定はそれを超音波分散として捉えたものであるという理論提案を行っている. [76]

また一方で,伝導電子が居る系においても,実験事実 8)が示すように,カゴを構成する一部の元素の置換によって超音波分散が全く観測されないというコントラストがあらわれている[51,65].具体的に書くと,$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$, $Ln$Fe$_4$Sb$_{12}$で低温ソフト化と超音波分散は観測されるが,$Ln$Ru$_4$Sb$_{12}$では観測されない[72].同様に,$Ln$$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$では観測されるが,$Ln$$_3$Pd$_{20}$Si$_6$では観測されていない.これらの場合,元素の置換によってカゴの大きさも変化するため,超音波分散の活性エネルギーが変化し,問題は単純ではない.即ち,共鳴条件$¥omega ¥tau ¥sim 1$を満たす超音波の測定周波数と温度が測定可能な実験条件に入らない場合,超音波では観測できないことになるからである.超音波分散と低温ソフト化の起源が共通の根を持つのかどうかはまだはっきりしていないが,低温ソフト化が観測される系では必ず高温側に超音波分散が観測されているという実験事実 7)は,両者に何らかの関係があることを示唆する.石井らは,La$T_4$Sb$_{12}$ ($T$ = Fe, Ru, Os)において,遷移金属Os, Ru, Feの持つ伝導バンドのフェルミ面上での状態密度がFe $>$ Os $>$ Ruの順に大きいことと,超音波分散・低温ソフト化の発現に相関があることを指摘している[66].もしそうならば8)に示した超音波分散が現れるかどうかのコントラストとモード依存性は,フォノンと伝導電子との結合の大小や異方性により生じていることになるだろう.一方,超音波分散が観測される充填スクッテルダイト化合物において$^{139}$La-NMRの超微細結合定数が負の値を示すことが指摘されており[67],5.2章の最後に述べた「核四極子」と歪みとの関係を臭わせる.

さて,LaFe$_4$Sb$_{12}$はnon-$4f$系にしては比較的高い電子比熱係数$¥gamma$の存在が興味深い[68].そのため電荷揺らぎの自由度とフォノンや伝導電子が強結合系を生み出るというエキゾチックな重い電子状態の形成機構が議論されている.次章ではその典型例であるSmOs$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の観測について紹介しよう.


図32 LaOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の超音波分散 (a) 周波数依存性の実験結果, (b)計算, (c)超音波吸収係数[64]



図33 PrOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の超音波分散 (a) 周波数依存性の実験結果, (b)計算, (c)超音波吸収係数



図34 NdOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の超音波分散 (a) 周波数依存性の実験結果, (b)計算, (c)超音波吸収係数 [75]



図35 LaOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の低温ソフト化[60]



(第6章に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
5. 超音波からみたラットリング

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第5章 超音波からみたラットリング


5.1 「ラットリング」という言葉の定義


ラットリング(ラトル)という用語が,カゴ状化合物に対して初めて使われたのは,著者の知る限り1980年にBraunとJeitschkoが充填スクッテルダイト化合物の系統的な構造解析の論文で登場したのが初めてである[50].そこでBrawnらはカゴを構成する原子とゲスト原子それぞれの(構造解析で得られた)熱因子を比較すると,ゲストイオンの熱因子の方が2倍以上の値を持つことから,

''... an indication of a flat minimum in the patial configuration of the potential energy; i.e., the lanthanum atoms seems to 'rattle' or (in a more sophisticated and somewhat different model) they may participate in a `soft' lattice mode.''


と記述している .

これらの「ラットリング」は近年カゴ状化合物に対するX線や中性子,ラマン散乱などの散乱実験で~数meVの比較的エネルギースケールを持つ光学フォノンとして検出されており[51-54],広い意味で「巨大振幅を持つ原子の熱振動」と認識されてきた.一方,超音波を用いてカゴ状化合物を観測すると,f電子の四極子自由度に由来しない「超音波分散」と「低温ソフト化」を示すものが見つかった[55-58].超音波の周波数が高々数百MHzであることを考えると,超音波で観測されるこのf 電子自由度に由来しない「低温ソフト化」は数μeVのエネルギースケールを持つ励起に関する現象であり,前述の光学フォノンとは異なる現象を観ている可能性がある.本章では未だ全容が明らかになっていない「オフセンター・ラットリング」と呼ばれるこの低エネルギー励起に関するこれまでの研究の経緯を紹介する.

 

(第5章2節に続く)

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