Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    


5.2 3-20-6系クラスレート化合物

Sep 29, 2011


5.2 3-20-6系クラスレート化合物



図23 R$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の結晶構造.


超音波物理によるラットリング研究の扉を開いた先駆的な仕事は後藤・根本グループによる2003年のCe$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の四極子効果の研究である[56].本物質の結晶構造を図23に示す.結晶学的に異なる二つの希土類サイトが存在し,それぞれの希土類イオンは異なる原子配置のカゴによって囲まれている.Ceの基底状態が各サイトによって異なり,1.2 Kにおいて構造変化を伴う秩序を起こすことが中性子実験から解っていたため[30],$¥Gamma_8$基底に起因した強四極子秩序が予想されていた.そこで横波弾性定数の測定を行なったところ,$¥Gamma_3$対称性の四極子応答に関係する弾性定数$(C_{11}-C_{12})/2$に,相対変化で50¥%以上の結晶場効果によるソフト化が観測され(図24),併せて行った熱膨張実験により強四極子秩序の対称性は$¥Gamma_3$対称性であることが明らかになった.一方,$¥Gamma_5$対称性の四極子応答である弾性定数$C_{44}$にも結晶場効果によるソフト化が現れるが,図25(b)に示すとおり周波数依存性を伴うアップターンと超音波吸収が観測された.測定周波数を高めると弾性定数のアップターンの温度と超音波吸収係数のピークが高温度側にシフトする.この弾性異常はアレニウス型の緩和時間の温度依存性で良く説明できるため,熱活性型の緩和現象が起源であることがわかる.


図24 Ce$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の弾性定数$(C_{11}-C_{12})/2$と$C_{44}$の温度依存性. [57]



図25 La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$とCe$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の弾性定数$C_{44}$に現れる超音波分散 [59].


興味深い事に$(C_{11}-C_{12})/2$ではそのような超音波分散は観測されない.この超音波モードによる応答の違いと,原子カゴの幾何学的配置を鑑み,根本らは価数揺動系Yb$_4$As$_3$の電荷秩序で論じた局所電荷ゆらぎの群論的考察[60]を適用した.O$_{¥rm h}$対称性を持つ$4a$サイトに注目し,$¥langle 111 ¥rangle$方向の8つのオフセンター位置にゲストイオンの電荷が配位する空間を仮定した.この配位空間の既約分解を行うと$¥Gamma_1 ¥oplus ¥Gamma_2 ¥oplus 2¥Gamma_4 ¥oplus 2¥Gamma_5$となり,$¥Gamma_5$対称性の電荷揺らぎモード(オフセンターモード)が存在する.そのオフセンターモードが熱活性型の振動をする場合,$¥Gamma_5$対称性の歪み$¥epsilon_{yz}, ¥epsilon_{zx}, ¥epsilon_{xy}$に対応する弾性定数$C_{44}$に緩和現象が現れるというシナリオが成り立つ.振動モードの対称性が明確に選択則として弾性定数というマクロな物理量に現れているため,この現象を原著論文[54]では「オフセンターラットリング」と名付けている.ここで注意してもらいたいのは,「オフセンター」といっても,熱活性運動するイオンはどこかのオフセンター位置を選んで静的に止まっているのではないということである.結晶は立方対称性を保っているため, 「オフセンターラットリング」とは,カゴの中のオフセンター位置をめぐる,ある対称性を持ったゲストイオン電荷分布の振動であると考えられる,

Ce$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の超音波分散は8 Tの磁場を印加しても変化しないことがわかった.カゴに内包するイオンを非磁性のLaに変えたLa$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$でも同様の実験を行なったところ,$1/T$に比例する結晶場効果によるソフト化が上乗せされていた弾性定数の温度依存性が,上述したフォノンのバックグラウンドによる単調な増加のみになり,10-30 K付近に現れる磁場に鈍感な周波数依存性を明瞭に観測することができた.La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の場合も$C_{11}$, $(C_{11}-C_{12})/2$モードには特に異常は無い(図26).さらに驚くべきことに,$C_{44}$において$1/T$に比例した弾性定数の減少が$¥sim 3$ K以下の極低温領域に現れ,当時の後藤グループの希釈冷凍機による最低到達温度の20 mKまでそれが収束する兆候が無い(図27).Laは$4f$ 電子を持たないから,このソフト化の起源は$f$電子の四極子自由度とは別の起源である.本稿では,結晶場効果に由来するソフト化と区別するために,La系で極低温領域に現れるソフト化を「低温ソフト化」という用語で定義する.

この「低温ソフト化」は磁場を16 Tまでかけても全く依存しないことから,超音波分散と同様に磁気的な起源の可能性は排除される.超音波測定に用いられたLa$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$単結晶は残留抵抗比$¥sim 19.9$であり、音響ドハース振動が観測されているため,不純物による電荷自由度の影響とも考え難い.$C_{11}$, $(C_{11}-C_{12})/2$にも微小ながら同じ温度領域に「低温ソフト化」が観測されるが,$C_{11}$, $(C_{11}-C_{12})/2$の低温ソフト化は3 K付近から最低温度までの相対変化で$2 - 4 ¥times10^{-5}$程度であり,$C_{44}$の低温ソフト化の変化量($2 ¥times 10^{-4}$)が他のモードと比較しても一桁大きいことから,$¥Gamma_5$対称性の電荷自由度が低温ソフト化の起源であることを示唆する.$¥Gamma_5$対称性のオフセンターモードは三次元表現であるため,オフセンター電荷自由度の量子基底状態($f$電子の結晶場基底状態とは異なる自由度であることに注意)が三重縮退であると仮定した場合,ランダウの理論から低温で対称性を破る相転移が起こると期待される.例えば,価数揺動物質であるYb$_4$As$_3$では$4f$電子の$¥Gamma_5$型電荷揺らぎが秩序化し,構造相転移が起きる.しかし,La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$では20 mKまで相転移は観測されず,結晶構造は立方晶を保ったままである.そのため,三重項$¥Gamma_5$対称性の基底状態が縮退を保ったまま残っている事を示している.これらの実験事実から,後藤らは配位空間におけるオフセンター多重井戸ポテンシャル間の量子力学的なトンネル状態にあるという描像を提案した.このオフセンタートンネリングのアイデアは,不純物をドープしたアルカリハライドNaCl:OHやKCl:Liで観測された低温ソフト化を理解するために用いられたものである[61,62].NaCl:OH,KCl:Liの場合は基底が一重項であり,全モードに低温ソフト化が観られるが,それらは絶対零度に向かって一定値に収束する(図28).La$_3$Pd$_{20}$Ge$_6$の$C_{44}$の低温ソフト化が20 mK以下でどうなるのかを調べるために,より極低温における詳細な測定は必須である.しかしながら,その温度領域はもはや核スピンのエネルギースケールにはいってくるため,低温ソフト化の起源として核四極子と歪みの相互作用の影響も視野に入れなければならないかもしれない.


図26 La3Pd20Ge6の弾性定数C11 ,(C11−C12 )/2,C44の温度依存性 [56]



図27 La3Pd20Ge6の弾性定数C44の温度依存性の極低温領域拡大図(挿入図は弾性定数 (C11−C12)/2とC44を10 Kからの相対変化で比較したもの)[56]



図28 OHをドープしたNaClの弾性定数C11, (C11−C12)/2,C44の温度依存性と,NaCl:OHの[100] 断面の模式図(右下)[61]


(第5章3節に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
6. 磁場に鈍感な重い電子系

SmOs4Sb12の弾性応答

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第6章 磁場に鈍感な重い電子系

SmOs4Sb12の弾性応答


SmOs$_4$Sb$_{12}$は充填スクッテルダイト化合物であり,比較的大きな電子比熱係数$¥gamma$ = 820 [mJ mol$^{-1}$ K$^{-2}$]が比熱から見積もられている[70,71].驚くべき事に,$H ¥| ¥langle 001 ¥rangle$ 方向の32 [T]の強磁場下に於いても電子比熱係数が減少せず,ほぼ一定値を保つことから,CeやYb化合物で観られる従来型の磁気近藤効果とは異なる, 非磁性起源の重い準粒子有効質量の形成機構が提案されている.また,本系は$T_{¥rm C} =$ 2.5 [K]で非常に弱い強磁性モーメント($M_s ¥sim 0.087¥mu_B$)を伴う何らかの秩序を起こし,そこで放出されるエントロピー$R¥ln2$の1.6 ¥%と多体効果による遮蔽が大きい.結晶場基底状態は,ショットキー比熱の解析と,磁化過程の磁場方向異方性の解析から,それぞれ$¥Gamma_7$と$¥Gamma_8$基底状態のモデルが提案されているが,決着はついていない.Smは価数揺動し易いイオンである.共鳴X線散乱実験によりSmイオンの価数の温度依存性が調べられており,$T ¥sim$ 150 Kから25 KにかけてSmの平均価数は2.83から2.76の間を単調に変化することが報告されている[71].
本系におけるゲストイオンの局所振動の傍証として,これまでにラマン散乱による,LnOs$_4$Sb$_{12}$の系統的な測定によりゲスト原子由来のラマンモードが数十cm$^{-1}$に存在することが確認されており,$^{123}$Sb-NQRでは$1/T_2$に20-30 K付近に数ms$^{-1}$のピーク等が観測されている[51,78].これらは超音波分散が観測されている$Ln$ = La, Pr, Ndでも同様に観測されることから[72],本系においても超音波分散の観測が期待されていた[73].そこで,我々はSb自己フラックス法により0.75×0.75×0.50 mm$^3$程度の大きさの単結晶試料を育成し,超音波測定を行った[74].

 

6.1 結晶場効果


図36にSmOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$と$C_{44}$の温度依存性を示す.縦波弾性定数$C_{11}$は室温から単調に増加し,図の縦点線の温度で2段のショルダー型の弾性異常を示す.この弾性異常は超音波吸収を伴い,その周波数依存性が熱活性型であることから$R$ = La, Pr, Ndで観測されたものと同様の超音波分散であると考えられる.本系でも横波弾性定数$C_{44}$には超音波分散が観測されないことが確かめられている.その弾性定数$C_{44}$は100 K付近から結晶場効果に由来する「ソフト化」を示し,10 K付近で徐々に一定値に収束する.$T_{¥rm C}$ = 2.5 Kにおいて両方の弾性定数にステップ状のとびが観測されるが,この弾性異常は相転移に起因するもので,CeCu$_6$やCeRu$_2$Si$_2$で縦波超音波にあらわれたような近藤一重項形成による「ソフト化」とは異なる.


図36 SmOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$, $C_{44}$の温度変化.


図36内挿図は過去に提案されている$¥Gamma_7$基底と$¥Gamma_8$基底の二つの結晶場レベルスキームに基づいた四極子感受率による解析結果で,横軸は温度を対数表示している.$¥Gamma_7$基底モデル($¥Gamma_7$(0 Κ)-$¥Gamma_8$(38 Κ))は$T_C$までの温度依存性を良く説明し,$¥Gamma_8$基底モデル($¥Gamma_8$(0 Κ)-$¥Gamma_7$(19 Κ))では10 K付近で実験値からずれる結果が得られた.それぞれの解析で得られたパラメータは,$¥Gamma_7$基底の場合,四極子格子結合定数が$|g| = 258$ K,四極子間相互作用の結合定数が $g′= -0.79$ K,$¥Gamma_8$基底の場合$|g| = 369$ K と $g′= -1.76$ Kである.ここで注意すべきは,本系では多体効果が10 K付近から効いていると考えられるので,多体効果によって結晶場効果による「ソフト化」が抑えられる可能性がある.3.4章で紹介したCXcal-excelの計算はCe$^{3+}$の場合の近藤効果について特化された計算結果であるため,同じ全角運動量$J = 5/2$を持つとはいえども性質の異なるSm$^{3+}$の実験値との定量的な比較は出来ない.しかし,大まかな傾向を知る事はできる.図11と図12によれば,$¥Gamma_8$基底の場合でも10 K程度の近藤温度を仮定すれば$¥Gamma_7$基底と同様に, 低温で一定値に収束する弾性定数$C_{44}$の温度依存性を再現できるため,$¥Gamma_8$基底の可能性は依然として残る.

尚,上記の議論に於いては価数揺動の効果は考慮していない.Sm$^{2+}$ ($J = 0$)は四極子自由度を持たないため,その状態が混ざったとしても,四極子感受率の強度に体積分率程度のファクターがかかるものの,実験結果の解析にはさほど影響を与えないと考えられるからである.弾性定数$C_{44}$は10 Kまで2¥%程度のソフト化を示しているので,超音波実験からは,少なくとも10 K以上の領域ではSmの$4f$ 電子状態は局在性が強く,弾性定数の温度依存性はSm$^{3+}$の1イオン感受率で説明できていると言える。

 

6.2 超音波分散


さて,次に$C_{11}$の超音波分散を詳しくみていこう。図37に弾性定数$C_{11}(¥omega)$超音波吸収係数$¥alpha_{11}(¥omega)$の周波数依存性を示す。図37(b)と(c)に実線で示したのは現象論による解析であり,実験結果をよく再現している。図38に105 MHzで測定した弾性定数$C_{11}$の磁場依存性を示した。結晶場のゼーマン分裂により結晶場効果によるソフト化が10 K以下で徐々に現れるが,2つの超音波分散に伴うショルダー型の弾性異常は磁場に影響を受けていないことが解る。このことは(何度も繰り返すが), 二つの超音波分散が非磁性起源であることを裏付けている。

SmOs$_4$Sb$_{12}$では,低温秩序による弾性異常と結晶場によるソフト化が現れるため,LaOs$_4$Sb$_{12}$で現れた様なオフセンター自由度に由来する「低温ソフト化」が共存しているかどうかは確認できていない.正確な結晶場レベルスキームを決定し,極低温・高磁場下において結晶場効果とオフセンター自由度を分離する実験を現在試みている.


図37 SmOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の超音波分散 (a) 周波数依存性の実験結果, (b)計算, (c)超音波吸収係数



図38 SmOs$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$の温度変化磁場依存性


 

 

6.3 熱活性エネルギーと他の物理量の比較


図39(a)に$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$に現れる超音波分散の系統変化を示し,図39(b)には$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$の超音波分散の解析で得られた活性エネルギー$E$と特性時間$¥tau_0$をアレニウスプロットによって比較した.回帰直線の傾きが活性エネルギーに対応し,マーカーは共鳴条件$¥omega ¥tau ¥sim 1$を満たす温度に対応する.表6にそれらのパラメータと併せてデバイ温度,アインシュタイン温度,電子比熱係数等を,超音波分散が観測されている類似物質の$Ln$Fe$_4$Sb$_{12}$の諸値と共に比較表示した.


図39 (a) $Ln$Os$_4$Sb$_{12}$の弾性定数$C_{11}$に現れる超音波分散の系統変化と(b) アレニウスプロット


表6 充填スクッテルダイトに於ける格子定数,デバイ温度,アインシュタイン温度,電子比熱係数と超音波分散から得られたパラメータの比較[71]}

まず活性エネルギー$E$の系統変化をみてみると,$R$Os$_4$Sb$_{12}$において希土類をLaからSmに変えると$E_{1}$が上昇し,$¥tau_{0, (1)}$が減少する傾向がある.電子比熱係数$¥gamma$は上昇している.一般に電子有効質量を増大させる機構が近藤効果などの多体効果であるとすれば,その特性温度$T^¥ast$(近藤温度に対応する)は$¥gamma$の増大とは逆相関である.一方,近藤効果で抑えられていた磁気相関が,$T_{¥rm K}$が下がることで回復し,磁気揺らぎによってエントロピーが食われて$¥gamma$が下がる場合は正の相関となる.よって後者の観点から,本研究において見いだされた$¥gamma$と正の相関を持つ活性エネルギーは電子有効質量増強の特性温度と間接的に結びついている可能性はあると言える.

次にアインシュタイン温度と活性エネルギーを比較してみよう.ここで,SmとNdは二つの超音波分散に対応する二つの活性エネルギーを持つが[75],それぞれ低い方の活性エネルギーを抽出する.そうすると,$Ln$Os$_4$Sb$_{12}$系のアインシュタイン温度と活性エネルギー(低エネルギー側)がちょうどファクター2の関係にあるようにみえる.この関係は服部らによって提唱された伝導電子と局所フォノンとの間の新しいエネルギー散逸機構を示唆する[76].もし電子-フォノン結合[77]による電子比熱係数の増大とラットリングエネルギースケールの変化が間接的に関わっているとすれば,磁場に鈍感な電子比熱係数の起源としてラットリングに伴う局所電荷揺らぎと伝導電子との結合が現実味を帯びてくる.

今後の課題として,先ずはSmOs$_4$Sb$_{12}$の結晶場基底状態の問題に決着をつける必要がある.そのためには$T_{¥rm K} ¥sim 10$ Kよりも高温領域における弾性定数の磁場依存性などを解析する必要がある.また,実験的困難はあるものの,Smの同位体をエンリッチした結晶を作成し,非弾性中性子回折実験によって結晶場を直接観測することが望ましい.また,超音波分散を生む局所電荷自由度と価数揺動が結合している可能性もある.これに関しては同位体効果や,Smに対する他の希土類元素の置換効果,圧力効果等の研究[78]が有力な情報を与えてくれるかもしれない.

(おわりに・謝辞・参考文献に続く)


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
おわりに

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

おわりに


 超音波で観測される弾性定数の温度(周波数)依存性を,四極子感受率,緩和の現象論を用いて解釈する方法を述べてきた.本稿では詳細に立ち入らなかったが,歪み場は磁場と直交するため,磁場中での超音波測定は多極子やオフセンター自由度を分光学的に調べる上で強力なプローブとなる.また,一軸圧力下,静水圧力下などの多重極限環境下における超音波測定の手法も確立しつつあり,今後ますますその重要性が認識されていくことと思う.重い電子系においては一般的に遍歴性が強く,局在四極子モーメントが遮蔽されることで感受率として理解することが難しくなる場合があるが,他方,多チャンネル近藤効果や上述のオフセンター自由度に由来するエキゾチックな多体効果が期待される系では,四極子と結合する超音波測定の切り口から量子基底状態を明らかにすることが求められるだろう.

 日本における超音波電子物性研究は現新潟大学教授の後藤輝孝先生が今から約40年前にフランクフルト大学のBruno Lüthi先生のもとで習得した技術を東北大学の旧科学技術計測研究所で発展させたことが始まりである.実は,超音波測定はNMRとほぼ同じ発振器,検波器の構成で測定できる. 昨今の携帯電話等の普及によって比較的安価に高周波装置が手に入るようになったこともあり,もはや誰にでも簡単に測定系を構築できる非常に汎用性の高い手法となった.X線装置やMPMSのように一機関に一台ずつとは言わないが,少なくとも単結晶の基礎物性評価を行っているグループに於いては,もっと普及して然るべきだと著者は個人的に考える.本稿を読んだ学生諸君が少しでも超音波物理に興味を持ち,ご自身の研究テーマに応用する可能性を考えていただけたならば何よりの幸いである.近い将来,日本語の超音波物性の教科書が出版される筈であるが,それまでの間,初心者にとっては下記の参考文献の中でも特に番号の後に*を付けたものから当たってみるのが超音波測定のデータを読み解くための近道であると思う.著者の能力不足で本稿には不十分な点が多々あると思うが,どうかご容赦いただきたい.

 

謝辞


重い電子若手秋の学校の実行委員の皆様には,本稿を執筆する機会を与えていただき感謝申し上げます.本稿の執筆にあたり,以下の方々(敬称略)からご協力をいただきました.ここに感謝申し上げます.
鈴木孝至(広島大学),石井勲(広島大学),藤秀樹(神戸大学),馬場正太郎(新潟大学),荒木幸治(新潟大学 / HLD),赤津光洋(新潟大学),日高宏之(北海道大学 / CPBF),門別翔太(北海道大学).

本稿で紹介した研究成果の一部は,下記の研究グラントによる援助を受けたものです.

  • 文部科学省科学技術研究費補助金
  • 新学術領域研究「重い電子の形成と秩序化」公募研究 (No. 21102501)
  • 特別推進研究「電荷揺らぎに由来する強相関量子相の研究」(No. 18002008)
  • U.S. Department of Energy Grant No. DE-FG02-04ER46105
  • U.S. National Science Foundation Grant No. DMR 0802478
  • CCSA Grant No. 7669. (P.-C. Ho)
  • 北海道大学基礎科学融合領域リーダ育成システム

 

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[59] T. Yamaguchi et al. , Physica B 359-361 (2005) 296-298.
[60] T. Goto et al. , Phys. Rev. B 59 (1999) 269.
[61] E. Kanda et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 54 (1985) 175.
[62] R. P. Devaty and A. J. Sievers, Phys. Rev. B 19 (1979) 2343.
[63] K. Kaneko et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 074710.
[64] Y. Yasumoto et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) Suppl. A 242.
[65] C. H. Lee et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 75 (2006) 123602.
[66] I. Ishii et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 084601.
[67] Y. Nakai et al. , Phys. Rev. B 77 (2008) 041101.
[68] K. Matsuhira et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 124601.
[69] W. M. Yuhasz et al. , Phys. Rev. B 71 (2005) 104402.
[70] S. Sanada et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 74 (2005) 246.
[71] M. Mizumaki et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 053706.
[72] Y. Nemoto et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) Suppl. A 153.
[73] Y. Nakanishi et al. , J. Phys.: Conf. Ser. 51 (2006) 251.
[74] T. Yanagisawa et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 043601.
[75] T. Yanagisawa et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 074607.
[76] K. Hattori et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 74 (2005) 3306.
[77] C. C. Yu and P. W. Anderson, Phys. Rev. B 29 (1984) 6165.
[78] H. Kotegawa et al. , J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2007) Suppl. A 90.

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正誤表

Sep 29, 2011

正誤表


【注意】
「重い電子系若手秋の学校'11(高野山)」で配布された製本版テキスト(A4,310頁)にはいくつかケアレスミスが存在します.この場をお借りして訂正し,お詫び申し上げます。

テキスト187頁 式15 3-4行目

誤:
O_6^0=231J_z^6-¥{315J(J+1)+735¥}J_z^4+¥{105J^2(j+1)^2-525J(J+1)+294¥}-5J^3(J+1)^3+40J^2(J+1)^2-60J(J+1)

正:
O_6^0=231J_z^6-¥{315J(J+1){¥bf-735}¥}J_z^4+¥{105J^2({¥bf J}+1)^2-525J(J+1)+294¥}-5J^3(J+1)^3+40J^2(J+1)^2-60J(J+1)

テキスト189頁 表4 「O群の積表」に於ける,直積空間¥Gamma_4 ¥otimes ¥Gamma_5の既約分解

誤:
¥Gamma_2 ¥oplus ¥Gamma_5
正:
¥Gamma_2 ¥oplus {¥bf ¥Gamma_3 ¥oplus ¥Gamma_4 ¥oplus} ¥Gamma_5

テキスト206頁~~11行目

誤:
局所電荷自由度であるsこと
正:
局所電荷自由度であること

以上。

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研究日誌
2011-9/21-24「日本物理学会@富山」

Sep 24, 2011

物理学会は富山大学で行なわれました。M2の渡邉君と五十嵐君が立派に修士論文のテーマを発表してくれました。富山のB級グルメといえば「ブラックラーメン」ということを聞いたので、その発祥のお店で食してみました。胡椒がぴりりと効いたしょっぱい(黒い)スープは衝撃です。もしあなたも行く機会があるのならばおにぎり持参で行くことをおすすめします。

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