Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
1. はじめに

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。物性研究における超音波実験の役割を簡単にレビューします。


第1章 はじめに


わたしたちは物性を調べるとき,物質に様々な外場をかけ,それに対する物質の持つ様々な自由度の応答を観測する.例えば磁性を調べる場合,最も簡単な方法は物質に磁場を加え,物質中のスピン自由度の応答をその周りに巻いたコイル等で観測する方法である.それでは,わたしたちが扱う強相関電子系に於いて「超音波測定」とはどのような外場を加え,何の応答を観測できるのだろうか?その質問に大雑把に答えるとしたら

「超音波測定は物質中に歪み場を加え,電気四極子の応答を観測する手法である.」

と言えるだろう.

超音波は弾性波として固体中を伝搬する.局所的にその弾性波をみると,結晶中に然るべき対称性を持った歪み場が作り出されている.電子系はその歪み場を,ポテンシャルの変化として感じる.もし固体が完全結晶(※1) で周期的な格子を持つ場合,そのポテンシャルは結晶対称性によって周期函数で表される.超音波には縦波と横波が存在するため,様々な対称性の歪み場を加えることができる.超音波計測とは,いわば系のポテンシャルを外から直接揺さぶり,電子系(ならびに格子系)の応答を四極子感受率(あるいは歪み感受率)として観測する手法であり,磁気モーメントの応答に対応する帯磁率,エントロピーに対応する比熱とともに物性物理学における有効な測定手段の一つである.

そのため,超音波を用いて得られる「弾性定数」という基本的物理量は固体物理学の教科書には必ずと言っていいほど登場する.しかしながら,「磁性」や「誘電性」を観測する実験手法に比べ,超音波実験とそこから得られる物理には,正直なところ馴染みが少ないという学生諸君が多いのではなかろうか.確かにキッテル先生のIntroduction to Solid State Physicsでは一時期,弾性定数の章が割愛されていたし(※2),物性物理学の門を叩いた学生は自分の測定した比熱や磁化を手っ取り早く計算したいので,固体物理の教科書の「弾性」の章は読み飛ばしている可能性が高い.

そこで,本稿では学生の皆さんに「超音波で固体の電子状態を観る」ことにもっと馴染んでもらうべく,超音波で得られる物理量の持つ意味と,それを重い電子系や多極子秩序,ラットリング等を示す系に適用したときに得られるデータの解釈の仕方について,実験屋の視点から基礎的な解説をし,最後に最近著者が行っている充填スクッテルダイト化合物のラットリングの研究について,超音波実験から得られた知見を紹介する.

本稿が学会や論文で超音波の実験結果をみる際の手助けになれば幸いである.

(第二章に続く)

注釈
※1  人類が手にすることができる最も「完全」に近い結晶はシリコンの単結晶である.しかし最近,極低温弾性定数測定によって1モル当り1014個程度の単原子空孔の存在が明らかになった. [1]
※2 7th Edition以降で復活


Topics: 超音波からみた多極子・ラットリング
2. 超音波実験の測定手法

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第2章 超音波実験の測定手法


2.1 パルス法


先ず,超音波実験の測定手法と測定の勘所を至極簡単に述べよう.超音波測定では,固体中を伝搬する弾性波の音速と吸収を測定する.パルス法と呼ばれる方法は固体の音速を測定する最もポピュラーな方法である.良く研磨された測定試料面に各種の接着剤によりトランスデューサを接着し,トランスデューサの共振周波数に合った連続波発信器を用意する.そこから出力された電気信号をゲートに通して充分に短い幅(200-500 [ns])に切り,ドライブ・パルスとしてトランスデューサに入力する.トランスデューサによってパルス信号は超音波パルスに変換され,試料中を弾性波(歪み波)として伝搬する.試料の両端面で反射を繰り返した超音波パルスはトランスデューサにより再度電気信号に変換され,検出器へ送られる.オシロスコープでその信号の時間変化を監視すると,図1のような「超音波パルスエコー」が得られる.「エコー」とは山びこ現象で次々に聞こえる「こだま」そのものである.理想的なパルスエコーならばその振幅は exp(-βt)に比例して減衰する.t [s]は入射信号からの遅延時間である.

超音波が伝搬する経路長を,試料端で反射したエコーが届く時間間隔で割れば,超音波の音速$v$の絶対値が得られる.βは単位長さ当たりの超音波吸収係数α [dB m-1]、音速v [m s-1]との間にβ = α/vの関係を持つ.ここで,ドライブ・パルスはほぼ矩形のエンベロープを持っているが,電気音響変換の過程で歪みを生じたり、トランスデューサを試料に貼付ける為の接着剤による影響でエンベロープのエッジが丸みを帯びてくる。特に電気機械結合定数の高いLiNbO3を圧電素子として用いた場合,エコー信号の立ち上がりを正確に知ることが難しくなるため,正確な絶対値の測定には直接試料表面に圧電結晶をスパッタリングする方法や圧電高分子トランスデューサをスピンコート法で塗布するなどの工夫が必要である.いずれにしても音速の絶対値の測定精度には限界があり,うまく測定しても数%の誤差が生じてしまう.


Fig. 01 超音波エコーの観測例:URu2Si2の横波弾性定数C44モードの超音波エコーのスナップ写真.
(厚さ100 μmのLiNbO3ウエーハをトランスデューサに用い,3倍高調波の105 MHzで観測した.)



Fig. 02 位相比較法で扱う信号のタイムチャート(概念図)



Fig. 03 超音波位相比較法のブロックダイアグラム


 

2.2 位相比較法


量子系の状態を反映したより微小な音速の変化を検出するためには,エコー信号を検出するのではなく,位相信号を用いることで高い分解能を達成することができる.これは位相比較法と呼ばれる手法である.位相比較法については様々なところで解説があるので[2,3] ,その詳細については省くが,ここでの勘所は音速の変化を基準信号からの遅延(位相差)として観測し(図2),位相差をゼロ検出し,先程の発信器に負帰還をかけることで,音速の相対変化を信号発生器の周波数の相対変化に読み替えるところにある.即ち,原理的には測定周波数が高ければ高いほど,分解能が向上することになる.また,ゼロ検出法を用いることで,測定系における非線形性の影響を受けにくく,Δ v/v 〜 10-7のきわめて高い分解能の測定が可能となる.この高い分解能は,特にSi単結晶内に存在する単原子空孔の量子状態の測定[4]や,音響ドハース効果などの極微小な量子振動の検出に有効である.我々が用いている測定系のブロックダイアグラムを図3に示す.これとは別に周波数を固定して生の位相差信号をデジタルストレージに保存し,そこから音速の相対変化と吸収係数を同時に算出する方法もある[5].この方法は若干分解能で劣るものの,積分器による負帰還を行わないため,音速の変化が著しい場合やパルス磁場下など短い時定数で測定を行う必要がある場合に有効である.

(第3章に続く)


3-2 四極子感受率

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章  歪みと弾性定数,四極子感受率

 

3.2 四極子感受率


弾性定数の結晶場効果による温度変化は一般的に四極子感受率として理解できる.四極子感受率は歪み場を摂動として系に加えた場合の四極子モーメントの応答である.これは外部磁場に対する磁気モーメントの応答としての帯磁率と単純に類推できる.以下でその一般式を導く.

結晶中に入射された超音波は結晶格子をわずかに歪ませる.電子状態が四極子を持っている場合,四極子-歪み相互作用を媒介に歪みは結晶場ポテンシャルVCEFに変調を与えて電子系と結合する.そのエネルギー変化は極めて小さな摂動として取り扱うことができる.

V_{¥rm CEF}=V_{¥rm CEF}^0+¥sum_{¥Gamma ¥gamma}¥frac{¥partial V_{¥rm CEF}}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}
(8)

VCEF0は無摂動状態の結晶場ポテンシャル,Γγは点群の既約表現の基底を表し,εΓγは対称歪みである.四極子-歪み相互作用のハミルトニアンHQSはVCEFを歪みの1次まで展開し,第2項の展開係数をウィグナー・エッカートの定理より等価演算子で置き換えると次のように書ける,

H_{¥rm QS}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_¥Gamma O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)}¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}
(9)

gΓは四極子-歪み相互作用の結合定数,OΓγは局在f電子の電気四極子の電荷分布を表す等価演算子で四極子演算子と呼ばれる.電気四極子の大きさは量子軌道の異方的な空間的広がり面積と電荷の積に比例する.希土類イオンのf軌道は角運動量で量子化されているので,四極子の大きさは演算子

Q_{¥Gamma ¥gamma}=Ze ¥langle r^2 ¥rangle ¥alpha_J O_{¥Gamma ¥gamma}
(10)

を用いて計算できる.ここにZeは希土類イオンの有効電荷,<r2>は希土類イオンでのf軌道の動径方向の自乗平均,αJはスティーブンス因子である.以下,四極子演算子OΓを単純に「四極子」と呼ぶことにする.


Fig. 4 対称歪みと結合する多極子



さて,点群の各既約表現に対応する四極子は角運動量Jx, Jy, Jzの線形結合で書き表され,等価演算子法を用いて以下のように記述できる.

¥Gamma_1:¥{O_B=J_x^2+J_y^2+J_z^2¥}¥¥
¥Gamma_3:¥Biggl¥{O_2^0=¥frac{2J_z^2-J_x^2-J_y^2}{¥sqrt{3}},O_2^2=J_x^2-J_y^2¥Biggr¥}¥¥
¥Gamma_5:¥{O_{yz}=J_yJ_z+J_zJ_y,O_{zx}=J_zJ_x+J_xJ_z,O_{xy}=J_xJ_y+J_yJ_x¥}¥¥
(11)

さらに,四極子同士にも伝導電子やフォノンを媒介としてRKKY的な相互作用が働いているものとし,これを四極子間相互作用のハミルトニアンをHQQとして次のように表すことができる.

H_{¥rm QQ}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_¥Gamma^¥prime ¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)}
(12)

ここでgΓ'は四極子のサイト間相互作用定数であり,< OΓγ>は或るサイトi に注目したとき他の全てのサイトの四極子を期待値で置き換える分子場近似を表す.

4f 電子系で立方晶の場合,摂動を受けた結晶場に対する摂動ハミルトニアンは次の様に書ける.

H_{¥rm CEF}=H_{¥rm CEF}^0+H_{¥rm QS}+H_{¥rm QQ}
(13)

後の説明のため、結晶場ハミルトニアンは、Lea-Leask-Wolfの良く知られた表式[7]を用いておく。

H_{¥rm CEF}=B_4^0(O_4^0+5O_4^4)+B_6^0(O_6^0-21_6^4)¥¥
=W¥biggl(x¥frac{O_4}{F_4}+(1-|x|)¥frac{O_6}{F_6}¥biggr)
(14)

ここで,Wはスケール因子,x (|x|≦1)は4次と6次の項の係数比で,F4とF6は全角運動量Jによって決まる.Onmはスティーブンスの等価演算子で,これは結晶場ポテンシャルを球面調和函数で多重極展開すると得られる.全角運動量Jの結合式としての以下のようなテンソル演算子で記述できる.

O_4^0&=&35J_z^4-30J(J+1)J_z^2+25J_z^2-6J(J+1)+3J^2(J+1)^2¥¥
O_4^4&=&¥frac{(J_+^4+J_-^4)}{2}¥¥
O_6^0&=&231J_z^6-¥{315J(J+1)+735¥}J_z^4+¥{105J^2(J+1)^2-525J(J+1)+294¥}¥¥
&{}&-5J^3(J+1)^3+40J^2(J+1)^2-60J(J+1)¥
O_6^4&=&¥frac{(11J_z^2-J(J+1)-38)(J_+^4+J_-^4)}{4}+¥frac{(J_+^4+J_-^4)(11J_z^2-J(J+1)-38)}{4}¥¥
(15)

一方,四極子間相互作用が無視できない場合はεΓγの代わりに有効歪み$εΓγeffを考えると都合が良い.

H_{¥rm QS}+H_{¥rm QQ}=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}g_{¥Gamma}^{(i)} O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)} ¥biggl(¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}+¥frac{g_¥Gamma^¥prime}{g_¥Gamma}¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle ¥biggr)=-¥sum_i¥sum_{¥Gamma ¥gamma}K_{¥Gamma}^{(i)} O_{¥Gamma ¥gamma}^{(i)} ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff}
(16)

KΓは相互作用を繰り込んだ場合の結合定数である,1イオンに対する電子系の摂動のエネルギーは歪みの二次まで計算し,

E_i=E_i^0-K_{¥Gamma} ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff}¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|i¥rangle+K_¥Gamma^2(¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^{eff})^2¥sum_{i¥ne j}¥frac{|¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|j¥rangle |^2}{E_i^0-E_j^0}
(17)

と表すことができる.Ei0は四極子-歪み相互作用が存在しない場合の結晶場状態 $|i ¥rangle$のエネルギーである.
次に,弾性定数の表式を得るために自由エネルギーについて考える.系の全自由エネルギーは,

F=E_{elas.}-Nk_BT¥ln Z
(18)

と表される.右辺一項目は結晶の弾性エネルギー,二項目はf 電子系全体のエネルギーである.Nは単位体積あたりのf 電子の総数を表し,Zは状態和である.弾性定数は自由エネルギーを歪みεΓγで二階微分し,εΓγ→0の極限をとることで求められる.

C_¥Gamma=¥frac{¥partial^2F}{¥partial¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}^2}¥bigg|_{¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} ¥rightarrow0}
(19)

CΓ0は四極子-歪み相互作用が働かないときの弾性定数を表しており,主に格子(音響フォノンの非調和性)からの寄与によるバックグラウンドとなる. χΓは四極子感受率(歪み感受率)とよばれ,

g_¥Gamma^2¥chi_¥Gamma(T)=¥bigg¥langle ¥frac{¥partial^2E_i}{¥partial¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} ^2}¥bigg¥rangle -¥frac{1}{k_BT}¥bigg¥{¥bigg¥langle ¥bigg(¥frac{¥partial E_i}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}¥bigg)^2¥bigg¥rangle -¥bigg¥langle¥frac{¥partial E_i}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma} }¥bigg¥rangle^2¥bigg¥}
(20)

で与えられる.ブラケットはボルツマンの熱平均を意味する.第一項はヴァンブレック項であり,四極子OΓγの行列要素の非対角要素からの寄与を表す.この項は低温で温度に依らず一定となる.第二項はキュリー項であり,OΓγの対角要素からの寄与を表す.四極子演算子にあまり馴染みが無い方も,上記の表式には見覚えがあるだろう.これは量子力学の二次摂動を用いた磁化$M$と,磁気感受率としての帯磁率χMの関係と全く同じである.四極子モーメントの熱平均は次のように書ける.

¥langle O_{¥Gamma ¥gamma}¥rangle=¥frac{1}{Z}¥sum_i¥langle i|O_{¥Gamma ¥gamma}|i¥rangle¥exp¥bigg(-¥frac{E_i}{k_BT}¥bigg)
(21)

いま,系が常磁性相における平衡状態で,四極子モーメント間に相互作用は働いておらず,摂動ハミルトニアンとしてHQSだけが効くと考えた場合,四極子感受率は,

¥chi_{¥Gamma}(T) = -¥frac{1}{g_{¥Gamma}}¥frac{¥partial ¥langle O_{¥Gamma ¥gamma} ¥rangle}{¥partial ¥epsilon_{¥Gamma ¥gamma}}
(22)

となる.従って,四極子感受率とは単位歪み当たりに誘起される電気四極子を意味し,これは一様な磁場中で磁気双極子モーメントの平均値として定義される磁化の関係に対応していることがわかる.
基底状態が四極子に対して縮退している場合(即ち,基底状態の波動函数を四極子演算子に適用したとき,その行列要素が対角成分を持つ場合)低温で温度の逆数(1/T)に比例する「弾性定数の減少(軟化)」が現れる.以後,結晶場によるf 電子の四極子自由度に起因する弾性定数の軟化を表す用語として「ソフト化」と定義しよう.

(第3章3.3節に続く)


3-6 重い電子系に対する超音波実験

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章 超音波実験の測定手法

 

3.6 重い電子系に対する超音波実験


続いて,$f$電子の遍歴性が強く,混成効果が効いている重い電子系に対する超音波実験について述べる.CeCu$_6$やCeRu$_2$Si$_2$等のスピン自由度に由来する近藤効果が効いている系では,一般的に多体効果の影響は全対称表現$¥Gamma_1$に対応するバルクモジュラスに現れ,対称性を低下させる横波弾性定数には現れない.一方,Coxらが提唱する非クラマース$¥Gamma_3$二重項に対する近藤効果である四極子近藤効果などのマルチチャンネル近藤効果ではその異方性を反映して横波弾性定数に$-¥log T$の温度依存性が現れるなどの理論予測がある[40].後者のマルチチャンネル近藤効果の実験的検証はまだ中途の段階にあるので,ここでは従来型の磁気近藤効果由来の重い電子系に於ける縦波弾性定数の温度依存性の典型例を示そう.

先ずはL$¥ddot{¥rm u}$thi先生の超音波電子物性の教科書から一枚の絵を抜粋する.これは重い電子系の縦波超音波の典型を表した模式図である.3つの領域に分けて説明しよう.


図18 典型的な重い電子系の縦波弾性定数の温度依存性


(1) $T > ¥Theta_D$の高温領域とバックグラウンド

電子-格子相互作用の影響が無い場合,弾性定数は降温と共にほぼ線形に上昇する.もし,調和近似を基にフォノン間の相互作用を考えなければ,弾性定数は温度に依存せず一定となり,熱膨張は存在しない.しかし,一般的に弾性定数は昇温と共に減少し(軟化し),固体は膨張する .それは調和近似の破綻を意味する.現実の系では非調和項の影響から$T > ¥Theta_D$の温度領域で弾性定数のバックグラウンドは$-T$に比例した温度依存性を示す.$T = 0$でそのバックグラウンドは$-T^4$に比例して低温で一定値に収束する.(図の点線)これはデュロン・プティ則により格子比熱が$T^3$に比例(即ち,内部エネルギーが$T^4$に比例)することに対応している.$-T^4$の温度依存性が成り立つ温度領域を決めるのは一般的に難しく,その温度依存性は現象論的に

C_{ij}=C_{ij}^0-¥frac{s}{¥exp(t/T)-1}
(25)

と表す事ができる[41].($s, t$は任意の定数)

(2) $T ¥sim ¥Delta$の結晶場効果

結晶場レベルの分裂幅$¥Delta$に対応した温度領域で,四極子感受率に起因するソフト化が生じる.例えば立方晶O$_{¥rm h}$群に於いて縦波弾性定数$C_{11}$は,バルクモジュラス$C_{¥rm B}$と$¥Gamma_3$対称性の$(C_{11}-C_{12})/2$モードの線形結合の形で$C_{11}$=$C_{¥rm B}$+4/3$(C_{11}-C_{12})/2$と表されるので,$¥Gamma_1$対称性の電気十六極子$(O_4^0+5O_4^4)$と,$¥Gamma_3$対称性の四極子$O_2^2$の感受率があらわれる.

(3) $T < T^¥ast$の強い電子-格子(グリューナイゼンパラメータ)結合¥¥

重い電子系では,$T < T^¥ast$において音響フォノンによる準粒子の散乱が無視できなくなる. ($T^¥ast$は多体効果の特性温度で磁気近藤効果の場合$T^¥ast ¥sim T_{¥rm K}$と考えてよい.)それが起源となった強い電子-格子相互作用によりポテンシャル変形が生じ,体積変化に対応する縦波モード(即ち$¥Gamma_1$対称性の歪み$¥epsilon_Β = ¥epsilon_x+¥epsilon_y+¥epsilon_z$に対応するバルクモジュラス$C_B$を含むモード)において弾性異常が現れる.この効果は一般的に対称性を低下させる歪みに対応する横波モードには現れない.この音響フォノンと準粒子の結合はグリューナイゼン定数によって現象論的によく説明できることが知られている.グリューナイゼン定数は熱力学的関係式$(¥frac{dT}{d¥epsilon})_S = (¥frac{¥partial T}{¥partial S})_{¥epsilon}(¥frac{¥partial S}{¥partial ¥epsilon})_T$から以下のように定義される($S$はエントロピー)

 ¥Omega = ¥alpha_{¥rm T} ¥frac{C_{¥rm B}}{C_{¥rm V}}=-¥bigg( ¥frac{¥partial ¥ln T}{¥partial ¥epsilon_{¥rm V}} ¥bigg)_S
(26)

ここで,$α_{¥rm T}$は等温過程における熱膨張係数,$C_{¥rm B}$はバルクモジュラスで等温圧縮率$¥kappa$の逆数として定義される. $C_{¥rm V}$は定積比熱である.図19と図20にそれぞれCeCu$_6$とCeRu$_2$Si$_2$の弾性定数の温度依存性を示す[42,43].CeCu$_6$は220 Kに斜方晶から単斜晶への構造変化に伴うソフト化が横波$C_{66}$モードに観られる[43].より低温領域では明瞭な結晶場効果が縦波$C_{11}$, $C_{22}$, $C_{33}$と横波$C_{44}$に現れ,低温で収束するが,$T < 5$ Kで近藤一重項の形成が始まるにつれ,$C_{11}$は低温でさらにもう一段階ソフト化を示す[44].CeRu$_2$Si$_2$は対称性を低下させる横波モードに明瞭な結晶場効果は観られず,体積歪みに関連した縦波モード$C_{11}$, $C_{33}$に特に顕著なソフト化が観られる.このような体積歪みに関係した縦波モードのみに現れる弾性異常は$4f$電子が遍歴し準粒子バンドを形成していると考えられているCeSn$_2$, CeNi, CeNiSnなどにも共通して観られる.


図19 CeCu$_6$の弾性定数の温度変化 [43]



図20 CeRu$_2$Si$_2$の弾性定数の温度依存性 [42]


結合定数$¥Omega$が正で大きな値を持つ場合,近藤一重項が形成されると共に体積収縮が起こることが熱膨張測定などで確かめられている.これをKondo Volume Collapseという.$T = 0$におけるその体積変化の大きさは多体効果の特性温度$T^¥ast$(近藤温度のオーダー)を用いて

¥epsilon_{¥rm V}^0 = -n k_{¥rm B} T^¥ast ¥frac{¥Omega}{C_{¥rm B}}
(27)

と見積もることができる.ここで$n$は単位体積あたりの磁性イオンの数であり,$n ¥sim 10^{28} [m^{-3}]$程度であるとする.重い電子系において実験的に求められたグリューナイゼン定数の典型的な値は$¥Omega ¥sim 100$程度,多体効果の特性温度を$T^¥ast ¥sim 10$ [K], ボルツマン定数$k_{¥rm B} = 1.38 ¥times 10^{-23} $[J K$^{-1}$], バルクモジュラスを$C_{¥rm B} ¥sim 10^{11}$ [J m$^{-3}$]とおくと,体積歪みの大きさは$¥epsilon_{¥rm V} ¥sim 10^{-3}$となり,研究室レベルのX線装置でも検出できるような,かなり大きな変化であることがわかる.実際にCeRu$_{2}$Si$_{2}$で格子定数の変化が観測されており,$T ¥to 0$の外挿値は$¥epsilon_V ¥sim 1.4 ¥times 10^{-3}$程度と見積もられ[45],上式で良く再現される.
一方,URu$_2$Si$_2$やUPt$_3$などアクチノイド系の重い電子系では上記のグリューナイゼン定数による弾性応答が成り立たない例も報告されている[42,46,47].これらの系では超音波の周波数が電子散乱時間に近づき,超音波の伝搬において断熱近似が成り立たなくなっていることが推測され,エネルギー散逸を考慮した等温弾性率を用いた特別なアプローチが必要である.


(第4章に続く)


3-4 近藤効果を取り入れた四極子感受率(横波超音波)の一例(CXcal-excel)

Sep 29, 2011
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」が主催した「重い電子系若手秋の学校’11」のテキストブックをHTML化したものです。

第3章 超音波実験の測定手法

 

3.4 近藤効果を取り入れた四極子感受率(横波超音波)の一例(CXcal-excel)


結晶場と近藤効果の共存系における各種物理量の計算プログラム``CXcal-excel''が,酒井治先生によって配布されている[23].このプログラムは磁性不純物の結晶場を考慮したアンダーソン・ハミルトニアンから出発し,Non Crossing Approximation(NCA)と呼ばれる自己無撞着摂動論を用いて立方対称結晶場にあるCe3+ (J = 5/2)の1イオン感受率の温度依存の数値データとグラフを簡便に与えてくれる.

図11に結晶場レベルがΓ8(0 K)-Γ7(19 K)で,近藤温度TKを5 Kと10 Kに設定したときの四極子感受率-χΓ3と-χΓ5の温度依存性を示す.横軸は温度の対数で表している.実線は前節で計算したNCA計算を用いない1イオン感受率である.図12には結晶場レベルがΓ7(0 K)-Γ8(38 K)のときの同様の結果を示す.この後の解説のために申し添えると,結晶場分裂幅をこれらの値にした理由は,最終章で紹介するSmOs4Sb12の四極子応答を解釈するためである.Γ7基底モデルの結晶場分裂幅はΓ8基底モデルの丁度2倍の値に設定しているので,Γ8基底モデルの温度軸を2倍にスケールすれば同じ分裂幅の感受率を比較できる.結晶場分裂幅Δに対してTKが半分くらいになるとΓ8基底モデルではキュリー項によるソフト化が急激に抑えられ,逆にΓ7基底モデルでは高温領域でソフト化が増大する.例えばΓ5対称性の四極子感受率-χΓ5はTK = 5-10 K程度を仮定した場合. Γ7とΓ8基底状態のいずれかを定性的には区別できなくなっていることがわかる.(図11,12下図の破線を比較してみよう.).


図11 Γ8(0 K)-Γ7(19 K)の結晶場状態を持つCe3+ J = 5/2の4f 電子系に対する近藤効果を考慮した場合と考慮しない場合の四極子感受率の比較



図12 Γ7(0 K)-Γ8(38 K)の結晶場状態を持つCe3+ J = 5/2の4f 電子系に対する近藤効果を考慮した場合と考慮しない場合の四極子感受率の比較



(第3章3.5節に続く)

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