NMRの実験は、微弱な核磁化からの信号をコイルでピックアップする。数万回以上の積算も珍しくないので検出系の熱雑音に対してSNが 1/100程度である場合もあり、外来ノイズを極力防ぐためにNMRプローブの設計に工夫をし、シールド等の方策を施している。 しかし、主に低温実験を行うので温度センサやヒータなどの配線を外部から導入する必要が生じる。これらの配線と検出コイルとの間で相互インダクタンスが生じないように注意を払うがコイルの感度および試料まわりに配線する必要性から配線からの雑音を検出してしまうことが多々ある。
また、これらの配線は温度コントローラに接続されるが、コントローラは低周波数の雑音に対しては対策してあるのに対して、コントローラのCPUクロックなどの高周波に関しては対策されていないので、コントローラの高周波ノイズが検出コイルによって検出されることがある。実際に我々のシステムでコントローラに接続した場合と外した場合でのスペアナによる測定結果を図1に示すが、共振周波数は 100.7MHzでコントローラを接続することによって無接続時のノイズフロアに対しておよそ+5dB悪化することがわかる。(ここで実際の測定系はこちらに示すようになっており、100.7MHzにある輝線はレシーバーのローカル漏れである。)これでは、無接続時のノイズフロアに対して SN=1 の信号であっても測定が困難になるケーブルをアルミホイルでシールドすると軽減することがあるが、これはシールド効果以外にインピーダンスを変化させる効果があると考えられる。(実際、アルミホイルを巻いてノイズが悪化するということもしばしば経験する。)
図1
温度コントローラなし(BW=1kHz)
温度コントローラあり(BW=1kHz)
このように低周波と違い高周波は、線路の配置に依存するため実験ごとに、ノイズの状況が変化し実験する学生を混乱させ、この高周波ノイズ対策は、研究室ごとに手探りで対応している状況かと思われる。もっとも確実な再現性のある対応は、温度コントローラからの配線をプローブにつながないで、クライオスタット付属の試料から離れたシールドされている温度コントロールシステムを用いて、実験の前後のみ試料まわりのセンサを接続して温度をチェックすることであり、どうしてもノイズの影響を軽減できないときは最終手段としてこの方法を使ったことのある人間は多いと思われる。正しい解決法は、検出コイルとセンサ、ヒータとの相互インダクタンスを0にすることだが,現実的には、試料まわりに配線することを考慮するとプローブの導入コネクタのところでローパスフィルタを挿入し高周波を遮断することが次善策として考えられる。しかしヒータには大電流が流れるので 損失のあるCRフィルタではなく LCフィルタを用いることになる。しかし,高周波回路なので素子の選定や特に実装で性能が出ない場合が多い。
そこで、貫通型EMIフィルタFTP302AS103-S-Sを使った再現性のあるシンプルなフィルタ回路を紹介する。このフィルタの等価回路は、図2に示す π型 LC フィルタである。挿入損失は図3のDからわかるように10MHzで-40dBあり、100MHz以上では、-80dB という素晴らしい性能をカタログ上示す。高周波は、実装により性能が悪化するが、外形を図4に示す様にすでにシールドされネジ固定できる構造になっているため安定した性能が期待できる。写真1が、実際のフィルタの実装写真である。左が、プローブ側で プローブにダイレクトに取り付けられるメスの10pinのコネクタがついている。また右側が、コントローラ側でセンサをDSUB 9PINメスで、 ヒータをステレオジャックで接続する。この間にアルミ板にねじ止めしたFTP302AS103-S-Sを直列に挿入する。またアルミ板によりケースのプローブ側と温度コントローラ側を仕切ることのシールド効果を持たせている。またヒータおよび温度センサのケーブルは、シールド線を用いてそのシールドをフィルタのケースと確実に導通をとる。フィルタとプローブ間は、ケーブルを使って接続してしまうとそのケーブルがアンテナになる可能性があるのでフィルタは、プローブのコネクタに直結させる。実際のノイズを測定した結果が図5であり、コントローラからのノイズをほぼ遮断できていることがわかる。
図2
図3
図4
写真1
図5 (BW=1kHz)
2011年11月15日