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300 W高出力アンプの製作
                        木村 佳敬
                    監修:河本 充司

 NMRという測定方法では、物質に高エネルギーの高周波電磁波をかけることが要求されます。実際の測定において高周波電磁波は、コイルに高エネルギーの高周波電圧をかけることで実現されます。今回紹介する300 W高出力アンプは、その高周波電圧を増幅するためのものです。

必要とされるスペック

  1. 固体試料で多核種を対象とするのでワイドバンド(周波数帯域 20 MHz-150 MHz)
  2. 最大出力 300 W
  3. 入出力インピーダンスは50 Ω
  4. パワーデバイスとして真空管ではなく半導体素子
  5. 回路の再現性

 熱暴走の保護の必要なトランジスタではなくFETを候補として考え、キーデバイスとして MRF-151Gを選択しました。これは、素子内にバランスのとれたN-ch FETが2本入っているジェミニタイプのFETで、GNDとの間にある寄生容量によって周波数特性が悪化するのを改善しているものです。48 V電源下これ1つで 300 Wの出力を得ることができます。データシートを参照するとメーカー側で示す広帯域(10 M-175 MHz)パワーアンプの回路例がありこれを参考にすれば、再現性よくアンプを製作できるものと思われます。この素子を使う最大の利点は、なんと Communication Concepts,Inc.からAR305という型番でこの回路の伝送線路トランスや部品、基板を含めたキットが販売されていることです。伝送線路トランスを自作することなしに作れるということは再現性の問題を大きく改善します。
 購入に際しては、

  • Capacitor Set $ 29.50
  • Resistor Set $ 35.95
  • Ferrite Set $ 2.75
  • Transformer Set $ 55.95
  • Printed Circuit Board Set (2) $ 23.00
  • 1N5923A 8.2 Volt Zener $ 1.40
  • MRF151G FET $ 135.50
合計284.05ドル、1ドル=82円とすると23292.1円で300 W の広帯域のリニアアンプができてしまうのです。リニアアンプの価格はリニアリティにもよりますが高いものでは100万円を超えるものもあります。

電気回路の作成

 FETを直接銅板につけ、電気回路はFETをはさむ形でつくりました。オプションのツェナーダイオードも実装します。
写真
仰々しく高価な厚い銅版をつかいましたが、5 mm厚のもので十分だと思います。パワーアンプの製作では、調整の手順を間違えると大量の熱を発してあっという間に135.5ドルのFETが壊れてしまいます。電源は、ドレイン効率が50%程度と考え、300 W出すために600 W以上の48 V電源を用意します。この仕様をシリーズ電源で満たすと仰々しい重量になるので、低雑音のスイッチング電源HWS600-48/Hを使うことにしました。この電源は、オープンコレクタで電源のON/OFFができます。

作成・確認手順

  1. まず、一通りはんだづけが終わったら自分ともう1人別の人と独立に回路図と比較してはんだづけのミスがないか点検します。
  2. 回路の電源とGNDの抵抗を測定し短絡していないことを確認します。
  3. RFC(L1)の片側を外します。(回路図、写真参照)
    写真
  4. T1の外皮のバイアス電圧を測れるよう電圧計をセットします。(回路図、写真参照)
    写真
  5. 電源をONにして 可変抵抗R4を回し、T1の外皮のバイアス電圧が0-8 Vまで可変できることを確認し0Vに設定します。
  6. RFC(L1)の外した部分とRFC(L1)の間(写真参照)に電流計を挿入します。
    写真
  7. 入出力を50Ω終端器で終端します。
  8. R4をゆっくり回しながらバイアス電圧と電流をモニタします。
     最初は、電流はほとんど流れていないはずです。100 mA以上流れていた場合は、すぐ電源を切ってください。バイアス電圧が1 Vから3 Vに上がっていくとき、ある電圧から電流が急激に立ち上がるので、その点に注意して500 mAとなる位置にR4を設定します。設定後電源をすぐに切ります。銅版があるとはいえ放熱対策をしていないのでそのままだと銅版が触れないくらい熱くなります。
  9. 出力を1 W程度に耐える終端器で終端して、電源を入れ入力にネットワークアナライザをつなぎVSWRを測定します。
     ネットワークアナライザのRF POWER は0 dBm程度にしてください。トリマ C1を回し10-175 MHzでVSWRがもっとも良好になるよう調整します。(あまりC1を回しても大きな変化はないようです。)調整中、電流はモニタできる状態にして10 A以上流れる場合、すぐに電源OFF。放熱対策をしていないので調整は、連続10分以上はやらないでください。
  10. 電流計を外し、RFCをもとの状態に戻し調整を終了します。

放熱対策

 動作ジャンクション温度が200 ℃、ジャンクションから素子フランジまでの熱抵抗が0.35 ℃/W、効率が50 %としてドレイン損失が300 W、外気温を40 ℃とすると、放熱経路の熱抵抗は(200-40)/300 = 0.54 ℃/W以下でなければなりません。素子の熱抵抗を引くと約0.2以下となります。銅版の熱抵抗を0としても 放熱板では、無理なので強制風冷考え、銅版の裏面に放熱フィン+ファンをとりつけることにします。
写真
ALPHA社のファン付きヒートシンクFH6020は熱抵抗が約0.5 ℃/Wなので、条件を満たしませんが、実際のNMRでは、パルスで使われパルスで300 Wでも時間平均すると30 Wもないので十分です。(パルスの長さはμsのオーダー)

安全回路

 300 Wの高出力アンプの(i)素子のフランジが高熱になったとき、(ii)冷却ファンが止まったとき、に自動で48 Vの電源が切れるような安全回路を設計しました。ファンの状態はオープンコレクタでデジタル信号として検出でき、温度はLM35を使って検出します。LM35は1 ℃を 10mVに換算して出力する素子です。モニタ回路はPICを用いて定期的にDI端子でファン、温度計の電圧をADC 端子でAD変換し、異常があればオープンコレクタの48 V電源スイッチを遮断します。

安全回路の回路図とPICのプログラム
 安全回路はPIC12F675を用いて作りました。このICに 温度と冷却ファン制御のプログラムを書き込むことで、複雑な論理回路を組むことなく簡単に制御回路を組むことができます。設定を変える時もプログラムを書き換えるだけで良いので、手間が省けて扱いやすいと思います。
 簡単にこのプログラムの説明をします。 「温度」と「ファンのONとOFF」を電圧としてそれぞれ別々の端子(4、7)に入力します。(30 ℃→300 mV、ファンON→0 V、OFF→5 Vという感じです。)そして、その電圧の値が正常値から外れた時に「温度」と「ファンのONとOFF」の異常を知らせる端子(5、6)がそれ別々に存在します。この端子の先にそれぞれ発光ダイオードをつけて、異常がある場合には発光するように設定します。さらに、「温度」か「ファンのONとOFF」のどちらか一つにでも異常があった時に電源を切るための端子(2)が存在します。今回は温度の上限を70℃に設定しました。整理すると以下のようになっています。
図
1:POWER ICの電源
2:OUTPUT ・「7」が700 mV以上の時(温度計が70 ℃以上の時)or「5」が5 Vの時(ファンがOFFの時)→5 Vを出力(300 W電源OFF)
・上記以外→0 Vを出力
3:OUTPUT 今回は使わない
4:INPUT ・5 Vを入力→ファンはOFFと認識
・0 Vを入力→ファンはONと認識
5:OUTPUT ・「4」が5 Vの時(ファンがOFFの時)→0 Vを出力(ダイオードが点灯)
・「4」が0 Vの時(ファンがONの時)→5 Vを出力
6:OUTPUT ・「7」が700 mV以上の時(温度計が70 ℃以上の時)→0 Vを出力(ダイオードが点灯)
・「7」が700 mV未満の時(温度計が70 ℃未満の時)→5 Vを出力
7:INPUT 温度計から出される電圧を認識
8:GND 接地する

 このようにして、ワイドバンド(周波数帯域 20 MHz-150 MHz)の300 W高出力アンプを作ることが出来ます。  
                                             2011年9月1日