research


我々は実験系の研究グループです。
物性物理学は多様な物質現象の中から新たな物理の基本法則を見つけ出すことを目指す学問です。
通常は熱散乱のベールに隠されている量子力学的な基底状態を、
極低温環境下における物性測定で詳らかにするべく、日々研究を続けています。
ここでは現在進行中の研究テーマと、実験手法・技術についてご紹介します。


研究内容

拡張多極子による動的応答
   UNi4Bのトロイダル秩序状態における新しい電流誘起磁化現象
5f 電子系の磁性と超伝導
   URu2Si2における隠れた秩序と微弱反強磁性
   c-f混成によって誘発されるURu2Si2の格子不安定性(パルス強磁場下超音波測定)
   重い電子系超伝導体UBe13の超伝導混合状態における磁気特性
   112希薄系における局所的非フェルミ液体異常
4f 電子系の磁性と超伝導
   重い電子系超伝導体UPt3における極低温磁化測定
   EuIn2P2における磁場中比熱測定
   SmOs4Sb12 の静水圧力下超音波測定
   磁場に鈍感な重い電子系スクッテルダイト化合物 SmOs4Sb12 のラットリング
   (ラットリングを示す充填スクッテルダイト化合物の磁性と超伝導)
   TmM2Si2(M: 遷移金属)系の磁性
   非フェルミ液体的振る舞いを示す YbRh2Si2 の極低温磁性


研究手法/実験装置(一覧)

極低温基礎物性測定
   キャパシタンス式極低温精密磁力計を用いた磁化測定(100μW希釈冷凍機)
   SQUID磁束計による磁化測定、交流磁化率測定
   緩和法比熱測定(HELIOX)
   電気抵抗測定(Handmade希釈冷凍機)
 高圧下物性測定
   インデンターセルによる高圧下電気抵抗・AC磁化測定
   MPMS用インデンター&ピストンシリンダセルによる静水圧下DC磁化測定
   ピストンシリンダセル断熱法比熱測定
 超音波物性測定
   位相比較法(ヘテロダイン検波)を用いた弾性定数測定
   蒸着装置&ネットワークアナライザ(超音波圧電素子制作)
微視的測定
   中性子散乱実験
   共鳴X線散乱実験
   ミュオンスピン回転・緩和・共鳴(muSR)実験
物質合成
   テトラアーク炉によるチョクラルスキー法単結晶試料育成
   プラズマジェット炉による多結晶試料育成
   フラックス法による単結晶試料育成
   放電加工機
   物質評価(X線構造解析・EPMA等)




[TOPICS] UNi4Bのトロイダル秩序状態における新しい電流誘起磁化現象

【要旨】金属反強磁性体UNi4Bに対し電流下の磁化測定を行い、電流印加により反強磁性秩序相内で付加的に磁化が誘起される現象を世界で初めて観測した。本系の反強磁性は空間的に拡張された多極子の一つである磁気トロイダルモーメントの強的秩序とみなせるため、金属化合物におけるこの新しい電気磁気効果の発見は、先行する理論が本質的に正しいことを実験的に示している。本成果により今後は多様な反強磁性体が電気磁気効果や拡張された多極子の研究の舞台となると期待される。

 多極子は系の異方的な電荷・磁荷分布を記述する物理量で、電荷分布を表すスカラーポテンシャルと磁荷分布を表すベクトルポテンシャルの展開から導かれる。特にf電子系をはじめとする強いスピン軌道相互作用を有する系においては、高次の多極子が秩序を支配することもあり、系の物性を記述するうえで不可欠な概念となっている。これまで、多極子の議論はそのほとんどが局在した磁性イオンと大局的な空間反転対称性を有する系に限られており、空間反転対称性が保たれた(空間反転対称性のパリティが偶の)多極子のみを扱っていたが、近年は、空間反転対称性を有しない奇パリティの多極子の理論研究が盛んに進められている。なかでも、複数のイオンサイトを一つのクラスターとして考えることにより、これまで平凡な反強的秩序と思われていたものがクラスターの対称性に合った特定の多極子秩序とみなせる、とする理論は特に注目を集めている。これはとりもなおさず、多極子の定義を空間的に拡張することを意味する。この理論の特徴的な点の一つとして、常磁性状態で空間反転対称性を有する系においても、反強的秩序に伴いパリティが破れ、奇パリティの多極子が秩序し得ることが挙げられる。例えば、ジグザグ鎖やハニカム、ダイヤモンド構造などはパリティが偶であるが、イオン位置では局所的に空間反転対称性が破れており、それに由来する奇数次の結晶電場が存在する。この電場は系のパリティを反映して交代的な配列をなし、総和としては0となっている。しかし、ジグザグ鎖上でイオン位置に反強磁性秩序が生じると、結晶電場と磁気モーメントの結合により秩序に伴い系全体のパリティが破れ、トロイダルモーメントや磁気四極子など奇パリティ多極子が有限となり得る。これらの奇パリティの多極子が強的に秩序した場合、電流による磁化誘起現象などの非対角応答をはじめ、多様な新奇物性が生じることが理論提案されている。以上の研究は現状では理論が先行しており、実験的検証は始まったばかりである。
 最近、我々の研究グループは、上記の理論を実験的に検証するため、磁気トロイダルモーメントの強的秩序が発現していると理論予想されている金属反強磁性体UNi4Bにおいて定電流下の磁化測定を行い、電流によって秩序相内で付加的に磁化が誘起される現象を初めて観測した。この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2018年2月号に掲載された。
 UNi4BはUが僅かに歪んだ三角格子を組む結晶構造をとる。Uを囲むNiとBの配置からU位置には空間反転対称性がなく、本系は局所的に空間反転対称性が破れた系の一つである。本系の TN = 20.4 K以下の反強磁性相では、Uのうちハニカムをつくる2/3が三角格子面内に寝た渦状の磁気モーメント配列をもつことが提案されている(図1)。この渦状の磁気構造は磁気トロイダルモーメントtの定義と同じであることから、tが三角格子面に垂直な方向([0001])を向いた強トロイダル秩序とみなせる(図2)。理論では強トロイダル秩序相内で面内に電流を印加することにより、電流とtの両者に垂直な方向に磁化が誘起することが予言されている。本論文では三角格子面内[2-1-10]方向の電流印加により、面内でそれに垂直な[01-10]方向への磁化が付加的に誘起されていることを明らかにしている(図3)。著者らはこの印加電流による磁化誘起現象の異方性が理論と完全には整合しないことから、詳細な結晶・磁気構造に立ち戻った検証が必要としているが、局所的に空間反転対称性が破れた系において、磁気秩序に伴う電流による磁化誘起が観測されたという点において、本論文は理論の本質的な正しさを支持している。それはつまり、これまで平凡な反強磁性体と思われていた化合物群においても、奇パリティ多極子秩序を内包しているものがあり、電気磁気効果をはじめとする多様な物性研究の舞台となり得ることを強く示唆している。


図1 [0001]方向から見たUNi4BのUを含む層の結晶・磁気構造。結晶構造は実際には斜方晶だが、六方晶からの歪みが微小であるため六方晶の軸表記を用いている。ハニカムをなす橙の実線は磁気トロイダルモーメント(面に垂直な赤矢印)を構成する磁気モーメント(青矢印)を繋いでいる。

図2 蜂の巣構造状の渦状の磁気秩序状態(トロイダル秩序相と呼ばれる) 出典:S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 024432 (2014). (この論文が、上述の理論予想の論文です。第1著者の速水賢は北大の理論グループの助教です。)。

図3 我々が観測した電流誘起磁化の様子(22 K以下のトロイダル秩序相において電流方向で反転する磁化が生じていることがわかる)。






原論文  Evidence of a New Current-Induced Magnetoelectric Effect in a Toroidal Magnetic Ordered State of UNi4B


Hiraku Saito, Kenta Uenishi, Naoyuki Miura, Chihiro Tabata, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya Yanagisawa, and Hiroshi Amitsuka: J. Phys. Soc. Jpn. 87, 033702 (2018).



Category: Research | Static URL: /research/UNi4B.htm|



Publication List

▶ 2018

'Low-temperature x-ray crystal structure analysis of the cage-structured compounds MBe13(M=La, Sm, and U)'
Hiroyuki Hidaka, Ryoma Nagata, Chihiro Tabata, Yusei Shimizu, Naoyuki Miura, Tatsuya Yanagisawa, and Hiroshi Amitsuka
Phys. Rev. Materials 2 (2018) 053603.[arXiv/1804.10311]

'Search for multipolar instability in URu2Si2 studied by ultrasonic measurements under pulsed magnetic field'
T. Yanagisawa, S. Mombetsu, H. Hidaka, H. Amitsuka, P. T. Cong, S. Yasin, S. Zherlitsyn, J. Wosnitza, K. Huang, N. Kanchanavatee, M. Janoschek, M. B. Maple, D. Aoki
Phys. Rev. B 97 (2018) 155137. [arXiv/1804.01244]

'Evidence for a New Magnetoelectric Effect of Current-Induced Magnetization in a Toroidal Magnetic Ordered State of UNi4B'
Hiraku Saito, Kenta Uenishi, Naoyuki Miura, Chihiro Tabata, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya Yanagisawa, and Hiroshi Amitsuka
J. Phys. Soc. Jpn. 87 (2018) 033702. [Editor's Choice]

'Uncompensated Antiferromagnetic Ordering of UAu2Si2 Studied by 29Si-NMR'
C. Tabata, Y. Ihara, S. Shimmura, N. Miura, H. Hidaka, T. Yanagisawa, H. Amitsuka
J. Phys. Soc. Jpn. ## (2018) submitted.

▶ 2017

'Neutron diffraction study on single-crystalline UAu2Si2'
Chihiro Tabata, Milan Klicpera, Bachir Ouladdiaf, Hiraku Saito, Michal Valiska, Klara Uhlirova, Naoyuki Miura, Vladimir Sechovsky, and Hiroshi Amitsuka
Phys. Rev. B 96 (2017) 214442.

'Magnetically Ordered State and Crystalline-Electric-Field Effects in SmBe13'
Hiroyuki Hidaka, Seigo Yamasaki, Yusei Shimizu, Naoyuki Miura, Chihiro Tabata, Tatsuya Yanagisawa, and Hiroshi Amitsuka
J. Phys. Soc. Jpn. 86 (2017) 074703.

'Sm Valence States and Magnetic Properties in SmBe13 and SmTi2Al20 Investigated by Sm Synchrotron-Radiation-Based Mössbauer Spectroscopy'
Satoshi Tsutsui, Yoshio Kobayashi, Jin Nakamura, Michael K. Kubo, Shota Amagasa , Yasuhiro Yamada, Yoshitaka Yoda, Yusei Shimizu, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya Yanagisawa, Hiroshi Amitsuka, Akira Yamada, Ryuji Higashinaka, Tatsuma D. Matsuda and Yuji Aoki
Hyperfine Interactions 238 (2017) 100.

'Observation of Low-Energy Einstein Phonon and Superconductivity in Single-Crystalline LaBe13'
Hiroyuki HIDAKA, Yusei SHIMIZU, Seigo YAMAZAKI, Naoyuki MIURA, Ryoma NAGATA, Chihiro TABATA, Shota MOMBETSU, Tatsuya YANAGISAWA, Hiroshi AMITSUKA
J. Phys. Soc. Jpn. 86 (2017) 023704.

▶ 2016

'Peculiar Magnetism of UAu2Si2'
Chihiro Tabata, Naoyuki Miura, Klára Uhlířová, Michal Vališka, Hiraku Saito, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya Yanagisawa, Vladimír Sechovský, and Hiroshi Amitsuka
Phys. Rev. B 94 (2016) 214414.

'Fermi-surface topologies and low-temperature phases of the filled skutterudite compounds CeOs4Sb12 and NdOs4Sb12'
Pei Chun Ho, John Singleton, Paul A. Goddard, Fedor F. Balakirev, Shalinee Chikara, Tatsuya Yanagisawa, M. Brian Maple, David B. Shrekenhamer, Xia Lee, and Avraham T. Thomas
Phys. Rev. B 94 (2016) 205140.

詳しくは<a href='http://sonicbangs.sci.hokudai.ac.jp/yanagisawa/Kaleidoscope/SOS_PRB2016.htm
'>こちら</a>

'Study of Localized Character of 4f Electrons and Ultrasonic Dispersions in SmOs4Sb12 by High-Pressure High-Frequency Ultrasonic Measurements'
S. Mombetsu, T. Murazumi, H. Hidaka, T. Yanagisawa, H. Amitsuka, P.-C. Ho, and M. B. Maple
Phys. Rev. B 94 (2016) 084152.

詳しくは<a href='http://sonicbangs.sci.hokudai.ac.jp/yanagisawa/Kaleidoscope/SOS_JPSJ2016-01.htm
'>こちら</a>

'Crystalline Electric Field and Kondo Effect in SmOs4Sb12'
Shota Mombetsu, Tatsuya Yanagisawa, Hiroyuki Hidaka, Hiroshi Amitsuka, Shadi Yasin, Sergei Zherlitsyn, Jochen Wosnitza, Pei-Chun Ho, and M. Brian Maple
J. Phys. Soc. Jpn. 85 (2016) 043704.

'Synchrotron Radiation Mössbauer Spectroscopy Using 149Sm Nuclei'
Satoshi Tsutsui, Ryo Masuda, Yasuhiro Kobayashi, Yoshitaka Yoda, Kota Mizuuchi, Yusei Shimizu, Hiroyuki Hidaka, Tatsuya Yanagisawa, Hiroshi Amitsuka, Fumitoshi Iga, and Makoto Seto
J. Phys. Soc. Jpn. 85 (2016) 083704.

'High Magnetic Field Study of Elastic Constants of the Cage-structure Compound SmBe13'
S. Mombetsu, T. Murazumi, K. Hiura, S. Yamazaki, Y. Shimizu, H. Hidaka, T. Yanagisawa, H. Amitsuka, S. Yasin, S. Zherlitsyn and J. Wosnitza
J. Phys. Conf. Ser. 683 (2016) 012032.

'Magnetic anisotropy and thermodynamic anomaly in the superconducting mixed state of UBe13 probed by static dc magnetization measurements'
Yusei Shimizu, Yoshinori Haga, Tatsuya Yanagisawa, and Hiroshi Amitsuka
Phys. Rev. B 93 (2016) 024502.

▶ 2015

詳しくは<a href='http://dx.doi.org/10.1016/j.jmmm.2015.03.054
'>こちら</a>

'Pressure-Temperature Phase Diagram of CeAg'
Hiroyuki HIDAKA, Shinya OTANI, Hiraku SAITO, Kaori TATSUMI, Tatsuya Yanagisawa and Hiroshi AMITSUKA
J. Mag. Mag. Mater. 385 (2015) 428-432.

'Nonmagnetic ground state in the cubic compounds PrNi2Cd20 and PrPd2Cd20'
D. Yazici, T. Yanagisawa, B. D. White, and M. B. Maple
Phys. Rev. B 91 (2015) 115136.

'Ultrasonic Investigation of Magnetic Ordering with Higher-Order Interactions in the Cage-Structured Compound U3Pd20Si6'
T. Yanagisawa, Kenta Hiura, Shota Mombetsu, Taro Murazumi, Hiroyuki Hidaka, Hiroshi Amitsuka, Naoyuki Tateiwa, and Yoshinori Haga
J. Phys. Conf. Ser. 592 (2015) 012095.


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重い電子系超伝導体UPt3 の極低温磁化測定

 セリウムやウラン含む金属化合物の中には、電子が通常の金属の電子の100~1000倍の質量を持っているように見える物質があり、これらの物質は「重い電子系化合物」と呼ばれています。この重い電子系化合物は、低温で比熱や磁化率が大きく、多くの場合、強磁性や反強磁性というような様々な磁性を示します。これらの重い電子の起源は4f、5f電子による強いクーロン斥力にあると考えられていますが、この重い電子系化合物の中には、さらに低温で(強いクーロン斥力にもかかわらず)電子がクーパー対をつくり、超伝導になるものがあります。この超伝導は通常の(BCSタイプの)超伝導とは性質が異なる「異方的超伝導」となります。この異方的超伝導体の一例として、「スピン三重項超伝導体」や「多重超伝導相」などが挙げられます。


 通常の超伝導体では、上向きスピンを持つ電子と下向きスピンを持つ電子からクーパー対が形成されます(スピン一重項超伝導体)。磁化率が大きい物質の場合、非常に強い磁場中ではスピンが揃うほうがエネルギー的に安定となるので、磁場中ではスピンを揃えようとする効果と超伝導との競合(常磁性効果)が起こります。このため、超伝導が破れる磁場(上部臨界磁場、Hc2)が低温で抑制されたり、超伝導状態での熱平衡磁化曲線が上部臨界磁場で切り立った形になります。一方、スピン三重項の超伝導体では、同じ向きのスピンがクーパー対をつくるため、磁場方向とスピン方向が同じ場合、常磁性効果は起こりません。


 UPt3は典型的な重い電子系超伝導体のひとつです。この超伝導体は、低温低磁場相(A相)、低温高磁場相(B相)、高温相(C相)といった3つの異なる超伝導状態をもつ異方的超伝導体です。その熱平衡磁化曲線の超伝導成分を図1に示します(この磁化曲線は私達が独自に開発したキャパシタンス式ファラデー磁力計で測定しました)。内挿図には全体の磁化曲線が示されています。白矢印で示した磁場でB相からC相への相転移に伴う磁化の「折れ」が見られます(私達のグループが磁化曲線のこのような異常を初めて発見しました)。また、黒矢印の磁場(Hc2)で超伝導が壊れます。常磁性磁化率が小さい六方晶c軸方向の磁化曲線(図中でH//cと示されています)は、Hc2直下で非常に切り立った形をしているのに対し、常磁性磁化率が大きいc面方向の超伝導磁化曲線(図中で H⊥c と示されています)はそのような振る舞いが見られず、なめらかです。この様な振る舞いはスピン一重項超伝導体では起こり得ず、UPt3がスピン三重項の超伝導体であることがわかります。


図1 キャパシタンス式ファラデー磁力計を用いた極低温精密磁化測定によって得られたUPt3単結晶の熱平衡磁化曲線の超伝導成分


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[TOPICS] URu2Si2 における隠れた秩序と微弱反強磁性

 URu2Si2 は、17.5 K(= To) でウランの5f 電子による2 次相転移を示し、約1.2 K(= Tc)で異方的超伝導状態に転移する重い電子系超伝導体です。このTo における相転移で5f 電子のどんな自由度が凍結しているのか(= 秩序変数は何か)という問題は、重い電子系分野で長年解けていない問題の一つとして注目されています。


 この物質は、1985-6年にドイツ・オランダ・アメリカのグループによって独立に発見されました[1-3]。1987 年に最初の中性子散乱実験が行われ [4]、 Toより低温で反強磁性秩序の発達が観測されたことから、磁性と超伝導が共存する系として注目を集めました。しかし、AF相の秩序磁気モーメントの大きさ(μord)はわずか 0.03 μB(ボーア磁子)程度と極めて小さく、転移に伴うエントロピー変化量と単純には対応しません。さらに、AF 秩序で期待される内部磁場がSi 核 NMR やμSR 測定では観測されない、という奇妙な点があり、弱い反強磁性が相転移の本質かどうかが問題となっていました。これらの実験事実を説明するために様々な理論的アイデアが提案されてきましたが、それらは、弱い反強磁性を本質と考える立場と副次的現象ととらえる立場の二つに大きく分かれます。前者では秩序変数は f 電子のスピンであり、g 因子が量子揺らぎ等により抑制される機構が議論され、後者では、未だ観測にかからない反強四極子秩序[5]などの「隠れた秩序」の存在が提案されてきました。この問題に対し私達は最近、圧力に対するAF相の応答を中性子・NMR・μSRを用いて調べ、AF相の起源について次のような新しい事実を明らかにしました。


 先ず、静水圧下中性子散乱実験(P < 2.8 GPa)を原研・阪大・Leiden大との共同研究として行いました[6]。その結果、加圧に伴い反強磁性による中性子のBragg散乱強度が著しく増強される振る舞いを見つけ、AF相を調べる上で圧力が有効なパラメータであることがわかりました(図1)。約1 GPaの加圧によってμordは 0.02 mB/U から0.25 μB/U へと連続的に変化し、さらに Pc ~ 1.5 GPaで 0.4 μB/Uへと急激に増大します。Pc より高圧では、系は3D-Ising 型反強磁性体として振る舞うことがわかりました。


図1 静水圧下中性子散乱実験によって得られたURu2Si2単結晶の反強磁性モーメントμordの温度・圧力変化。(反強磁性が試料に一様であると仮定して求めている)



 この実験とほぼ並行して、松田和之氏(都立大)らが静水圧下29Si-NMR測定を行い、圧力誘起反強磁性に伴う共鳴線の分裂を発見しました [7]。しかし、観測された分裂は「部分的」であり、常磁性状態で存在する共鳴線が反強磁性発生後も有限値をとって残ることがわかりました。さらに、AFの発生により分裂した共鳴線は、その強度が加圧で増加するのに対し、共鳴周波数は殆ど圧力に依存しません。この結果から、AF相は試料内に不均一に発生していること、そして、中性子散乱強度の変化は、μord ではなくAF相の体積率 VAF の増大を見ていたに過ぎないことが明らかとなりました。


 NMR測定の最低圧は0.3 GPaでしたが、圧力下における両実験結果の対応から、常圧下における VAF の値は僅か1% 弱と見積ることができます。これは通常のNMRやμSRの分解能では観測できない大きさです。すなわち、中性子散乱によってのみ観測される弱い反強磁性の本質は、試料内の微少領域で発生する反強磁性の「島」であることがこれらの実験結果より強く示唆されます。(ごく最近、松田氏らはさらに精度を高めた実験を行い、常圧においても反強磁性の共鳴ピークが存在することを確かめています[8]) また、このことは同時に、試料の99% 以上を占め、比熱に大きな異常をもたらす「隠れた秩序」がこの系に確かに存在することを意味しています。


 この隠れた秩序と反強磁性の競合状態を更に詳しく調べるために、静水圧下μSR 実験をスイス・ポールシェラー研究所(PSI)で行いました[9]。金属に対する NMR 実験では試料表面近傍の性質しか観測できず、また、試料を粉末化するため歪みによる影響を受ける恐れがあります。その点、μSRは単結晶内部を輪切りにして(しかもゼロ磁場で)観測できるという利点があります。実験の結果、AF相の圧力誘起に顕著な試料依存性があることを確かめました。μSRスペクトルの初期アシンメトリーおよび回転周波数の圧力・温度依存性に対する詳しい解析から、この系では、両秩序相が同程度の凝縮エネルギー(To ~ 17.5 K; TN ~ 20K)を持ってほぼ縮退し、試料の熱処理や加圧で起こる微視的環境の変化によって1次転移していることがわかりました(図2、図3)。私達はさらに1軸応力を用いた詳しい実験から、この不均一磁性発現の引き金となる物理量として、軸性格子歪みc/aが重要であろうと考えています。[10]


図2 静水圧下ゼロ磁場ミュオンスピン緩和測定によって得られたURu2Si2単結晶(as grown)における反強磁性体積率および自発的ミュオンスピン回転周波数の温度・圧力変化。




図3 NMRおよびμSR測定によって得られた異なるURu2Si2試料に対する反強磁性体積率の圧力変化の比較



 以上、高圧下における三つの微視的磁気測定結果に基づくと、URu2Si2では、基本的には隠れた秩序と超伝導の2相が競合もしくは共存しており、そこに僅かな歪みの影響によって反強磁性相が1次相転移で不均一に誘起される、という描像を描くことができます。「弱い反強磁性は本質か」という15年来停滞していた議論に対する答えを得たことは、この系の理解に対するひとつの大きな前進といえるでしょう。しかし、このような磁性-非磁性相分離状態がどのような形態をとって広い圧力-温度領域で安定に存在しうるのか、まだわかよくわかっていません。また、肝心の隠れた秩序の本質はなにか、また超伝導とはどのような関係にあるのか、という問題は依然として解けておらず、さらに詳しい研究を進めているところです。


 ここにあげた研究は、以下の方々との共同研究です: 目時直人氏(原研先端研)、佐藤真直氏(SPring-8/JASRI)、河原崎修三教授(阪大理)、渡邊健二氏(阪大理)、都福仁教授(阪大理)、吉沢英樹教授(東大物性研)、髭本亘氏(高エ研物構研)、永嶺謙忠教授(高エ研物構研)、Dr. D. Andreica(ETH Zurich, UBB)、Prof. A. Schenck(ETH Zurich)、Prof. F.N. Gygax(ETH Zurich)、Dr. A. Amato(PSI)、松田和之氏(都立大理)、小堀洋教授(千葉大理)、小原孝夫教授(姫路工大理)、Prof. J.A. Modish(Leiden大)、Dr. Huang Ying Kai(Amsuerdam大)、桑原慶太郎氏(都立大理)、横山淳氏(茨城大理)、天谷健一氏(北大理)、野崎順氏(北大理)、宮崎志功氏(北大理)、伊藤征一朗氏(北大理)。


参照文献
[1] T.T.M. Palstra et al., Phys. Rev. Lett. 55 (1985) 2727.
[2] W. Schlabitz et al., Z. Phys. B 62 (1986) 171.
[3] M.B. Maple et al., Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 185.
[4] C. Broholm et al., Phys. Rev. Lett. 58 (1987) 1467.
[5] F.J. Ohkawa and H. Shimizu, J. Phys.: Condens. Matter 11 (1999) L519.
[6] H. Amitsuka et al., Phys. Rev. Lett. 83 (1999) 5114; J. Phys. Soc. Jpn. 69 (2000) suppl. A. 5.
[7] K. Matsuda et al., Phys. Rev. Lett. 87 (2001) 87203; Physica B 312-313 (2002) 504.
[8] K. Matsuda et al., J. Phys.: Condens. Matter 15 (2003) 2363.
[9] H. Amitsuka et al., Physica B 326 (2003) 418.
[10] M. Yokoyama et al., J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) Suppl. 264; Ph.D. Thesis, Hokkaido University, 2003.


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[TOPICS] カゴ状化合物のラットリングとトンネリング

T. Yanagisawa et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 80 (2011) 043601.
T. Yanagisawa et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 074607.

 

1.研究の背景

 まずは、図1をごらんください。左側に見えるのは幼児や猫が遊ぶ「ガラガラ」(英語では"Rattler" ラトラー)と呼ばれるおもちゃです。カゴ状の容器の中に鈴やボールが内包されています。「ラットリング」とは「ガラガラと音を鳴らす」という意味の英単語です。ガラガラ蛇のことも英語では"Rattle Snake"と呼びますね。
 右にも似たようなカゴがあります。こちらは原子のカゴです。このようなカゴ状の結晶構造を持つ化合物は数多く知られています。原子のカゴの大きさはたかだか数ナノメートル(~0.000000001 m)。結晶の中においてはこれらの原子のカゴは規則的に並んでいます。原子のカゴの中をよく見ると、1つの原子が内包されています。図1の右に示した三つの物質に於いては、この内包原子が中心から外れた位置(オフセンター位置)を運動していると考えられています。このミクロな原子のガラガラ運動も、左のガラガラおもちゃと類推して「ラットリング」と呼びます。

 

Cage and Rattler

図1 幼児や猫が遊ぶ玩具「ガラガラ」(左)と内包イオンを持つ原子のカゴ(右)

 図1の右下にあるPrOs4Sb12という物質は、充填スクッテルダイト化合物と呼ばれる物質で、ラットリングを示すカゴ状化合物です。Os(オスミウム)原子が4つとSb(アンチモン)原子12個から構成されるカゴの中に、希土類元素(レアアース)のPr (プラセオディウム)原子(金属化合物なので正確にはイオン)が内包されています。2004年に後藤(新潟大)らよってPrOs4Sb12のラットリングが観測されて以来、原子カゴに内包された希土類イオンの局所振動と、電子系との強相関によって生じる局所電荷ゆらぎがもたらすエキゾチックな物性が注目され、カゴ状化合物を対象に「ラットリング」をキーワードにした研究の扉が開かれました。[1] それ以前にもMaple(UC San Diego)らによってPr化合物で初の重い電子超伝導、磁場誘起四極子秩序など多彩な物性を示すことが報告され非常に注目されてきた物質です。[2] また、充填スクッテルダイト化合物の物質群 RT4X12 (R = 希土類, T = Fe, Ru, Os, X = P, As, Sb)は、文部科学省の特定領域研究「充填スクッテルダイト構造に創出する新しい量子多電子状態の展開」によって日本国内で精力的に研究が推進されてきました.以上の研究背景を鑑み、我々はPrOs4Sb12のラットリングに起因するエキゾチックな物性を探索するために類似物質NdOs4Sb12を研究ターゲットに選びました。次に結晶構造を詳しくみてみましょう。

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Category: Research | Static URL: /research/Rattling.htm|



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