Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    
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2010-7/2 Santa Fe »


Topics: カゴ状構造を持つ物質群に於けるラットリング探索の
超音波からの新アプローチ

Jan 20, 2010
本稿は、新学術領域研究(研究領域提案型)「重い電子系の形成と秩序化」のニュースレター通算第3号に掲載された記事をHTML化したものです。ラットリング研究を簡単にレビューし、公募研究の目的をご紹介します。



充填スクッテルダイトにおけるラットリング研究の背景

1980年にBrawnとJeitschkoは14種類の充填スクッテルダイトのX線構造解析を行い,カゴ状格子のサイズとそこに内包されたゲストイオンの温度因子の系統的変化から,ラットリングの可能性を初めて論じた [1].充填希土類を変えた場合の格子定数の変化を観ると,最も格子定数が大きいROs4Sb12系(R = 希土類)がランタノイド収縮をほとんど示さない点も興味深い.その後KeppensらによってLa0.9Fe3CoSb12の比熱,非弾性中性子散乱,超音波測定(共鳴法)からラットリングに伴う低エネルギーのアインシュタイン温度(70 K, 200 K)と,二つの非弾性ピーク(7 meV, 15 meV),弾性定数C11, C44に異常が報告された[2] .この約4年後に,新潟大の後藤グループがパルス超音波法を用いてクラスレート化合物Ce3Pd20Ge6と充填スクッテルダイトPrOs4Sb12において「磁場に鈍感な」超音波分散を発見し,国内で超音波によるラットリング研究がスタートした [3, 4].図1に充填スクッテルダイトROs4Sb12(R = La ~ Nd)の弾性定数C11の温度変化を比較して示す.矢印で示す弾性異常が超音波分散である.これらの現象論的な解釈を次に示そう.

 

図1 充填スクッテルダイトROs4Sb12 (R = 希土類)の弾性定数C11の温度変化.下向き矢印は最低周波数においてωτ ~1となる温度を示す(文中参照).弾性定数は相対変化で示し,周波数依存性はLaOs4Sb12とNdOs4Sb12のみを表示した.挿入図はLaOs4Sb12のC11の2 K以下の拡大図.[4, 7, 25, 26]

 

緩和現象と超音波分散

超音波は固体中を弾性波として伝わり,電気四極子や局所電荷ゆらぎと結合する.実験では音速を観測し,(弾性率)=(物質の密度)×(音速)2で単位体積当たりのエネルギーを表す物理量に変換される.一般に軌道自由度を持つ系の静的弾性率は四極子感受率として理解できる [5].一方,超音波と結合する自由度が緩和現象を示すときは動的な複素弾性率を考える [6].これらは磁気感受率としての帯磁率と類推できる. 図2は充填スクッテルダイトLaOs4Sb12の動的弾性率の計算結果である.超音波の測定周波数ωと系の緩和時間τ がマッチングする領域(共鳴条件ωτ ~ 1)で,実部の弾性率は低周波極限C0から高周波極限 C へ増大し,虚部の超音波吸収は極大を示す [7].これが超音波分散の現象論的な解釈である.アレニウス型の緩和時間を仮定すると,図1に示したような超音波分散の周波数依存性が再現できる.尚,ここで得られた活性エネルギーには,電子—フォノン相互作用などの効果が繰り込まれていると考えるべきで,他の物理量でも見つかっている低エネルギーフォノン励起の特性温度(例えばNQR [8],比熱 [9]) ,非弾性X線散乱 [10],ラマン散乱 [11] )と対応できるのかどうか実はまだよく解っていない.これらの対応関係を明らかにするためにはより詳細な理論による橋渡しが必要である.

 

図2 実験[7]で得られたLaOs4Sb12の活性エネルギーEと特性時間τ0を用いて計算した,動的弾性率Cωに現れる超音波分散と超音波吸収係数αωの温度変化(上図)と緩和時間τの温度変化(下図).

 

ラットリングとトンネリング

超音波分散を引き起こす緩和現象はカゴ状化合物のラットリングに限らない.例えば融解石英などのアモルファス物質や,OHをドープしたNaClなどのアルカリハライド系における複数の安定点間をイオンが熱活性振動する現象や [12,13],価数揺動系の電荷グラスを示すSm3X4(X = S, Se, Te)や1次元電荷秩序を示すYb4As3のSb混晶系なども超音波分散を引き起こす [14-16].これらの超音波分散は全超音波モードで観測されるのに対し,クラスレート化合物R3Pd20Ge6 (R = La, Ce, Pr, Nd)と,充填スクッテダイト化合物ROs4Sb12 (R = La, Pr, Nd)のラットリングに伴う超音波分散は,それぞれΓ5モードの弾性定数C44と,Γ23モードを含む弾性定数(C11-C12)/2やC11に選択的に現れ,他のモードには現れない[7,17].

一方,PrOs4Sb12においてΓ4とΓ23モードの両方に超音波分散が観測されている結果も報告されており [18],詳細な実験で決着をつけるべきである.さらにRFe4Sb12(R = La, Ce, Pr)でもΓ4とΓ23モードの両方で明瞭な超音波分散と低温ソフト化が観測されており,モード選択性が無い[19,20].これらの超音波分散のモード選択性を説明するための理論的なアプローチとして,服部らはΓ点近傍の音響フォノンと光学フォノン間の結合と電子—格子相互作用の異方性を考えた[21].  表1にカゴ状化合物における超音波によるラットリング探索の現状をまとめた[22].ラマン散乱,非弾性X線,中性子散乱実験では多くのカゴ状物質で共通して内包イオンの振動に伴う低エネルギーのフォノン励起が見えるのに対し[10,11],超音波では超音波分散を示す系と示さない系にはっきりと区別される点に注目されたい.また,超音波分散を示す系では139La-NMRの超微細結合定数が負の値を示すことも指摘されている[23].他の分光実験には現れず,超音波やNMR実験に現れるこのコントラストは,ラットリングと電子系の相関に関する重要な情報を与えているのではないだろうか.

表1の「◎」で示される物質では,ラットリングが熱励起されなくなる低温領域で温度の逆数に比例した弾性定数の軟化(ソフト化)が観測される[6].超音波分散と同様に磁場に鈍感なこのソフト化の起源として,カゴに内包されたゲストイオンが熱励起により飛び越えていたポテンシャル障壁間を極低温で量子力学的にトンネリングする描像が考えられる.La3Pd20Ge6,は弾性定数C44,LaOs4Sb12では弾性定数C11(Γ23の成分を含む)がソフト化を示し,トンネリングによる電荷揺らぎの基底状態が,「結晶の対称性を破る」縮退準位であることを示唆している.しかし実際には20 mKの極低温でもソフト化があり,結晶は立方晶のままである.弾性定数の解析から,隣り合うゲストイオン間には弱い反強的相関が存在することが解っており,トンネリングの凍結による構造相転移の可能性が残る.一方では,ゲストイオンの「位置の自由度による多チャンネル近藤効果」への展開も期待でき,新たな重い電子の形成機構として注目されている[18].ゲストイオンがオフセンター位置に存在しているかどうかを検証するために,中性子散乱で各イオンの核密度分布を観ると,ゲストイオンの平衡位置は測定精度内でカゴの中心(オンセンター)にあり超音波の結果と矛盾する[24].両者の食い違いはラットリング研究に於けるもう一つの争点である.

 

表1 R3Pd20X6 (R = La, Ce, Pr, Nd; X = Si, Ge)と充填スクッテルダイトRT4X12 (R = La, Ce, Pr, Nd, Sm; T = Os, Ru, Fe; X = Sb, As, P)の超音波実験によるラットリング探索の現状 [22].

R =
La (格子定数)
Ce
Pr
Nd
Sm
U
3-20-6クラスレート
R3Pd20Ge6
◎ 12.482 Å
R3Pd20Si6
× 12.313 Å
×
×
×
△?
充填スクッテルダイト
ROs4Sb12
◎ 9.3029 Å
△?
RRu4Sb12
× 9.2700 Å
×
×
RFe4Sb12
◎ 9.1395 Å
ROs4As12
ー 8.5437 Å
△?
RRu4As12
ー? 8.5081 Å
ー?
ー?
RFe4As12
ー? 8.3253 Å
△?
ROs4P12
◯ 8.0844 Å
RRu4P12
× 8.0561 Å
×
RFe4P12
× 7.8316 Å
×

脚注: ◎ 超音波分散と低温ソフト化有り,○ 超音波分散有り, △ 超音波分散の存在が周波数依存性によって検証されていないもの,× 超音波分散無し,(−) 超音波の報告無し,()本研究計画の対象物質.

 

本公募研究の目的とちょっと泥臭い話

NdOs4Sb12はLaOs4Sb12やPrOs4Sb12とは異なり,低温側に2つ目の超音波分散を示す [25,26](図1).Sb-NQRによる系統的な実験でもNdOs4Sb12 にのみ複数の共鳴ピークが観測されており [8],電子-フォノン相互作用の変化が新たなラットリングモードを生んでいる可能性がある.一方で,Γ4モードの弾性定数C44にも微小な変化が検出された(図省略)[25].指向性の高い高周波で測定を行うとその変化量が減少することから,超音波の波長に対する試料の不完全性(形状,ひび)から横波成分が縦波超音波に混ざったことが原因と考えている.特に常圧のフラックス法で育成した充填スクッテルダイトは試料内に「す」が入り易く,これは超音波実験のようなバルク実験にとって致命的である.単結晶試料を慎重に抽出することも然りだが,試料の精密な研磨,セッティング方法の改善等の必要性を痛感した.超音波グループは精力的に研究を推進してきたにも関わらず,試料の問題や,微小試料測定の困難,結果の解釈の問題で統一的な見解がなかなか得られなかった経緯がある.

本研究では従来の超音波測定が抱える微小試料測定の困難を克服するため,新たに微小試料測定用の試料ホルダと発振子を開発した.また,並行して3 GPaまでの静水圧下における超音波測定にも挑戦している.高分解能を実現するためにハイブリッドピストンシリンダにインピーダンス整合された極細のセミリジット同軸管を導入し,超音波分散の圧力依存性を測定することが目標である.また,これまでほとんど手つかずの課題として残されていた砒素系充填スクッテルダイトRRu4As12(R = La, Ce, Pr)やウランを内包するカゴ状化合物U3Pd20Si6などを対象とする.  以上が本公募研究の課題名にある「新アプローチ」の正体である.今後も皆様のご協力を得ながら,古くて新しい超音波の手法を用いてラットリング研究の新展開を計りたいと強く思い念じております.

本稿を書くにあたり,新潟大の後藤輝孝先生,根本祐一先生,広島大の鈴木孝至先生,石井勲博士,JASRIの筒井智嗣博士,岩手大の中西良樹先生,北海道大の網塚浩先生,日高宏之先生,池田陽一氏にご助言をいただきました.ここに感謝申し上げます.

 

参考文献

1) D. J. Brawn and W. Jeitschko: J. Less-Common Metals, 72 (1980) 147.
2) V. Keppens et al.: Nature 395 (1998) 876.
3) Y. Nemoto et al.: Phys. Rev. B 68 (2003) 184109.
4) T. Goto et al.: Phys. Rev. B 69 (2004) 180511.
5) B. Lüthi, Physical Acoustics in the Solid State (Springer, Heidelberg, 2005) Vol. 148.
6) 後藤輝孝,根本祐一,日本物理学会誌 Vol. 61, No. 6 (2006) 408.
7) Y. Nemoto et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) Suppl. A, 153.
8) H. Kotegawa et al.: Physica B 403 (2008) 772.
9) K. Matsuhira et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 124601.
10) S. Tsutsui et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) Suppl. A. 257.
11) M. Udagawa et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) Suppl. A 142.
12) S. Hunklinger and M. v. Schickfus, Amorphus Splids: low temperature properties, ed. W. A. Philips, (Springer-Verlag, New York, 1981).
13) E. Kanda et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 54 (1985) 175.
14) T. Goto et al.: Phys. Rev. B 59 (1999) 269.
15) A. Tamaki et al.: J. Phys. C 18 (1985) 5849.
16) Y. Nemoto et al.: Phys. Rev. B 61 (2000) 12050.
17) T. Goto et al.: Phys. Rev. B 70 (2004) 184126.
18) Y. Nakanishi et al.: Physica B 359-361 (2005) 910.
19) I. Ishii et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 084601.
20) I. Ishii et al.: J. Phys: Conf. Ser. 150 (2009) 042071.
21) K. Hattori and K. Miyake: J. Phys. Soc. Jpn. 76 (2007) 094603.
22)ラットリングを示す他のカゴ状物質については誌面の都合上割愛させていただきました.超音波物性の参考文献として,充填スクッテルダイト系は,スクッテルダイト・ニュースレター Vol. 6, No. 1 (7th issue) (2009); 3-20-6 クラスレート系は,T. Goto et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 024716,内の引用文献をご参照ください.
23) Y. Nakai et al.: Phys. Rev. B 77 (2008) 041101.
24) K. Kaneko et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 78 (2009) 074710.
25) T. Yanagisawa et al.: J. Phys. Soc. Jpn. 77 (2008) 074607.
26) T. Yanagisawa et al.: Physica B 404 (2009) 3235.

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