Ultrasonic Team (T. Yanagisawa, Hokkaido Univ,)    
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Topics: Discovery of Double Ultrasonic Dispersion due to Rattling in NdOs4Sb12 »

「実験手法」 -Method-

Jul 07, 2008

 

図1 さまざまな極限環境(極低温・強磁場・高圧力)における物質中の電子の挙動を、超音波を使って調べています。

 

Q 電気四極子(でんきしきょくし)って何ですか?
A 原子の持つ異方的な電荷分布を表す物理量です。
 

  元素は原子核と電子から構成されており、電子は原子核の周りを公転運動しています。元素は固体中や水溶液中に入るとイオン化し、最も外側を回る電子をいくつか放出します。残りの電子は原子核に束縛されており、特に金属化合物を構成するような原子番号の大きな(電子を沢山持った)元素の持つ電子は原子核の周りに球状の電子雲を形成しています。その球状電子分布は、数学的にさまざまな形の電荷分布の重ね合わせとして理解できます。これを専門的に表現すると「イオンが持つ局在電子の異方的な静電ポテンシャルを高次展開する」となります。対称性を保つために、その次数は2・4・8・16…と2の指数になります。電気四極子(electric quadrupole クアドゥルポール)とは、そのうちの蝶のような形をした二次の成分で、電子の軌道自由度に由来する二階のテンソル量として表現されます。


図2 電気四極子の異方的電荷分布の概念図  

 

 図2の下の5つの分布をみると四方向に電荷分布が偏っていることが直感的にわかるでしょう。電気四極子は対称性によってΓ3型(Ou, Ov)とΓ5型(Oyz, Ozx, Oxy)が定義され、それぞれ矢印で示すような然るべき格子歪みと線形結合します。ここで、Γ1対称性に属する丸い電荷分布OBは厳密に言うと四極子ではなく単極子です。これはx,y,z方向に等方的な電荷分布なので系の対称性を保つ歪み— 即ち体積変化 —と結合します。Γ1対称性にはさらにOB4という成分もあります。これは上記の多重極展開における四次項の成分で、十六極子(hexadecapole ヘキサデカポール)と呼ばれます。超音波計測は格子と強く結合するこのような電気的な自由度の観測を得意とします。

 図3 典型的な多極子の電荷分布(左から双極子、四極子、八極子、十六極子)

 ここでは詳しく示しませんが、一次成分の「双極子」、三次成分の「八極子」も存在します。電気的な双極子とはプラスとマイナスの電荷が対になり一定の距離をもって分布することを意味し、それは絶縁体などにおける「分極」として知られています。これは誘電率として観測できます。一方、磁気的な双極子(Magnetic dipole ダイポール)とは電子のスピン自由度に由来する「磁気モーメント」そのものです。磁気モーメントは磁化率や中性子実験、核磁気共鳴などの磁気測定によって観測できます。さらに電荷と磁気の両方の異方的な分布を持った高次の成分が、磁気八極子(magnetic octupole オクタポール)となります。以上の磁気双極子、電気四極子、磁気八極子、電気十六極子、磁気三十二極子…を一括りにして「多極子(multipole マルチポール)」と呼んでいます。

 

Q 超音波で何がみえるの?
A 高周波を使った高精度測定により電子やイオンの挙動を観測できます。

 

 人間が耳で聞くことができる音波の周波数は30 Hzから20 kHz程度であるとされ、これより高い周波数の音の波を我々は「超音波」と定義します。超音波の用途として良く知られるのは、胎児の超音波検診や潜水艦のソナーです。これは水晶などの圧電素子によって音波を発生し、それが対象物に反射して再び検出器に帰ってくるまでの時間を測定して、距離と反射強度との関係から非破壊で対象物を浮かび上がらせる方法です。動く物体に反射して帰ってくる音波の波長を比較する「ドップラー効果」を利用した超音波式のスピードガンもあります。いずれも電磁波を使わなくて済むため、人体に無害であり、さらに電磁波とは異なり水中、金属中でも利用できる、また、特別な免許が必要ない・・・など沢山の利点があります。

 

  図4 さまざまな分野で活用されている超音波  

 我々が電子を測定する手法もそれに似ています。音が伝わる速さと結晶の密度から弾性定数と呼ばれる「固さの度合い」を測ることができます。その弾性定数の温度・磁場・周波数変化から結晶内の電子やイオンの挙動といったミクロな情報を得ることができるのです。  結晶に入射された超音波は歪み波として伝搬し、結晶中に歪みを誘起します。格子の歪みは希土類化合物の4f電子など軌道自由度をもつ電子系の電気四重極子と結合し、その電子状態に摂動として作用します。超音波は電磁波とは異なり、金属中にも自由に伝搬する性質があります。その性質を利用して、超音波は固体中の電子の作るポテンシャルを外から直接揺さぶり、それが電子系に与える効果を直接測定していることになるのです。

 図5 金属電子系の研究に超音波を用いる利点  

 磁気測定と類推すると、ちょうど磁気モーメントを持つ物質に外部から磁場を印加して磁気モーメントの応答を観測することになぞらえることができます。磁場に対する磁気モーメントの応答は帯磁率(磁気感受率)として観測されます。同様に、超音波を入力して得られるのは、歪みに対する四極子の応答、すなわち四極子感受率です。四極子感受率は、固さと比例関係にあります。即ち、量子基底状態が軌道自由度に対して縮退している場合、然るべき弾性定数は温度を下げるに従って減少— 柔らかくなることを意味するために「ソフト化」と表現 —します。通常モノの温度を下げるということは「温度」の起源である格子振動が収まり、「硬く」なりますが、電子系の影響により低温で逆に「やわらかく」なるものがあるのです。このように、四極子感受率の実部である弾性定数や虚部である超音波吸収を測定することにより電子状態や相転移などの情報を詳細に得ることができます。

 

図6 物理量と結合する多極子、対称性と選択則

 

 

Q 実際にどうやって測っているの?
A パルスエコー法を採用しています。

 

 基本的には結晶に圧電素子を貼り付け、電気パルス信号を超音波パルス信号に変換して音の伝わる速さを測定しています。原理は簡単ですが、高精度の測定を実現するため随所にさまざまなアイデアとノウハウが駆使されています。  超音波の発生・検出を行う圧電素子にはニオブ酸リチウム(LiNbO3)の単結晶をカットして用いています。水晶に比べて変換効率が高いためS/N比が向上し、極低温においても発熱を抑制できます。また、縦波に36°Yカット、横波にXカットを用いることで超音波モードを分離することができます。振動子の共振周波数は厚さに反比例するので、振動子を薄く研磨すればするほど高周波が得られます。1 GHz以上(圧電素子の厚さにして数μm以下)の高周波が必要な場合は、ZnO薄膜振動子を試料表面に直接スパッタリングすることで得られます。

  図7 超音波位相比較法のブロックダイアグラム

 我々は音速を高精度で測定するため、試料内を伝播する音速の変化量を周波数の変化量に置き換えて観測する位相比較法を用いています。交流電気信号の虚数成分である位相信号の時間微分を零に保つよう信号発生器に負帰還をかける零検出回路の手法で10-6以上の高分解能を得ており、様々な物質の電子物性を研究しています。  また位相比較法の原理に加えて、高周波回路設計にもさまざまな工夫が施されています。回路に用いられている線路は冷凍機の最低温部まで完全にインピーダンス整合された同軸線(管)で結線されており、高利得、高S/N比を得ています。また、複数の二波混合器と局部発信器を駆使した周波数変換と高利得のIFアンプを用いる「ヘテロダイン検波法」により1 GHz超の高い周波数でも原理的に測定可能です。高周波化により分解能が増し、指向性も高くなるため小さな単結晶も高精度で測定することができます。近年の携帯電話の普及等めざましいテクノロジーの進化に伴い、比較的安価に上記の高周波デバイスが手に入る時代になりました。それらを上手に組み合わせ、時に自作し、世界最高のデータを出せるかどうかは実験物理学者の腕の見せ所でしょう。

 

Q この研究はどんなことに役立つのですか?
A モノの性質は電子の性質に左右されるといっても過言ではありません。物質中の電子の挙動を解き明かし、世の中に役立つ新しい機能を持った物質を探求するのが我々の仕事です。

 

 希土類化合物の中には、四極子が空間的に配列する「四極子秩序」を起こすものがあります。四極子秩序は磁気測定(帯磁率・中性子回折)などでは直接観測できなかっため、20年ほど前まで「隠れた秩序 (Hidden Order)」と呼ばれ、固体物性物理学のメインテーマの一つでした。「多極子にまつわる物理」は、我が日本において長い伝統があり、最近ではさらに高次の磁気八極子、電気十六極子の自発秩序の証拠も見つかるなど日本が世界にリードして発展しつづけている分野です。最近の強相関電子系の物理では、多極子と金属絶縁体転移、新しい種類の超伝導の発現との関連が活発に議論されています。将来の量子コンピュータデバイスは、こういった新しい量子自由度を利用したものになるかもしれません。  応用に結びつくまでに時間がかかるような地道な研究は基礎研究と呼ばれており、技術力を支える礎となります。これまで基礎研究を大切にしてきた日本には新たな問題に挑戦できる底力があると私は確信しています。実際に近年、半導体デバイス産業のパラダイムシフトとなったシリコン単結晶中の原子空孔の直接観測に、超音波測定技術と極低温物理・強相関電子系物理が重要な役割を果たしました。このように我々の研究分野は応用面でも充分に期待できるのです。

図8 さまざまな自由度が絡み合って生じる風変わりな物性

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