最も硬い物質「ダイヤモンド」が
極低温で軟らかくなる ~鍵を握るのは電子!〜
ポイント
・人工ダイヤモンド単結晶を絶対零度付近(~0.02ケルビン)まで冷却し、弾性率を精密測定
・種類の異なる三種類のダイヤモンド全てが、 1 K以下の極低温領域で軟かくなる現象を発見
・軟らかさの起源はppb (10億分の1)の濃度で存在する未解明の格子欠陥であることを示唆

図1 ダイヤモンドの結晶構造と様々な原子空孔
【概要】
北海道大学大学院理学研究院の柳澤達也教授を中心とし、ドレスデン強磁場研究所・ドレスデン工科大学(ドイツ)、京都大学、新潟大学が協働した国際研究チームは、人工ダイヤモンドが極低温で軟らかくなる新現象を発見しました。この結果は、ダイヤモンド内に未知の量子状態が存在することを示唆しており、量子センサや量子計算といった次世代技術への応用が期待されます。
ダイヤモンドはその美しさだけでなく、硬度や熱伝導率の高さなどの物理的性質から多方面で応用されています。中でも欠陥や不純物の少ない人工ダイヤモンドは、宝飾用用途や機械分野への応用だけでなく、量子情報分野のデバイス基板として期待されており、特にダイヤモンド中の原子空孔(原子の抜けた穴)と窒素からなるNV中心と呼ばれる格子欠陥は、常温動作が可能な量子情報処理や高精度の磁気センシングへの応用が期待されています。一方、それらのダイヤモンド中の量子状態の研究は、主に中性子や電子線を照射し意図的に欠陥を作ったダイヤモンドに対して電子スピン共鳴や光学実験の手法が用いられてきました。そのため、欠陥の少ない非照射ダイヤモンドが極低温で示す「弾性」つまり固体の硬さや柔らかさに関しては、これまで詳しく調べられていませんでした。
研究チームは、育成方法の異なる3種類の未照射人工ダイヤモンドを用い、超音波を用いて弾性定数(モノの硬さの指標)を精密に測定しました。その結果、1ケルビン(摂氏マイナス272度)以下の極低温において、温度低下と共に全ての試料で弾性定数が1万分の1程度減少する振る舞いを世界で初めて確認しました。この結果は、ダイヤモンド内に「電気四極子自由度(T2対称性)」を持つ量子基底状態が存在することを示しています。しかしながら、これまで知られている窒素(N)やホウ素(B)関連の原子空孔を伴う欠陥の量子状態からはこの現象を説明できないため、その起源となる具体的な欠陥の種類は未だ特定に至っていません。今後の系統的な研究により、この未解明の量子状態の理解が進めば、人工ダイヤモンド単結晶を用いた量子情報デバイスのエラー軽減に向けた足掛かりとなり、将来的には、量子コンピュータや、量子センサ等の性能向上に寄与することが期待されます。
なお、本研究成果は、日本物理学会欧文誌Journal of Physical Society of Japan (Letters) 誌(オンライン版)に日本時間2025年6月11日(水)にオープンアクセスで掲載されました。
【背景】
人工ダイヤモンドは、量子コンピュータや、高感度の量子センサ、次世代のパワー半導体デバイスの基板素材として期待されています。ダイヤモンドの結晶内部には不純物原子と原子空孔が結合した「色中心」と呼ばれる格子欠陥があり、不純物の種類と濃度によって結晶全体の色味が変化します。これらの格子欠陥の存在は、ダイヤモンドが高温・高圧で合成されるため熱力学的に必然であり、ある程度その量を制御することはできますが、完全に無くすことは不可能です。
一方で、色中心の量子状態の研究は、主にレーザー分光や電子スピン共鳴などの電子の「電気双極子自由度」・「スピン自由度」を観測する測定手法によって盛んに行われてきました。一般的にそれらの研究では不純物を制御した人工ダイヤモンドに高出力の電子ビームや量子ビームなどを敢えて照射し、積極的に色中心を生成した試料を用います。特に窒素不純物と単一原子空孔が隣り合った「NV中心」と呼ばれる欠陥は、スピン三重項状態の磁気的な量子力学的状態をとるため、量子ビットとしての応用が期待され、精力的に研究が為されています。その一方で、不純物を伴わない単一の炭素原子が「抜けた」状態である「単一原子空孔(V0)」は無色透明であり、レーザー分光実験では量子基底状態から~1.6 eV上のエネルギーレベルに存在する励起状態を通した間接的な観測しかできません。また、結晶育成技術の向上により、原子空孔濃度が1 ppb(10億分の1個)以下になった試料においては、その直接観測はほぼ不可能となります。V0以外にも様々な種類の格子欠陥が存在し、第一原理計算からそれらの基底状態が提案されていますが、非照射ダイヤモンドにおけるそれらの格子欠陥の量子基底状態は謎のままです。そのため将来のデバイスの超微細化に伴って、光学実験や磁気測定では「見えない」格子欠陥がデバイスの歩留りに影響を与えることが懸念されます。
一方、ダイヤモンドと同じ結晶構造を持つシリコンの単結晶では、超音波測定により、単一原子空孔V0が有する「電気四極子自由度」が極低温で軟化現象を引き起こすことがすでに報告されていました。ダイヤモンド単結晶の極低温における超音波測定は未だ達成されていなかったため、柳澤教授らの国際共同研究チームは今回それを検証する実験を行いました。

図 2 ダイヤモンドの弾性定数C44の温度変化
【研究の内容と発見】
研究チームは固体中の電子の電気四極子を敏感に観測する超音波位相比較法と国内外の最先端の極低温発生装置・強磁場発生装置を組み合わせ、3種類(HPHT法・CVD法で製造されたタイプIIaとHPHT法で製造されたIb)の未照射人工ダイヤモンド単結晶の弾性スティフネス定数(モノの硬さの指標)を精密測定しました。
実験結果を図1に示します。測定した3つ全ての人工ダイヤモンドの弾性定数C44が1ケルビン以下の極低温で温度に反比例して減少する――すなわち「軟らかくなる」――振る舞いを発見しました。この振る舞いはこれまでに提案されているどの格子欠陥の量子基底状態のモデルでも説明できません。本研究結果は、未照射のダイヤモンド内に未だ解明されていない欠陥由来の量子基底状態が存在し、その量子状態が持つT2対称性の電気四極子自由度の応答を捉えていることを強く示唆する結果と言えます。またデータの解析から、その起源となる欠陥濃度がppbレベルであることも見積もられました。
【今後への期待】
本研究で実証されたダイヤモンドにおける電気四極子自由度の存在は、未解明の量子基底状態の存在を強く示唆するものですが、その起源はまだ明らかになっておらず、今後の研究によりその物理をしっかりと構築することが重要です。本研究で用いた強磁場・極低温下における精密超音波測定の手法を様々な条件で育成したダイヤモンドに適用し、真の量子基底状態の解明を目指します。将来的には人工ダイヤモンドの欠陥制御や評価技術の改善に繋がり、人工ダイヤモンド単結晶を用いた量子情報デバイスのエラー軽減に向けた足掛かりになることが期待されます。
【謝辞】
本研究は、日本学術振興会 国際共同研究加速基金 国際共同研究強化(B) (JP21KK0046)、同 科学研究費助成事業基盤研究C(JP22K03501)、文部科学省 学術変革領域研究(A)「アシンメトリが彩る量子物質の可視化・設計・創出」、同「精密物性測定によるアシンメトリ量子物質の新機能開拓」(JP23H04868)、公益財団法人 豊田理化学研究所 豊田理研スカラー共同研究(Phase 1)、 公益財団法人 日本板硝子材料工学助成会 研究助成の一環として行われました。北海道大学大学院理学研究院技術部・技術職員の女池竜二氏、中村晃輔氏にはダイヤモンド研磨についての技術サポートをいただきました。感謝申し上げます。
論文情報
論文名 Elastic Softening in Synthetic Diamonds(人工ダイヤモンドの弾性ソフト化)
著者名 柳澤達也1、日比野瑠央 1、日髙宏之1、網塚 浩1、田嶌俊之2、赤津光洋3、根本祐一4、Sergei Zherlitsyn5、Joachim Wosnitza5,6
(1北海道大学大学院理学研究院、2京都大学大学院工学研究科、3新潟大学理学部理学科物理学プログラム、4新潟大学大学院自然科学研究科、5ヘルムホルツ研究センタードレスデン強磁場研究所、6ドレスデン工科大学)
雑誌名 J. Phys. Soc. Jpn. (Letters)(日本物理学会欧文誌)
DOI: 10.7566/JPSJ.94.073602