研究紹介

核磁気共鳴現象

Zeeman split 核スピンI = 1/2を持つ原子核に外部磁場H をかけると Zeeman効果により上向きスピン状態と下向きスピン状態のエネルギー準位が分裂します。 この分裂幅ΔE に等しいエネルギーを持つ電磁波を照射すると、 電磁波と核スピン系の間に共鳴が起きます。 この現象を核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance : NMR)と呼びます。 角周波数ωの電磁波が持つエネルギーはℏωですから、 共鳴を起こす条件は核磁気回転比γという係数を用いて ω = γH と書き表すことが出来ます。 つまり、原子核が感じている磁場を角周波数に変換することができるわけです。 周波数は精度良く測定することが出来るので、 NMR現象を利用することにより、核位置での局所磁場を高精度に測ることができます。

NMR現象を利用した技術は、私たちが行っている基礎物理研究だけではなく、 MRI(Magnetic Resonance Imaging)のような実用的測定装置に至るまで 様々な分野で活用されています。 最近では非接触(測定物に直接触らなくても電磁波を送れる)、 非破壊(送信する電磁波のエネルギーは非常に小さい)測定であるという 特徴を生かして、リモートセンシング技術や危険物探知への応用も 進んでいます。

固体におけるNMR測定

固体物理学の研究では、物質の電気的性質、磁気的性質を 様々な実験手法を用いて測定することにより電子物性を明らかにしていきます。 NMR法は特に磁気的性質の測定に長けており、 電子磁性の静的及び動的性質を詳細に調べることができます。 また低温、高磁場、高圧といった極限環境との相性が良く、 自由に物理パラメーターを制御することで 磁気秩序、電荷秩序、超伝導などの様々な相転移を誘起し、 それぞれの相の性質を明らかに出来るという特徴も持っています。

それでは、NMR測定により得られる物理量をもう少し詳しく見てみましょう。

もしも孤立した原子核が真空中に存在していたとすると、 共鳴現象は上述の角周波数ω0でのみ観測されます。 しかし、固体中にある原子核が感じる磁場は 周囲の電子や隣接する原子核の影響(右図の黄色いもやもや) により外部磁場の値から変更を受けています。 これにより起こる共鳴線のシフトΔωを測定することにより 原子核位置に余分にかかる局所磁場を見積もられます。 その後、様々な要因で誘起される局所磁場の中から、 電子軌道による寄与と電子スピンによる寄与をうまく分離し、 電子磁性の静的性質を調べていきます。

固体物理の分野ではスピン部分が主に注目をあびますが、 軌道部分からの寄与も、化学組成分析のときには重要な役割を果たしています。 また、隣接する核スピンからの寄与や、 隣接する核スピンから電子を介して伝わってくる寄与など、 様々な効果を詳細に解析することで得られる情報量は膨大なものになります。

NMR測定から得られるもう1つの重要な情報は低エネルギーの磁気励起に 対応する動的な情報です。 電磁波により励起され、飽和した核スピン系は どこかに熱を逃がして熱平衡状態に戻ろうとします。 ところが、核スピン系の励起エネルギーは非常に小さいため、 どこにでも熱を逃がせるわけではありません。 このような状況の中で、ちょうど良い熱溜になり得るのが 核スピンの周辺に存在している電子系です。 特にフェルミエネルギー近傍の電子は 励起エネルギーが微小であるため、最適な熱溜になります。 従って、核磁化が熱平衡状態に戻る過程を観察することで、 低エネルギー励起を持った電子の性質を知ることが出来ます。

実際の測定では、飽和した核磁化が熱平衡状態に戻るまでの特徴的時間 (核スピン−格子緩和時間 : T1)を測ります。 飽和パルスで核磁化を飽和させた直後はNMR信号が観測されません。 その後しばらく待つと(通常数msecから数sec。ときには数時間や数日かかることもある。) 核磁化は回復し、熱平衡状態のNMR信号強度に戻ります。 「飽和パルスを打ち、しばらく待ってNMR信号を観測する」というプロセスを 繰り返すことで上図に示すような核磁化の回復曲線を測定し、 そこからT1が見積もられます。

電荷の情報も得られる!?電気四重極共鳴

ここまで、NMR法が磁気的性質の測定に有用であることを説明してきましたが、 核四重極共鳴(Nuclear Quatrupole Resonace : NQR)を用いることにより、 さらに電気的性質にも迫ることが出来ます。 NQRとは、核スピンが1より大きい原子核に電気四重極モーメントがあることを利用した 共鳴現象であり、原子核位置の電場勾配の大きさが共鳴周波数を決定します。 従って、NQRの共鳴周波数や共鳴線の線幅から電荷のドープ量や結晶の均一性を 推し量ることが出来ます。 また、結晶の対称性を反映するため、結晶軸に対する外部磁場の方向を 決定するときの指標に用いたり、磁気秩序状態の磁気構造を決定したり 出来る場合があり、測定の幅を広げてくれます。

結晶内にある原子核を利用するため、 核種を自由に選べないという不便さはありますが、 自然に与えられた核の特性を最大限利用して 得られる限りの情報を引き出すことが出来るこの測定手法はとても魅力的です。