研究紹介

はじめに

有機化合物は炭素を基本骨格とした化合物のことです。水素、酸素、窒素、硫黄など、有機化合物を構成している原子を変えるだけで全く異なる性質を示します。私たちの身近にある有機化合物としては、風邪を引いたときに飲む風邪薬などが挙げられます。また液晶の代替品として最近では有機ELが開発されています。このような有機化合物は自然界にあるものをそのまま用いることは少なく、主に有機合成という技術を用いて作製します。 私たちの研究室では(TMTSF)2PF6や(TMTTF)2Br、α-(BEDT-TTF)2I3などの有機化合物を、NMRを用いて解析しています。これらの物質は下図に示す分子構造を持つTMTSF(tetra-methyl-tetra-selena-fulvalene), TMTTF(tetra-methyl-tetra-thia-fulvalene), BEDT-TTF(bis(ethylene-dithia)tetra-thia-fulvalene)などの陽イオンと、ハロゲンであるF, Br, Iなどからなる塩の一種です。

これらの塩を作製するのには、後述する電解成長法という方法を用います。下図に(TMTSF)2PF6の結晶構造を示しています[1] これらの塩は温度や圧力を変えることにより、金属や反強磁性、超伝導などの様々な物性を示すため、現在精力的に研究されています。私たちは低温物理学研究室という名前の通り、主に低温下で13C-NMR解析を用いて研究をしています。 しかし、これらの塩が無いとそもそも研究が出来ないため、まずTMTSFなどの有機化合物の作成に取り組みました。NMR測定では、原子核スピンを持たない12Cの信号を観測することが出来ないので、13C置換体を作成します。

有機合成

有機合成では、ある物質Aと別の物質Bを反応させるために溶媒に溶かした後、加熱、冷却、撹拌、還流などの操作を行います。これらの温度や、撹拌時間などの条件はどのような物質を合成するかで変わり、間違った条件で行うと、元の物質が分解して目的の物質が得られない、もしくは反応するためのエネルギーが足りず、反応が起きないという結果になり、収率が悪くなります。下図は片側13C-TMTSFの合成ルートの一部ですが、この反応においてもドライアイスによる冷却や夜通しの撹拌等を行います。

反応がうまく進むと、今度は他の不純物から目的の物質のみを取り出す、濾過や抽出、精製などの操作を行います。例えば濾過を行えば固体と液体に分離できます。目的物が液体に溶けている場合は溶媒を蒸発させれば、固体が析出します。 出てきた固体がどれだけ不純物を含んでいるかを調べるのにはTLC(薄層クロマトグラフィー) を用います。これは物質の極性の違いを利用したもので、2種類以上の物質が混ざっている場合、スポットが2種類以上見えることになります。不純物が何種類あるかを確認したら、今度はカラムクロマトグラフィーを用いてそれらの物質を分離します。出てきた物質はそれぞれ1H-NMRや分子量測定で解析を行い、どれが目的の物質かを判断します。目的物を手に入れたら、さらに純度を上げるために、再結晶を行い、結晶を作ります。

有機合成で使う試薬は高価なものが多いため、いかに最適な実験条件を求め、収率を良くするかが、化学者の腕の見せ所となります。

結晶作成

TMTSFやTMTTFを作成したら今度は(TMTSF)2PF6等の塩を作製します。これらの塩は電解成長法という方法を用いて作製します。これは原料が溶けた溶媒に電流を流すと、陽極で陽イオンと陰イオンが反応し、塩を析出させるものです。(TMTSF)2PF6の簡略化した反応式は以下の通りです。

2TMTSF+ + PF6- + e- ⇔ (TMTSF)2PF6

電流のかけ方には一定の電流を流す定電流法と定期的に電流量を変える制御電流法があり、定電流法では小さめの結晶が大量にでき、制御電流法では大きめの結晶が少なめに出来ます。NMR測定では良質の大きい単結晶が求められるので、主に制御電流法で作製をします。このように結晶を作成して、やっと13C-NMRで物性を測定することが出来ます。

参考文献

[1] N. Thorup, G. Rindorf, H. Soling and K. Bechgaard, Acta. Cryst. B37, 1236 (1981).