研究紹介

分子性有機導体に見られる多様な電子物性

物性物理学では、多数の原子核と電子が集まった多粒子系(=物質)に固有の性質(=物性)を、統計力学や量子力学の力を借りて 解き明かすことを目標としています。 現実の物質に見られる多様な性質は、電子‐電子間、電子‐原子核(格子)間の様々な相互作用により引き起こされているので、 この粒子間相互作用の効果を知ることが物性の解明への第一歩となります。 したがって、粒子間相互作用の大きさを自由にコントロールし、それによる物性の変化を観測することが出来るなら これほど都合の良いことはありません。 しかし、現実には粒子間相互作用をコントロールすることはそれほど簡単なことではありません。

低次元有機導体の最大の特徴は、実験室で到達可能な範囲での温度、圧力制御や、化学組成変化により 物性を自由にコントロールできることです。 有機物では初の超伝導体である(TMTSF)2PF6を代表とする (TMTSF)2X 塩や関連物質の(TMTTF)2X 塩 (TMTSFはTetra Methyl Tetra Selena Fulvalenceの略、TMTTFはTetra Methyl Tetra Tia Fulvalenceの略、 合成の詳細は有機合成化学を参照)では、 陰イオンX を様々に変えることで、左図に示すような様々な電子物性を示すことがわかっています[1]。 また、同様の物性変化は数GPa程度の圧力を印加することによっても引き起こされます。 これにより、電子間相互作用を圧力により詳細にコントロールし、 電荷秩序相、磁気秩序相や超伝導相がどう競合しているのかを調べることが出来るようになりました。

擬一次元有機導体(TMTSF)2X13C NMR測定

(TMTSF)2X は1価の陰イオンであるX -がTMTSF分子1つに対し、 0.5個のホールをドープすることにより、伝導性を示します。 合成者にちなんでBechgaad塩と呼ばれるこれらの物質は右図に示すように、二次元的な結晶構造を持っています[2]。 さらに、板状のTMTSF分子がa 軸方向に積層しているため、 a 軸方向には特に高い電気伝導度を持っています。 この異方的な電気伝導特性から、この物質は擬一次元系と呼ばれています。

私たちの研究室では、これらの擬一次元有機導体に対し、13C NMR測定という実験手法を用いて 低温で現れる磁気秩序状態、超伝導状態の性質やその起源を研究しています。 NMR実験の極限環境下測定との相性の良さを利用し、 温度、磁場、圧力といった物理パラメーターを制御して、低温で引き起こされる様々な現象の解明を目指しています。

擬一次元有機導体で観測される、磁気秩序や超伝導状態、またそれらの共存、競合状態は 無機物質でも盛んに研究されている、量子臨界点近傍の超伝導と類似していると考えられており、 磁気秩序相近傍に現れる強い磁気揺らぎと超伝導との関係性の研究が進んでいます。 また、最近では電荷秩序近傍でも同様の現象が起きる可能性が指摘されており、 分子性導体において、新たな超伝導発現機構が解明されることも期待できます。

参考文献

[1] D. Jerome, Science 252 1509 (1991).
[2] N. Thorup, G. Rindorf, H. Soling and K. Bechgaad, Acta. Cryst. B37, 1236 (1981).