科学とモデル
シミュレーションの哲学 入門
マイケル・ワイスバーグ著,松王政浩訳
名古屋大学出版会,2017年4月30日初版第一刷発行.
ISBN: 978-4-8158-0872-3
本書は、前訳書『科学と証拠』と同じように、まだ日本では本格的に論じられていない科学哲学の重要なテーマ(今回は、「モデル」がテーマです)に関わる本を訳したものです。著者のワイスバーグは、科学におけるモデリング行為とは何かについて、これまで多くの論考を行ってきた人で、現在、このテーマの第一人者であると言って間違いありません。
モデルやモデリングというのは、科学的探求の中でなくてはならない働きをしていることは、誰も否定できないでしょう。また、科学でなくても、私たちが日常生活で問題を単純化してその答えを得ようとするとき(たとえば、一週間のスケジュールを時間単位の表にして組もうとするとき)には、モデルを使っているとも言えるでしょう。そのように私たちは広くモデルの恩恵を受けているにもかかわらず、「ではモデルって何?」と聞かれると途端に答えに窮するのではないでしょうか。
ワイスバーグは本書で、関連する哲学的議論を一つ一つ丹念に取り上げながら、この問いをさらに掘り下げつつ、できるだけ包括的な答えを与えようとしています。モデル探求の第一歩として心に浮かぶのは、「いったいモデルの種類は何種類あるのか」という分類でしょう。ワイスバーグの探求もここから始まります。ワイスバーグが導いた答えは「3つ」です。これより多くても少なくてもいけない。そのことを、対立する他の考え方の問題を挙げながら主張する。この出だしから、読者のみなさんは「ああ、モデルについて深く哲学的に議論するなら、こうなるんだな」と感じることでしょう。さらに、探求を進めようとすると、「モデルを作って考えるという行為は、どんな行為なのか」「モデルには必ず対象があるはずだが、モデルと対象の基本的関係はどうなっているのか」といった問いが出てきて、さらにこの二つめの問いから、「モデルは対象を理想化しているはずだが、そもそも理想化とはなんだろう」「モデルと対象との間には、何らかの類似性がありそうだが、どのような点で両者が似ていると言えるのか」といった問いが導けるでしょう。本書でワイスバーグは、これらの問い一つ一つに丁寧に回答を与えてくれています。
もちろん、「本書を読めばモデルについてもやもやしていた部分が、全部スッキリ解消する」ということはないと思います。しかし、モデルについて理解を深めたいと思うときに、考えるべきことがらとしてどんなものがあって、(ワイスバーグ自身の説を含めて)今どんな説があるのかを知る上では、本書はこの上ない案内役となってくれると思います。
なお、忘れてはいけない本書の特徴として、本書が決してプロの哲学者や哲学に関心のある人だけをターゲットとした本ではない、ということがあります。ワイスバーグは繰り返し本書の中で、科学者が実際に行っていることに即して議論すると述べています。そのため、本書ではたくさんの科学的事例が取り上げられていて(そのうち、サンフランシスコ湾の「ベイモデル」、生態学の「ロトカ−ヴォルテラモデル」、棲み分けの「シェリングモデル」については、様々な論点で繰り返し取り上げられ、各論点の理解が深まるように工夫されています)、科学者も自身に関係のある問題として最後まで読み進められると思います(科学に関心のある人も同様です)。ただし、一方でプロの哲学者も意識した内容になっているので、ときにディープな議論がチラッと顔を覘かせます。しかし、これは議論の質保証という点からは当然のことで、むしろそうした難しい部分を深掘りしすぎずに上手に議論を前に進めていくワイスバーグの手法を褒めるべきだと私は思います。
モデルに関心のあるすべての人に読んでいただきたい本です。
rmaruyさんのブログ(たいへん詳しく解説、感想を書いて下さっています。ご本人の許可を得てリンク)