訳者から一言

科学と証拠 〜統計の哲学 入門〜

エリオット・ソーバー著,松王政浩訳
名古屋大学出版会,2012年10月20日初版第一刷発行.
ISBN: 978-4-8158-0712-2

科学と証拠 この本は、科学で用いられる「統計」がそもそも科学的「証拠」といったいどんな関係にあるのかを、アメリカ哲学会の大重鎮Elliott Sober(生物学の哲学、統計の哲学が専門)が、彼の明解な視点でズバッと論じたものです。中身は以下の目次にあるような哲学的な議論ですので、科学の方法に興味がある哲学者や哲学好きには、もちろんたまらない内容ですが、ふだん統計パッケージの「消費者」に甘んじている科学者(科学に携わる方々)にとっても、はっと気付かされるところのある、非常に刺激的な本だと思います。

 ソーバーが本書に込めた読者へのメッセージを一言で言うと、「統計を使って証拠についての判断をきちんと導きたいなら、統計の認識論をマスターせよ」ということです(認識論とは、「私たちが得る確かな知識とは何か」を論じる議論です)。本書は一見、統計の学説をテーマ毎に論じているようにも見えますが、本書全体を通して読んでみると、彼の言う認識論が何かが浮かび上がってきます。その鍵は、彼が本書にちりばめた「尤度の法則(証拠は尤度の高い仮説を裏付ける)」と「全証拠の原則(知りうるすべての証拠を考慮に入れよ)」という至って単純な仕掛けにあります。彼はこの法則、原則に立つ尤度主義について、「いざというときの代替手段」だと非常に控えめに紹介します。

 しかし本書を読めばこの仕掛けが、ベイズ主義の神髄や、ネイマン-ピアソン流の頻度主義の弱点を看破する上でどれほど強力な認識論的仕掛けになっているか、お分かりいただけるでしょう。そして何よりすごいのは、ソーバーは、ウソのように単純なこの仕掛けで、赤池情報量規準(モデル選択理論の元祖)という、もう一つの超大物統計学の本質にまで迫っているということです。ぜひ、§7最後にある、AICと温度計のアナロジカルな分析にご注目ください。ソーバーは、大枠として「頻度主義」に分類される赤池情報量規準(AIC)が、その「証拠」判断において、正に尤度主義の考え方と一致するものであることを見事に示しだしています(ただし、いまのところ厳密な証明としては「比較される2つのモデルが入れ子構造になっている」という場合に限られます)。加えて本書後半では、AICで「実在論vs反実在論」という大論争を決着させようという、哲学者なら「してやられた」と思わずにいられない、あっと驚く議論まで飛び出します。

 こうした議論によって読者は、証拠についての統計的な判断がどんな認識論的根拠で支えられているのか、また支えられるべきであるのかについて、自ら考えるための非常に重要なヒントが得られるでしょう。統計に興味のあるすべての人にとって、本書は恰好の「統計の哲学」入門書です。

【 本書はSober, E. Evidence and Evolution, 2008, Cambridge UP.の抄訳です。抄訳にした背景や、翻訳を進める上でソーバーと訳者が行った議論などについては、本書解説をご参照ください。】

本書の目次

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書評

  • 『日経サイエンス』2013年1月号、三中信宏氏による書評
  • 『科学哲学』46-2(2014年)、大塚淳氏による書評
  •  Amazonでの書評 2件
  • 訂正、補足等

  • 訳注25の訂正
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