第一日・OLIの復習

 第一日目の後半は、統計学と因果的推論についての講義であった。
 私たちは今回の集中講義を受けるに先立ち、カーネギーメロン大学のインターネット教材Open Learning Initiative (OLI)の中の“Causal and Statistical Reasoning”という教材によって、統計と因果的推論について予習をした。一日目後半の講義は、この教材の内容を下敷きとしたものであった。

◈OLIについて

 OLIの“Causal and statistical Reasoning”は、統計データからその背後にある因果関係への推論を学ぶ教材である。
 この教材ではまず、「事象Xが事象Yの原因である」等の因果関係に関する概念的な言葉に、統計的データや統計的事実を対応させて形式的な定義を与えることから始める。具体的には、ある変数の集合(因果システムと呼ぶ)において、その因果システムにおける変数の値を変化させたデータの表をつくり、そのデータの表に関する情報を用いて「事象Xが事象Yの原因である」という言葉に定義を与える。また因果関係に関する言葉(「原因である」、「直接原因である」等)に定義を与えた後、因果システムにおけるこのような因果関係を視覚的に表現する“因果グラフ”(変数の集合と変数間を結ぶ有向パス(矢印)からなる)を導入する。
 一方で、相対頻度や条件付き相対頻度といった統計学の基本的な概念を用いて、変数間の“独立性”(independence)と“関連性”(associ-ation)を定義する。上記の因果関係を表現する因果グラフとこの変数間の独立性(あるいは関連性)の間には一定の関係があり、(例.2つの変数は、それらが因果グラフにおいて結合されているときそしてそのときのみ互いに関連性があると予測される。)因果グラフは変数間の独立性(あるいは関連性)について予測をする。
(OLIでは、因果グラフをCausality Labというソフトを用いて描き、この変数間の独立性(または関連性)を計算することができる。例えば学習者は、ソフト内であらかじめ定められた“真の”因果関係が予測するデータと、自分が仮定した因果関係が予測するデータを比較するといった演習ができる。)
 因果グラフから変数間の独立性を計算するうえで大事な“d分離(d-separation)”の概念を導入し、因果グラフが表現する因果関係と変数間の独立性または関連性の間の関係を論じた後、科学における“予測”と“発見”の問題を論じるという内容になっている。ここにおいて大事な問題の一つが、哲学においてunderdeterminationと呼ばれる問題、つまり「複数の異なる因果グラフが変数間の独立性(あるいは関連性)について同じ予測をし得る」という問題である。

d-separationチューター画面(左)とcausality-labチューター画面(右)。やさしい解説で初学者でもポイントがすぐつかめる。

 OLIを用いて学習した感想として、その使いやすさが印象的であった。例えば上で述べた因果関係に関する言葉の定義は、予備的用語を導入しながらいくつかの段階を踏んで行われるが、ひとつひとつが無理のない積み重ねと感じさせるものであった。また用語の定義も直感的に受け入れやすいものであり、定義された言葉を読んである程度自然に思考し、そのような言葉を用いて述べられた問題にもある程度直感的に答えていくことができる。

◈ 講義の内容

 事象間の因果関係を有向パスによって図示する因果グラフを用いて講義が行われた。具体的な因果グラフの例について、OLIで予習していた因果グラフに関する緒概念の復習をした。また変数間の独立性に関する条件である、ⅰ)マルコフ条件、ⅱ)因果マルコフ条件、ⅲ)忠実性(faithfulness)、という3つの条件も扱った。

◈ 考察・感想

 OLIの“Causal and Statistical Reasoning”では、統計データからその背後にある因果関係への推論についての理論が組み立てられている。OLIを一通り学習して、この理論を構成する各概念(因果関係に関する言葉など)の定義の出来の良さが最も印象的であった。つまり、各概念が十分考えられた自然な定義であると感じさせるものであった。この各概念の定義の出来の良さに、OLIの理論の薬学等の応用科学への汎用性を感じた。
 一方で、OLIの理論が物理学のような基礎的な科学に対する積極的な役割を持ちうるかということに関しては疑問が残った。あるいは、役割を持たせる際にはその妥当性について注意する必要があると感じた。理由は、物理学が自然を明らかにするものだとすれば、OLIの理論は(自然さは感じるものの)ものとしては人工物であるというところにあるかと思う。(文責・尾崎)

(左)キャンパスビュッフェでの昼食 (右)州立大記念フィールド

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