擬1次元有機超伝導体(TMTSF)2PF6は有機導体で初めての超伝導体として有名な物質です。 この物質の超伝導は高圧を印加した状態でのみ発現し、1気圧の下では12.5 Kにおいて磁気転移をすることが知られています。 さらにこの磁気秩序状態はスピン密度波状態(スピン密度の空間的変調が凍結した状態)であることが様々な測定から明らかにされています。 従って常圧での基底状態はスピン密度波状態であると考えられていましたが、 さらに4 K以下の低温まで冷却すると再び何らかの異常が観測されることが報告され、低温の磁気状態に興味が集まっています。 そこで、我々は磁気的情報を敏感に観測できるNMR分光法を用いて低温の磁気状態を観測し、 低温の磁気構造及び、その空間的配置を明らかにしました。
これまでの測定から4 K以上では非整合スピン密度波状態に特徴的な2本の角を持つ連続的なNMRスペクトルが観測されることが明らかになっています。 今回初めて1.76 Kまでの測定を行い、低温のスペクトルには中心近辺に小さな構造が現れることを発見しました(上図)。 この構造をよく見てみると2本のピークの間に5つの小さなピークがあることが分かりました。 これらの構造は非整合スピン密度波状態の秩序ベクトルが(0.5, 0.25, 0)という格子と整合する秩序ベクトルに近いことから説明することが出来ます。 整合秩序ベクトル(0.5, 0.25, 0)が表すスピン密度の変調の様子を下図に示しました。 図中の球がTMTSFサイトを示しており、矢印がTMTSFサイトでのスピンの大きさを表します。 この図から各サイトでのスピンの大きさが7種類(上向き3種類、下向き3種類、及びゼロ)存在することが見て取れます。 NMRスペクトルに観測された、両端の2本のピークとその間の5本の小さな構造は スピンの大きさが違うこれら7種類のTMTSFサイトに起因していると考えられます。
ここで、両端の2本のピーク強度はその間の5本の構造に対して非常に強いことに気づきます。 この結果は右図のような整合秩序ベクトル(0.5, 0.25, 0)のスピン配列を取るのは試料の一部分であり、 その他の大部分は依然として非整合スピン密度波状態にあることを示しています。 一方で試料全体の平均として求められる核スピン−格子緩和率にはやはり4 Kで異常が観測されます。 試料の一部で起こる整合秩序が試料全体の物性に影響を与えている、という実験結果から 我々はディスコメンシュレーション状態が実現していることを指摘しました。
非整合スピン密度波状態ではマグノンの位相モードはエネルギーロスなしに励起されますが、 ディスコメンシュレーション状態では部分的に現れる整合スピン密度波状態において位相がロックされるために、マグノン励起に有限のエネルギーが必要になります。 これにより、あたかも試料全体で整合スピン密度波状態が実現しているかのような、エネルギーギャップを伴うマグノン励起が観測されます。 ディスコメンシュレーション状態が実現するためには整合/非整合スピン密度波状態がミクロな長さスケールで共存していることが必要です。 我々の実験結果により4 K以下では島状の整合領域が試料全体にまばらに現れてくることが明らかになりました。
以上の結果は"Commensurability of the Spin-Density-Wave State of (TMTSF)2PF6 Observed by 13C-NMR" Phys. Rev. Lett. 110, 167001 (2013).に公表しました。