有機伝導体α-(BEDT-TTF)2I3 は2組のBEDT-TTF分子カラムT,U で構成された物質である(右図)。 このうちカラムTはA、A’の等価な分子で構成され、 カラムUはB、Cの結晶学的に非等価な分子によって構成されている。 これらの3つの分子の軌道の違いによって異なる電子状態が期待される。 常圧では電荷秩序(charge order:CO)転移によって反転対称性の破れを伴った 電荷の不均化が起きており、さらに電荷不均化に伴うギャップ形成による 磁性状態の変化も観測されている。 圧力下ではこの物質はグラフェンに類似したmassless Dirac fermionのバンド構造の存在が示唆されており、 ナノ物質で見られた特異な物性をバルク物質で追うことが可能となっている。 これにより理論的議論が盛んに行われているが、 狭いエネルギーギャップの存在を示唆する結果も得られており、さらに詳細な研究が必要である。
このような物質の研究では3つの分子周りでの電子状態が異なるため、 それぞれの分子を選別することが必要となる。 13C NMRでは常磁性状態での非等価な3つの分子でのKnight shiftの 異方性の違いを考慮することによって選別することができる。 我々は片側13C置換BEDT-TTF素体で作成した試料の13C NMRを行うことにより Pake doubletの寄与を取り除き、 分子サイト別に分離された鋭いスペクトルを用いて精度よくNMR shiftを追うことが成功した。 この手段を用いて調査した結果、常圧ではスピン帯磁率の解析によって金属状態において BとCの分子サイトでスピン密度が不均一化していることが明らかになった。 COが完全に消失する2.1 GPaの圧力下では、常圧で観測されたB、C分子間のスピン密度の不均一化がさらに強まる。 また120 K以下でスピン帯磁率と核スピン格子緩和率T1-1がそれぞれ T、T 3に従い減少する結果が得られ、 フェルミ面がポイント状となっているバンドの特性であることを示唆した。
以上の結果は "Local spin susceptibility in the zero-gap-semiconductor state of α-(BEDT-TTF)2I3 probed by 13C NMR under pressure" Phys. Rev. B 82, 115114 (2010). に公表した。