Diligence is the mother of good luck.

A bad workman always blames his tools.

新物質探索の魅力

 私の研究では、遷移金属酸化物や硫化物、無機塩や金属間化合物を合成しています。酸素やアルゴン等の各種雰囲気下で反応を行う固相反応をはじめとして、イオン交換法、超臨界状態の水を利用した水熱法、6万気圧2000℃で反応を行う高温高圧合成法、またアーク溶解法等様々な固体化学的手法を駆使して新しい物質や良質な単結晶の育成を行います。新しい物質を発見する事は、人との出会いに似ています。面白い人もいれば、変わった人もいます。一見特徴のない人が、見た目とは裏腹にすごい能力を持っている事もあるでしょう。物質に出会う事はそれ自体が大きな喜びであり、同時にこれまでに誰も見た事がない新しい現象や役に立つ機能性を発見する事も新物質探索の大きな魅力の一つです。

強相関電子系

 良く知られているように電子はマイナスの電荷を持った素粒子であるため、電子間には電気的な反発力(クーロン反発)が働きます。アルカリ金属などの通常の金属では、伝導電子による遮蔽効果のため、このクーロン反発はほとんど無視できます。一方、遷移金属や希土類を含む物質では、電子の局在性が強くなり遮蔽が十分には効かないためクーロン反発を無視することが出来ません。このような系は強相関電子系と呼ばれ、通常の金属とは異なる振る舞いを示します。特に、銅酸化物高温超伝導の発見を機に強相関電子系の研究は大きく発展し、超伝導や巨大磁気抵抗効果など様々な興味深い性質が明らかにされています。私は、強相関電子系を舞台とした物質開発を行い、スピン・軌道・電荷が交差する面白い現象を探索したいと考えています。


幾何学的フラストレーション

 幾何学的フラストレーションは近年盛んに研究が行われている磁性のテーマです。フラストレーションとは心理学から来た言葉で、辞書によれば「欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態にある事。欲求不満。」という意味を持っています。右図のように正三角形の各頂点にあるスピン間に、隣り合うスピンを反対方向にそろえようとする力(反強磁性相互作用)が働く場合、全てのスピンを同時に反対に向ける事は出来ません。つまり、スピンは互いに逆方向を向きたい欲求があるにも関わらず、三角形という幾何学が障害となって、それが満たされなくなってしまいます。このような状態を幾何学的フラストレーションと呼んでいます。フラストレーションを有する磁性体では、通常の磁気秩序は抑制され、エキゾチックな磁気状態が実現すると期待されています。私の研究では新しいカゴメ格子や三角格子反強磁性体を合成し、スピン液体等の特異な磁気状態の実現を目指します。

超伝導

 超伝導はクーロン相互作用によって反発するはずの電子同士が互いにペア(クーパー対)を組んで運動するという不思議な現象です。また、電気抵抗の消失や、物質から磁束を排除する完全反磁性、電位差がないのに電流が流れるジョセフソン効果など非常に興味深い性質を示すため、基礎と応用の両面から盛んに研究が行われています。超伝導は温度を冷やすことで初めて発現する現象ですが、実用性の観点から室温で超伝導が実現する事が望まれています。カマリン・オンネスによるTc = 4.2 Kでの水銀の超伝導の発見に始まり、数多の物質開発を経て現在では高圧下で160 K程度の転移温度を示すに至りました。私の研究では、様々な合成を行い室温で超伝導を実現する新物質の開発に挑みます。

トポロジカル物質探索

 近年、物質の中のトポロジーに由来した物理現象が大きな注目を集めています。トポロジーは柔らかい幾何学として知られているもので、例えばコーヒーカップは連続的に変形していくとドーナツと同じ形状になるため、この二つを同じものとしてみなしましょうという概念です。凝縮系ではトポロジーに関連して、トポロジカル絶縁体、トポロジカル超伝導といった新しいテーマが注目を集めています。私の研究では、空間反転対称性と時間反転対称性の破れた物質を開発し、そこで現れると期待されているスキルミオンと呼ばれるトポロジカル欠陥を観察すること、またそれに付随したトポロジカルホール効果等の興味深い現象の測定を目指します。トポロジー物理学の研究は今始まったばかりであり、新しい物質を作る事でその理解に貢献したいと考えています。

STM/STSによる高温超伝導メカニズムの解明

 銅酸化物高温超伝導はベドノルツとミュラーによる発見以来、その高い超伝導転移温度と新しいクーパー対形成機構に魅せられて非常に活発な研究が行われました。しかし、現在に至るまで対形成機構の詳細は完全には解明されていません。私たちの研究では、走査トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscope: STM)という原子を見る事の出来る顕微鏡を用いて、銅酸化物高温超伝導体の電子状態を調べています。擬ギャップや超伝導ギャップ、CuO₂面における電荷秩序や準粒子干渉の観測を通して対形成機構の解明を目指します。