統計力学や超伝導・超流動の理論における基礎的問題を,ファインマン図形やグリーン関数など,場の量子論的手法を用いて研究しています。最近の研究成果を以下にまとめます。
超伝導 | 超流動 | 非平衡統計力学
- ボーズ-アインシュタイン凝縮系に対する新たな自己無撞着摂動展開
[
T. Kita: Phys. Rev. B 80 (2009) 214502
]
同一粒子の集団は,その統計性により,フェルミ粒子系とボーズ粒子系に分類されます。そして,両者は,量子効果が重要になる極低温において,全く異なる性質を示します。フェルミ粒子は,大きさが半奇数 (1/2, 3/2, 5/2, ・・・) のスピンを持ち,二つの粒子が同一の量子状態を占めることは出来ません。この事実を「パウリの排他原理」と呼びます。粒子間に「量子効果に基づく有効斥力」が働くとも見なせます。一方,ボーズ粒子は,大きさが整数 (0, 1, 2,・・・) のスピンを持ち,同一の量子状態に複数個の粒子を入れることが可能です。この量子効果により,粒子間には有効引力が働きます。特に,ある凝縮温度 T0 以下の温度 T < T0 では,最低エネルギー状態をマクロな数の粒子が占有し,位相が揃った「コヒーレント」な凝縮相を形成します。この事実は,1925年にアインシュタインによって理論的に予言されました。そこで,この現象は,1924年にボーズ統計を提唱したインド人研究者の「ボーズ」の名前と一緒にして,「ボーズ・アインシュタイン凝縮」(Bose-Einstein condensation あるいは BEC) と呼ばれています。
しかし,アインシュタインの理論的予言は,粒子間に相互作用のない「理想ボーズ気体」についてのもので,現実の気体には有限の相互作用が存在します。実際,1994年以前に知られていた唯一のボーズ凝縮相と見られる「超流動4He」では,粒子間に大きな相互作用が働くため,アインシュタイン理論との定量的一致は全く良くありません。このため,「超流動4He」に対して「ボーズ・アインシュタイン凝縮相」の名前を用いることを嫌がる研究者もいたほどです。そこで,相互作用の小さい系で「ボーズ・アインシュタイン凝縮」を実現し,アインシュタインの予言を検証することが強く望まれていました。
この問題の突破口を切り開いたのが,1995年のJILAグループによる希薄87Rb原子気体でのBECの実現です。それ以来,BECの実験的研究は飛躍的に進みました。実際,すでにいくつかのグループにより,BECの直接の証拠と見なすことの出来る「量子渦の生成」も報告され,現在では,これらの系がBEC相であることに疑いの余地はありません。また,この希薄原子気体の系では,粒子間の相互作用は弱く,理論と実験の良い定量的一致が得られると期待されています。
しかし,弱く相互作用するボーズ粒子系の理論には,基本的な問題が残されています。すなわち,場の演算子そのものの期待値が有限となるため,数学的取り扱いが難しくなり,超伝導のBCS理論に相当する確立した平均場理論すら存在しなかったのです。実際,有限温度の性質は,現在でもあまりよく理解されていません。
弱く相互作用するボーズ粒子系の基礎理論と見なされているのが,絶対零度に対するボロリュボフ理論(1947年)で,一粒子励起スペクトルが,長波長で音波の分散関係を持って零に近づくことが予言されています。このボロリュボフ理論は,1950年代後半に,場の量子論を用いてさらに発展させられました。まず,ベリャーエフによりグリーン関数が導入され,さらに,摂動展開の構造を解析することで,励起スペクトルにギャップが無いことが示されました(ヒューゲンホルツ-パインズの定理)。しかし,弱結合の近似理論であるボロリュボフ理論を有限温度に拡張すると,色々な矛盾が現われます。実際,ボーズ粒子系に標準的なウィック分解法をもちいて平均場理論を構成すると,励起スペクトルに非物理的なギャップが生じます。このギャップを消す便法も存在しますが,すると今度は,理論を動的性質に適用した場合に様々な「保存則」が満たされなくなります。一般に,ボーズ凝縮相では,「場の量子論」が他の領域ほどには有効ではありません。ここでは,凝縮波動関数と準粒子グリーン関数に対する確立した「系統的繰り込み法」が存在しなかったのです。
この状況を打開すべく,上記の論文では,「ヒューゲンホルツ-パインズの定理」と「保存則」を同時に満たす自己無撞着摂動展開理論を構築することに挑みました。それらは厳密な理論が持つ性質ですが,そのような性質をもつ近似理論は知られておらず,また構成出来るのか否かもわかっていませんでした。この目的のために,まず,凝縮ボーズ粒子系で満たされる厳密な関係式を二つ導出しました。そして,フェルミ粒子系で良く知られた「ラッティンジャー・ワード汎関数」を凝縮ボーズ粒子系へと一般化し,それら二つの関係式を用いて凝縮に伴うファインマン図形の重みを決定するという方法で,自己無撞着理論が系統的に構成できることを示しました。このようにして,半世紀にもおよぶ未解決問題に決着をつけることができたのです。この理論は,凝縮ボーズ粒子系の理論を書き換える可能性を秘め,その解明に向けて基本的な重要性を持つと考えています。
トップ