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この物質は、1985-6年にドイツ・オランダ・アメリカのグループによって独立に発見されました[1-3]。1987 年に最初の中性子散乱実験が行われ [4]、 Toより低温で反強磁性秩序の発達が観測されたことから、磁性と超伝導が共存する系として注目を集めました。しかし、AF相の秩序磁気モーメントの大きさ(μord)はわずか 0.03 μB(ボーア磁子)程度と極めて小さく、転移に伴うエントロピー変化量と単純には対応しません。さらに、AF 秩序で期待される内部磁場がSi 核 NMR やμSR 測定では観測されない、という奇妙な点があり、弱い反強磁性が相転移の本質かどうかが問題となっていました。これらの実験事実を説明するために様々な理論的アイデアが提案されてきましたが、それらは、弱い反強磁性を本質と考える立場と副次的現象ととらえる立場の二つに大きく分かれます。前者では秩序変数は f 電子のスピンであり、g 因子が量子揺らぎ等により抑制される機構が議論され、後者では、未だ観測にかからない反強四極子秩序[5]などの「隠れた秩序」の存在が提案されてきました。この問題に対し私達は最近、圧力に対するAF相の応答を中性子・NMR・μSRを用いて調べ、AF相の起源について次のような新しい事実を明らかにしました。
先ず、静水圧下中性子散乱実験(P < 2.8 GPa)を原研・阪大・Leiden大との共同研究として行いました[6]。その結果、加圧に伴い反強磁性による中性子のBragg散乱強度が著しく増強される振る舞いを見つけ、AF相を調べる上で圧力が有効なパラメータであることがわかりました(図1)。約1 GPaの加圧によってμordは 0.02 mB/U から0.25 μB/U へと連続的に変化し、さらに Pc ~ 1.5 GPaで 0.4 μB/Uへと急激に増大します。Pc より高圧では、系は3D-Ising 型反強磁性体として振る舞うことがわかりました。
この実験とほぼ並行して、松田和之氏(都立大)らが静水圧下29Si-NMR測定を行い、圧力誘起反強磁性に伴う共鳴線の分裂を発見しました [7]。しかし、観測された分裂は「部分的」であり、常磁性状態で存在する共鳴線が反強磁性発生後も有限値をとって残ることがわかりました。さらに、AFの発生により分裂した共鳴線は、その強度が加圧で増加するのに対し、共鳴周波数は殆ど圧力に依存しません。この結果から、AF相は試料内に不均一に発生していること、そして、中性子散乱強度の変化は、μord ではなくAF相の体積率 VAF の増大を見ていたに過ぎないことが明らかとなりました。
NMR測定の最低圧は0.3 GPaでしたが、圧力下における両実験結果の対応から、常圧下における VAF の値は僅か1% 弱と見積ることができます。これは通常のNMRやμSRの分解能では観測できない大きさです。すなわち、中性子散乱によってのみ観測される弱い反強磁性の本質は、試料内の微少領域で発生する反強磁性の「島」であることがこれらの実験結果より強く示唆されます。(ごく最近、松田氏らはさらに精度を高めた実験を行い、常圧においても反強磁性の共鳴ピークが存在することを確かめています[8]) また、このことは同時に、試料の99% 以上を占め、比熱に大きな異常をもたらす「隠れた秩序」がこの系に確かに存在することを意味しています。
この隠れた秩序と反強磁性の競合状態を更に詳しく調べるために、静水圧下μSR 実験をスイス・ポールシェラー研究所(PSI)で行いました[9]。金属に対する NMR 実験では試料表面近傍の性質しか観測できず、また、試料を粉末化するため歪みによる影響を受ける恐れがあります。その点、μSRは単結晶内部を輪切りにして(しかもゼロ磁場で)観測できるという利点があります。実験の結果、AF相の圧力誘起に顕著な試料依存性があることを確かめました。μSRスペクトルの初期アシンメトリーおよび回転周波数の圧力・温度依存性に対する詳しい解析から、この系では、両秩序相が同程度の凝縮エネルギー(To ~ 17.5 K; TN ~ 20K)を持ってほぼ縮退し、試料の熱処理や加圧で起こる微視的環境の変化によって1次転移していることがわかりました(図2、図3)。私達はさらに1軸応力を用いた詳しい実験から、この不均一磁性発現の引き金となる物理量として、軸性格子歪みc/aが重要であろうと考えています。[10]
以上、高圧下における三つの微視的磁気測定結果に基づくと、URu2Si2では、基本的には隠れた秩序と超伝導の2相が競合もしくは共存しており、そこに僅かな歪みの影響によって反強磁性相が1次相転移で不均一に誘起される、という描像を描くことができます。「弱い反強磁性は本質か」という15年来停滞していた議論に対する答えを得たことは、この系の理解に対するひとつの大きな前進といえるでしょう。しかし、このような磁性-非磁性相分離状態がどのような形態をとって広い圧力-温度領域で安定に存在しうるのか、まだわかよくわかっていません。また、肝心の隠れた秩序の本質はなにか、また超伝導とはどのような関係にあるのか、という問題は依然として解けておらず、さらに詳しい研究を進めているところです。
ここにあげた研究は、以下の方々との共同研究です: 目時直人氏(原研先端研)、佐藤真直氏(SPring-8/JASRI)、河原崎修三教授(阪大理)、渡邊健二氏(阪大理)、都福仁教授(阪大理)、吉沢英樹教授(東大物性研)、髭本亘氏(高エ研物構研)、永嶺謙忠教授(高エ研物構研)、Dr. D. Andreica(ETH Zurich, UBB)、Prof. A. Schenck(ETH Zurich)、Prof. F.N. Gygax(ETH Zurich)、Dr. A. Amato(PSI)、松田和之氏(都立大理)、小堀洋教授(千葉大理)、小原孝夫教授(姫路工大理)、Prof. J.A. Modish(Leiden大)、Dr. Huang Ying Kai(Amsuerdam大)、桑原慶太郎氏(都立大理)、横山淳氏(茨城大理)、天谷健一氏(北大理)、野崎順氏(北大理)、宮崎志功氏(北大理)、伊藤征一朗氏(北大理)。
参照文献
[1] T.T.M. Palstra et al., Phys. Rev. Lett. 55 (1985) 2727.
[2] W. Schlabitz et al., Z. Phys. B 62 (1986) 171.
[3] M.B. Maple et al., Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 185.
[4] C. Broholm et al., Phys. Rev. Lett. 58 (1987) 1467.
[5] F.J. Ohkawa and H. Shimizu, J. Phys.: Condens. Matter 11 (1999) L519.
[6] H. Amitsuka et al., Phys. Rev. Lett. 83 (1999) 5114; J. Phys. Soc. Jpn. 69 (2000) suppl. A. 5.
[7] K. Matsuda et al., Phys. Rev. Lett. 87 (2001) 87203; Physica B 312-313 (2002) 504.
[8] K. Matsuda et al., J. Phys.: Condens. Matter 15 (2003) 2363.
[9] H. Amitsuka et al., Physica B 326 (2003) 418.
[10] M. Yokoyama et al., J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) Suppl. 264; Ph.D. Thesis, Hokkaido University, 2003.
[TOPICS] URu2Si2 における隠れた秩序と微弱反強磁性
URu2Si2 は、17.5 K(= To) でウランの5f 電子による2 次相転移を示し、約1.2 K(= Tc)で異方的超伝導状態に転移する重い電子系超伝導体です。このTo における相転移で5f 電子のどんな自由度が凍結しているのか(= 秩序変数は何か)という問題は、重い電子系分野で長年解けていない問題の一つとして注目されています。この物質は、1985-6年にドイツ・オランダ・アメリカのグループによって独立に発見されました[1-3]。1987 年に最初の中性子散乱実験が行われ [4]、 Toより低温で反強磁性秩序の発達が観測されたことから、磁性と超伝導が共存する系として注目を集めました。しかし、AF相の秩序磁気モーメントの大きさ(μord)はわずか 0.03 μB(ボーア磁子)程度と極めて小さく、転移に伴うエントロピー変化量と単純には対応しません。さらに、AF 秩序で期待される内部磁場がSi 核 NMR やμSR 測定では観測されない、という奇妙な点があり、弱い反強磁性が相転移の本質かどうかが問題となっていました。これらの実験事実を説明するために様々な理論的アイデアが提案されてきましたが、それらは、弱い反強磁性を本質と考える立場と副次的現象ととらえる立場の二つに大きく分かれます。前者では秩序変数は f 電子のスピンであり、g 因子が量子揺らぎ等により抑制される機構が議論され、後者では、未だ観測にかからない反強四極子秩序[5]などの「隠れた秩序」の存在が提案されてきました。この問題に対し私達は最近、圧力に対するAF相の応答を中性子・NMR・μSRを用いて調べ、AF相の起源について次のような新しい事実を明らかにしました。
先ず、静水圧下中性子散乱実験(P < 2.8 GPa)を原研・阪大・Leiden大との共同研究として行いました[6]。その結果、加圧に伴い反強磁性による中性子のBragg散乱強度が著しく増強される振る舞いを見つけ、AF相を調べる上で圧力が有効なパラメータであることがわかりました(図1)。約1 GPaの加圧によってμordは 0.02 mB/U から0.25 μB/U へと連続的に変化し、さらに Pc ~ 1.5 GPaで 0.4 μB/Uへと急激に増大します。Pc より高圧では、系は3D-Ising 型反強磁性体として振る舞うことがわかりました。
図1 静水圧下中性子散乱実験によって得られたURu2Si2単結晶の反強磁性モーメントμordの温度・圧力変化。(反強磁性が試料に一様であると仮定して求めている)
この実験とほぼ並行して、松田和之氏(都立大)らが静水圧下29Si-NMR測定を行い、圧力誘起反強磁性に伴う共鳴線の分裂を発見しました [7]。しかし、観測された分裂は「部分的」であり、常磁性状態で存在する共鳴線が反強磁性発生後も有限値をとって残ることがわかりました。さらに、AFの発生により分裂した共鳴線は、その強度が加圧で増加するのに対し、共鳴周波数は殆ど圧力に依存しません。この結果から、AF相は試料内に不均一に発生していること、そして、中性子散乱強度の変化は、μord ではなくAF相の体積率 VAF の増大を見ていたに過ぎないことが明らかとなりました。
NMR測定の最低圧は0.3 GPaでしたが、圧力下における両実験結果の対応から、常圧下における VAF の値は僅か1% 弱と見積ることができます。これは通常のNMRやμSRの分解能では観測できない大きさです。すなわち、中性子散乱によってのみ観測される弱い反強磁性の本質は、試料内の微少領域で発生する反強磁性の「島」であることがこれらの実験結果より強く示唆されます。(ごく最近、松田氏らはさらに精度を高めた実験を行い、常圧においても反強磁性の共鳴ピークが存在することを確かめています[8]) また、このことは同時に、試料の99% 以上を占め、比熱に大きな異常をもたらす「隠れた秩序」がこの系に確かに存在することを意味しています。
この隠れた秩序と反強磁性の競合状態を更に詳しく調べるために、静水圧下μSR 実験をスイス・ポールシェラー研究所(PSI)で行いました[9]。金属に対する NMR 実験では試料表面近傍の性質しか観測できず、また、試料を粉末化するため歪みによる影響を受ける恐れがあります。その点、μSRは単結晶内部を輪切りにして(しかもゼロ磁場で)観測できるという利点があります。実験の結果、AF相の圧力誘起に顕著な試料依存性があることを確かめました。μSRスペクトルの初期アシンメトリーおよび回転周波数の圧力・温度依存性に対する詳しい解析から、この系では、両秩序相が同程度の凝縮エネルギー(To ~ 17.5 K; TN ~ 20K)を持ってほぼ縮退し、試料の熱処理や加圧で起こる微視的環境の変化によって1次転移していることがわかりました(図2、図3)。私達はさらに1軸応力を用いた詳しい実験から、この不均一磁性発現の引き金となる物理量として、軸性格子歪みc/aが重要であろうと考えています。[10]
図2 静水圧下ゼロ磁場ミュオンスピン緩和測定によって得られたURu2Si2単結晶(as grown)における反強磁性体積率および自発的ミュオンスピン回転周波数の温度・圧力変化。
図3 NMRおよびμSR測定によって得られた異なるURu2Si2試料に対する反強磁性体積率の圧力変化の比較
以上、高圧下における三つの微視的磁気測定結果に基づくと、URu2Si2では、基本的には隠れた秩序と超伝導の2相が競合もしくは共存しており、そこに僅かな歪みの影響によって反強磁性相が1次相転移で不均一に誘起される、という描像を描くことができます。「弱い反強磁性は本質か」という15年来停滞していた議論に対する答えを得たことは、この系の理解に対するひとつの大きな前進といえるでしょう。しかし、このような磁性-非磁性相分離状態がどのような形態をとって広い圧力-温度領域で安定に存在しうるのか、まだわかよくわかっていません。また、肝心の隠れた秩序の本質はなにか、また超伝導とはどのような関係にあるのか、という問題は依然として解けておらず、さらに詳しい研究を進めているところです。
ここにあげた研究は、以下の方々との共同研究です: 目時直人氏(原研先端研)、佐藤真直氏(SPring-8/JASRI)、河原崎修三教授(阪大理)、渡邊健二氏(阪大理)、都福仁教授(阪大理)、吉沢英樹教授(東大物性研)、髭本亘氏(高エ研物構研)、永嶺謙忠教授(高エ研物構研)、Dr. D. Andreica(ETH Zurich, UBB)、Prof. A. Schenck(ETH Zurich)、Prof. F.N. Gygax(ETH Zurich)、Dr. A. Amato(PSI)、松田和之氏(都立大理)、小堀洋教授(千葉大理)、小原孝夫教授(姫路工大理)、Prof. J.A. Modish(Leiden大)、Dr. Huang Ying Kai(Amsuerdam大)、桑原慶太郎氏(都立大理)、横山淳氏(茨城大理)、天谷健一氏(北大理)、野崎順氏(北大理)、宮崎志功氏(北大理)、伊藤征一朗氏(北大理)。
参照文献
[1] T.T.M. Palstra et al., Phys. Rev. Lett. 55 (1985) 2727.
[2] W. Schlabitz et al., Z. Phys. B 62 (1986) 171.
[3] M.B. Maple et al., Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 185.
[4] C. Broholm et al., Phys. Rev. Lett. 58 (1987) 1467.
[5] F.J. Ohkawa and H. Shimizu, J. Phys.: Condens. Matter 11 (1999) L519.
[6] H. Amitsuka et al., Phys. Rev. Lett. 83 (1999) 5114; J. Phys. Soc. Jpn. 69 (2000) suppl. A. 5.
[7] K. Matsuda et al., Phys. Rev. Lett. 87 (2001) 87203; Physica B 312-313 (2002) 504.
[8] K. Matsuda et al., J. Phys.: Condens. Matter 15 (2003) 2363.
[9] H. Amitsuka et al., Physica B 326 (2003) 418.
[10] M. Yokoyama et al., J. Phys. Soc. Jpn. 71 (2002) Suppl. 264; Ph.D. Thesis, Hokkaido University, 2003.
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