Colloquium
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Colloquium 2008
- 題目:
アボガドロ数への挑戦
- 講師:
伊藤伸泰 氏
(
東京大学大学院工学系研究科・准教授
)
- 日時
2008年7月23日(水曜日)17:00〜18:00
- 場所
理学部2号館2階11号室(2-2-11)
- 要旨
今世紀に入り計算機性能の成長が加速したように見える。その嚆矢は我が国の
地球シミュレータであった。計算機が速くなると、これまでの問題がより速くよ
り精密にわかるだけではない。以前は計算機とは無関係だった問題が、計算機が
ある性能を越えた瞬間に計算機を軸に急発展するという革新的な面こそが重要で
あり、質的な転換をもたらす。しかし質的な進展を見通すことは通常、容易では
ない。どれほどの計算量が不可能を可能にするのかを見積もる困難さ故である。
現在、2011年に1秒間に1京回計算する計算機の実現を目指す「京速計算機」計
画が進められている。京速計算機以降に可能となる不可能はなにか?という問い
には明快な答えがある。京速計算機を2年間使うと6×10^23回計算できることに
なるが、この数字はアボガドロ数として知られている数に相当する。アボガドロ
数は人間の回りの物質中に含まれる分子の数を象徴する数である。京速計算機が
可能とする不可能とはすなわち、原子分子に基づいて物質のふるまいを解明する
ことである。京速計算機にその革新性に基づいた名前をつけるならば、「アボガ
ドロ級計算機」となろう。
物質から原子へと要素還元的な色彩が強い物理学ではあるが、要素から全体の
再構成を目指す研究も活発である。統計物理学と呼ばれる現代物理学の根幹分野
の1つである。アボガドロ数はこれまでは事実上無限大として扱われ、物質の熱
力学的な性質では成功をおさめてきた。しかし例えば熱伝導・電気伝導・流体運
動といった流れが含まれているような現象では限定的であった。こうした現象は、
熱力学的な状態を指す平衡状態と対比して非平衡状態呼ばれる。この困難に対し、
20世紀の最後の年に突破口が開かれた。我々が計算機を活用し、熱の流れを分子
運動に基づいて再現することに成功したのである。この研究はその後、電気伝導
や流体運動の解明からさらに界面の構造を通して相転移の非平衡ふるまいへと発
展してきた。こうした課題が計算の量により解決できることが明らかとなったの
である。そして今、アボガドロ数は巨大だが有限の数で必要ならば計算機により
手が届くようになろうとしている。複雑な非平衡挙動を分子運動に基づいて再現
し理解し制御し設計することにより拓かれる可能性は大きいと期待される。
本研究の目標は、その先鞭をつけることである。20年前のスーパーコンピュー
タの性能を今日のノートパソコンが越えているように、1人1人の計算機がアボ
ガドロ級を越える時代の科学技術を産み出すために。
- 連絡先: 根本 幸児 (内線 3441)
物理コロキウム世話人 奥田 浩司 (内線 3442)