Research Topic

固体中における多極子の分類論

多極子は固体中の1原子上の異方的な電荷分布や磁荷分布を表すのに用いられており,電子が強く局在化しているf電子系を中心に研究が進展してきました.そこでは,単純な磁気双極子(スピン)秩序だけでなく,原子に局在した電気四極子や磁気八極子といった非自明な電子自由度が現れ,新しい自発的な秩序や揺らぎをもたらすことが知られています.一方近年では,f電子系のみならず,様々な系における電子自由度を多極子の観点から理解しようとする試みがされています. こうした従来の多極子概念の拡張は,トロイダル多極子や奇パリティ多極子といった更なる非従来型多極子の記述を可能とするため,それに伴う新規物性が期待されています.

本研究において我々は,32の結晶点群の元で活性化する多極子自由度とそれらがもたらす物性を網羅的に調べ上げました. まず,実空間および波数空間における多極子の微視的枠組みを構築することにより,4つの多極子(電気多極子,磁気多極子,磁気トロイダル多極子,電気トロイダル多極子)がどのような結晶点群や電子の基底関数において活性となるかを明らかにしました. さらに,電子状態におけるバンド構造の変形や,電気磁気効果や磁気弾性効果における応答テンソルの性質を多極子の視点からまとめました. こうした多極子による電子自由度の一般的記述は,輸送現象や励起構造,交差相関現象を統一的に理解・予測する上で有益な情報を与えるだけでなく,電場,電流,スピン流,磁場,弾性場,熱流といった種々多様な外場応答に対するさらなる交差相関現象を示す新規物質の探索に指針をもたらすことが期待されます.

S. Hayami, M. Yatsushiro, Y. Yanagi, and H. Kusunose, Phys. Rev. B 98, 165110 (2018) [selected in Editors' Suggestion]

スピン軌道結合金属におけるNeel/Bloch型スキルミオン

本研究において我々は,スピン軌道相互作用を有する遍歴磁性体模型においてどのような多重Q磁気秩序相が発現するかを詳細に調べました. 具体的には,正方格子上におけるラッシュバスピン軌道相互作用をもつ近藤格子模型において,局在スピンと遍歴電子スピン間に働く交換相互作用に関する摂動展開を行い,局在スピン間に生じる有効交換相互作用を導出することにより,有効スピン模型を構築しました. 得られた模型に対して,モンテカルロ・シミュレーションという数値計算を行うことにより,どのような磁気秩序相が生じ得るかを系統的に調べ上げました. その結果,波数空間における異方的で対称的な交換相互作用および反対称的な交換相互作用が様々な多重Q磁気秩序相の発現に重要な役割を果たしていることを明らかにしました. 特に,ラッシュバスピン軌道相互作用を有する磁性体模型において,従来のNeel型スキルミオンが現れるだけではなく,Bloch型スキルミオンが発現する可能性を理論計算の立場から提案しました.

S. Hayami and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 121, 137202 (2018) [selected as Cover image]
S. Hayami and Y. Motome, IEEE Transactions on Magnetics 55, 0018-9464 (2018)

トロイダル多極子に対する量子力学的演算子の定式化

固体中における電子は結晶場やスピン軌道相互作用といった様々な要因により,異方的な電荷分布や磁荷分布を示します.このような異方性は多極子によって特徴づけられ,系の電気的・磁気的応答や輸送現象を対称性や微視的な観点から理解する上で役に立ちます. 一般に多極子は空間反転対称性および時間反転対称性の有無に応じて電気多極子,磁気多極子,磁気トロイダル多極子,電気トロイダル多極子の4種類に分類されますが,これらの中でも2つのトロイダル多極子が原子サイトに"局所的"に誘起される可能性についてはほとんど議論されていませんでした.

我々は,電磁気的なスカラー・ベクトルポテンシャルに関する多極子展開を行うことにより,トロイダル多極子の量子力学的演算子表現を導出しました. また,これらの磁気・電気トロイダル多極子が局所パリティ混成系において活性となることを示し,それらが秩序化した際に生じる交差相関現象を明らかにしました.

S. Hayami and H. Kusunose, J. Phys. Soc. Jpn. 87, 033709 (2018)

遍歴磁性体における非共面磁気構造の安定化起源の解明

非共線的あるいは非共面的な磁気秩序は,トポロジカルに非自明な状態や新しい低エネルギー励起をしばしば生み出すことから物性物理学における興味深いテーマの一つとなっています.こうした磁気構造を安定化させる新たな候補物質の一つして,局在スピンと遍歴電子からなる遍歴磁性体が注目されています. 近年,スピン軌道相互作用が弱い遍歴磁性体においても,スキルミオン結晶相を含む様々な非共面的な磁気秩序相が格子構造に依らず見出されています.これらの結果から,遍歴磁性体には非共面的な磁気構造を誘起する機構が内在していることが示唆されますが,電子の遍歴性に由来して現れる有効相互作用が多種多様であるため,本質的なメカニズムに対する統一的な理解は未解明なままでした.

本研究では,遍歴磁性体に現れる非共面的な磁気不安定性の起源を統一的に理解するために,遍歴電子に由来した有効交換相互作用の性質を調べました. 具体的には,近藤格子模型において,局在スピンと遍歴電子スピン間にはたらく交換相互作用に関する摂動展開を高次まで系統的に行うことにより,局在スピン間に生じる有効交換相互作用を導出しました. その結果,波数空間における双二次交換相互作用が非共面的な磁気秩序の発現に本質的な役割を果たしていることを見出しました,また,これまでに報告されていた種々の特異な磁気構造が我々の提案した有効スピン模型によって説明可能であることを明らかにしました.

S. Hayami, R. Ozawa, and Y. Motome, Phys. Rev. B 95, 224424 (2017), erratum [selected in Kaleidoscopes]
R. Ozawa, S. Hayami, and Y. Motome, Phys. Rev. Lett. 118, 147205 (2017)
R. Ozawa, S. Hayami, K. Barros, G. W. Chern, Y. Motome, and C. D. Batista, J. Phys. Soc. Jpn. 85, 103703 (2016)
S. Hayami and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 060402(R) (2014)

フラストレート磁性体におけるスキルミオン結晶相

トポロジカルに非自明な磁気構造として特徴づけられる磁気スキルミオンは,2009年に空間反転対称性をもたないB20系合金で観測されて以降,トポロジカルホール効果や電気磁気効果といった多くの興味深い物性現象を通じて盛んに研究されてきました. これらのスキルミオンの発現には,空間反転対称性が破れた系の下でのスピン軌道相互作用に由来したジャロシンスキー・守谷相互作用が重要な役割を担っていることが知られています. 一方で,フラストレートした相互作用をもつ磁性体においても,しばしば非共線的あるいは非共面的な磁気構造をもつ秩序状態が実現することが知られており,最近になってフラストレート磁性体におけるスキルミオン結晶相が理論的に提案されるなど精力的に研究が行われてきています.

我々は,こうしたフラストレート磁性体におけるスキルミオン結晶相の安定性を明らかにするために,磁気的な容易軸異方性を取り込んだ三角格子上の古典ハイゼンベルグ模型に対する解析を行いました. 解析計算,変分計算およびモンテカルロ計算を相補的に用いることにより,基底状態から有限温度にわたってスキルミオン相の安定性を調べた結果,フラストレート磁性体においてスキルミオン相が発現するための 3つの要素, (1)格子の6回回転対称性,(2)フラストレート相互作用に由来した有限の波数をもつ秩序ベクトル,(3)容易軸異方性,を明らかにしました.

S. Hayami, S.-Z. Lin, and C. D. Batista, Phys. Rev. B 93, 184413 (2016)
C. D. Batista, S.-Z. Lin, S. Hayami, and Y. Kamiya, Rep. Prog. Phys. 79, 084504 (2016)
S.-Z. Lin and S. Hayami, Phys. Rev. B 93, 064430 (2016)

隠れた反対称スピン軌道相互作用が引き起こす非従来型多極子秩序と非対角応答

空間反転対称性が破れた系におけるスピン軌道相互作用は,非従来型の超伝導やマルチフェロイクスなど,多くの興味深い現象を引き起こすことから,精力的な研究対象となっています.ここで鍵となるのは,空間反転対称性の破れのもとで生じる反対称スピン軌道相互作用です.近年,反対称スピン軌道相互作用の発現には,必ずしも系の大域的な空間反転対称性の破れは必要ではなく,原子サイトにおける局所的な反転対称性の破れに伴う局所的なパリティ混成が本質的であることが指摘されました.

そこで我々は,こうした局所的なパリティ混成がもたらす物理のうち,特に遍歴電子系に現れる新奇な量子現象に着目した研究を行いました.その結果,従来は絶縁体において議論されていたトロイダル秩序が金属においても実現し,新奇な磁気伝導や電気磁気効果を誘起することを明らかにしました.また,電荷・スピン・軌道秩序による自発的な空間反転対称性の破れが,サイトに依存する形で隠れていた局所的な反対称スピン軌道相互作用を活性化し,スピン分裂を伴うバンド構造の変化や電気磁気効果をもたらすことを明らかにしました.本研究は,局所的なパリティ混成による新しい電子秩序相とそれに伴う輸送・応答現象の先駆けとなるものです.

S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 97, 024414 (2018)
Y. Yanagi, S. Hayami, and H. Kusunose, Phys. Rev. B 97, 020404 (2018)
Y. Yanagi, S. Hayami, and H. Kusunose, Physica B: Condensed Matter 536, 107-110 (2018)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Physica B: Condensed Matter 536, 649-653 (2018)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys.: Condens. Matter 28, 395601 (2016)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 85, 053705 (2016)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012101 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 592, 012131 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 84, 064717 (2015)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 081115(R) (2014)
S. Hayami, H. Kusunose, and Y. Motome, Phys. Rev. B 90, 024432 (2014) [selected in Editors' Suggestion]

遍歴電子系におけるディラック電子を伴う多重Q磁気秩序

異なる波数をもつ複数の秩序の重ね合わせで構成される多重Q磁気秩序は,しばしば非共面的な磁気構造を示すとともに,トポロジカルに非自明な状態や新しい低エネルギー励起を生み出すことから注目を集めています.我々は,幾何学的なフラストレーションによらない多重Q磁気秩序の発現可能性を調べる目的で,立方格子上の非共面的な磁気構造を理論的に調べました. その結果,立方格子上では,三重Q磁気秩序が三次元ディラック型の線形分散をもたらすことを見出しました. 同時に,ギャップレスな表面状態が現れること,外部磁場のもとでワイル半金属が現れること,適当な摂動のもとでトポロジカル絶縁体が得られることを明らかにしました.さらに,この三重Q秩序が,近藤格子モデルや周期的アンダーソンモデルといった遍歴電子モデルで安定に現れることを示しました.これらの結果は,この非共面的な磁気構造の実現には,幾何学的フラストレーションというよりも,むしろ電子の遍歴性が重要な役割を果たしていることを意味しています.

S. Hayami, T. Misawa, Y. Yamaji, and Y. Motome, Phys. Rev. B 89, 085124 (2014)

立方格子上の近藤系が示す電荷秩序

局在電子と遍歴電子が相互作用する近藤系では,遍歴電子の運動に起因した局在スピン間の有効相互作用であるRKKY相互作用と,局在電子と遍歴電子の間に働く近藤カップリングの競合によって,磁気秩序状態や重い電子挙動を示す常磁性状態などの様々な状態が現れることが知られています. 本研究では,これらの多種多様な状態のうち,電荷秩序状態が発現する可能性に着目しました. 近藤系における電荷秩序の可能性は,過去に数多くの研究がされてきたが,電荷秩序の発現機構や3次元系における発現可能性,磁気秩序との関連性など,未解決な問題が数多く残されていました.

そこで我々は,近藤系の基本的なモデルの一つである周期的アンダーソンモデルを採用し,パラメタを系統的に制御することで3次元系における電荷秩序状態の発現可能性,磁気秩序との関連性を調べました. その結果,波数(π,π,π)をもつ電荷秩序が基底状態相図の広いパラメタ領域で発現することを明らかにしました. さらに,3次元立方格子における電荷秩序相は有効的に磁気的なフラストレーションを誘起し,電荷秩序と非共面的な磁気秩序が共存した状態が実現することを見出しました.

S. Hayami, T. Misawa, and Y. Motome, JPS Conf. Proc. 3, 016016 (2014)

近藤系が示す部分無秩序

近藤格子系における量子臨界点近傍に生じる新奇な量子状態の一つとして,幾何学的フラストレーションのもとで現れる部分無秩序状態が挙げられます. 部分無秩序状態とは,磁気秩序を形成して有限の磁気モーメントを保持するサイトと近藤一重項を形成して磁気モーメントが消失するサイトが, フラストレーションを解消するように空間的に共存する特殊な磁気秩序状態です.

我々は,三角格子上の周期的アンダーソンモデルの基底状態を平均場近似を用いて解析し,部分無秩序状態の性質を調べました. その結果,ハーフフィリングと他のコメンシュレートフィリングで,異なる特徴を持つ2種類の絶縁体的な部分無秩序状態を見出しました. 両者の共通の性質として,どちらも電荷秩序を伴っており,電荷の自由度が部分無秩序状態の安定化機構に重要な役割を果たしています. また,非磁性サイトを中心とする電子波動関数の空間的な広がり方に定性的な違いが見られ,ハーフフィリングの電子密度で生じる部分無秩序状態においては, その空間構造の違いが状態密度に鋭いピーク構造をもたらすことを見出しました. 一方で,他のコメンシュレートなフィリングにおける部分無秩序状態にホールドーピングをすることによって, これまでに得られていなかった金属的な部分無秩序状態が発現することを明らかにしました.

S. Hayami, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 81,103707 (2012)
S. Hayami, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys.: Conf. Ser. 400, 032018 (2012)
S. Hayami, M. Udagawa, and Y. Motome, J. Phys. Soc. Jpn. 80, 073704 (2011)