フェロアキシャル秩序下における磁気異方性と磁気不安定性
磁気構造の安定性と結晶構造の対称性は、その対称性を反映した異方的な磁気的相互作用を介して密接に関係しています。 例えば空間反転対称性の破れた系では、ジャロシンスキー・守谷相互作用が現れ、これが強磁性的な交換相互作用と競合することにより、カイラルらせん磁気構造やスキルミオン結晶の微視的起源になります。 一方、時間・空間反転対称性は有するが、鏡映対称性の破れたフェロアキシャル秩序系において、どのような磁気不安定性が生じるのかについてはよくわかっていませんでした。 ここでフェロアキシャル秩序相とは、時間反転偶の軸性ベクトルである電気トロイダル双極子モーメントが強的に配列した状態であり、外場と応答の空間・時間のパリティが等しい非対角応答現象の発現を引き起こすという従来の秩序相とは異なる物性を示すことから近年注目を集めています。
本研究では、フェロアキシャル秩序下における磁気異方性および磁気不安定性の理論解析を行いました。
具体的には、スピン軌道相互作用および電気トロイダル双極子を促す分子場に関する摂動計算を行うことで、フェロアキシャル秩序相のもと磁気異方性が現れるための微視的条件を明らかにしました。
また、得られた理論形式を3サイト副格子および4サイト副格子からなる5軌道d電子模型に適用し、サイト依存する結晶場、スピン軌道相互作用、交換相互作用を考慮した平均場計算を行うことで、異なるヘリシティを有する渦型の磁気構造が発現することを見出しました。
A. Inda and S. Hayami, Phys. Rev. B 109, 174424 (2024)
電気トロイダル単極子を用いたキラリティの定量的評価
キラリティは自身とその鏡像が重ならない形態を指す用語です。 対称性の観点からは空間反転対称性および鏡映対称性の破れを伴うが、時間反転対称性の保たれた擬スカラー量として特徴づけられます。 こうしたキラリティ構造する有する分子や結晶は多数存在しており、最近ではキラリティ誘起スピン選択性などの興味深い現象が多数報告されています。 一方、こうしたキラリティに対する対称性の枠組みを超えた微視的表式は未知であったため、物質がもつキラリティ度合いに関する定量的理解は不十分でした。
本研究では、電子系の自由度を微視的に記述する多極子完全基底に基づいた理論解析により、電気トロイダル単極子G0がキラリティの定量的評価に適した物理量であるという理論提案を行いました。
具体的には、アキラルなメタン分子に対して適当な構造歪みを考慮することで、メタン分子をキラル化する状況を考え、そのもとでキラル度を電気トロイダル単極子G0を評価することで解析しました。
解析の際には、第一原理バンド計算の結果から有効ワニエ模型を用い、得られた状態空間内の電子自由度に対して活性になり得るG0の表式を導出しました。
得られた有効模型において、キラル化を促す構造歪みの影響を取り込むことで、G0の期待値を評価し、その符号と大きさが、掌性とボンド変調度合いに関係していることを明らかにしました。
また、G0を誘起するための必要な微視的要素についての解析も行い、スピン軌道相互作用に由来するスピン依存型の電子ホッピングが重要な役割を果たすことを明らかにしました。
A. Inda, R. Oiwa, S. Hayami, H. M. Yamamoto, and H. Kusunose, J. Chem. Phys. 160, 184117 (2024)
対称性に基づくレーザー誘起磁気異方性の分類
物性は、電場や磁場、圧力といった外場によって大きく性質を変えることがあります。 その中でも近年における実験技術の向上および理論の進展に伴い、レーザーを用いた新しい物性制御の試みが行われています。 とりわけ、時間周期的なレーザー下での物性制御の指針を得るための理論として、フロッケ理論が構築されました。 これは、時間に関して周期的なレーザーのもとでの系の時間発展を時間依存性のない有効ハミルトニアンを用いて記述することを可能にするため、これを用いることで従来では困難であった非平衡状態における物性を調べることができるようになります。 例えば、系の磁性がレーザーによってどのような変調を受けるかは、フロッケ理論から得られる有効的な磁気相互作用を調べることによって理解できます。 先行研究では、らせん構造やスキルミオン構造といった非共線/非共面的な構造を制御できるということが、特定の結晶構造のもとで示されてきましたが、一方で、結晶構造がもつ対称性の影響については明らかにされていませんでした。
我々は、磁性絶縁体における磁化(電気分極)が円偏光レーザー磁場(電場)と結合した際に生じるレーザー誘起磁気異方性を、点群対称性およびフロッケ理論の観点から詳細に調べました。
先行研究では電気分極が逆ジャロシンスキー・守谷(DM)機構で生じるとき、最近接交換相互作用の異方性として反対称相互作用に相当するレーザー誘起DM相互作用が現れることが示されていましたが、
本研究では、より一般的なスピン依存する電気分極機構を起点とすることで、ボンド間に生じる対称・反対称相互作用に相当するレーザー誘起異方性を全て導出することに成功しました。
ここで、スピン依存する電気分極は結晶構造に依存するため、得られたレーザー誘起異方性は結晶点群に応じて大きく異なりますが、網羅的な解析によってそれらの分類を系統的に行いました。
その結果、円偏光レーザー磁場と電場の一次の結合を通じて、系は構造キラリティをもつように磁気異方性を獲得することを示しました。
さらに、円偏光レーザー電場に関する二次の結合を通じて、スピンと電気四極子間の異方的相互作用が生じることを見出し、それらがレーザーによる結晶構造対称性の低下に起因することを明らかにしました。
R. Yambe and S. Hayami, Phys. Rev. B 108, 064420 (2023)
フェロアキシャル秩序が示す非線形横磁気応答
固体中における電子間の多体相互作用の結果として発現する多様な電子秩序相は、様々な自発的対称性の破れによって特徴づけられます。 例えば、強誘電性を示す電子秩序相(強誘電相)は空間反転対称性が破れた際に発現し、強磁性を示す電子秩序相(強磁性相)は時間反転対称性が破れた際に発現します。 こうした電子秩序相のミクロな秩序変数は、多極子モーメントによって表現することができます。 例えば、先ほどの強誘電相では、空間反転に関するパリティが奇、時間反転に関するパリティが偶の電気双極子モーメントが秩序変数に相当し、強磁性相では、それらのパリティが逆の磁気双極子モーメントが秩序変数に相当します。 またもう少し複雑な例としては、強誘電性と強磁性の両方の性質を併せ持つマルチフェロイクス相があり、こちらの秩序変数としては空間・時間両者のパリティが奇である磁気トロイダル双極子モーメントが相当します。
さらに、固体中では空間反転対称性や時間反転対称性以外にも結晶の回転対称性や鏡映対称性があるため、より多彩な自発的対称性の破れが可能になります。
本研究では、空間反転対称性や時間反転対称性ではなく鏡映対称性の破れによって特徴づけられるフェロアキシャル秩序相が示す物性現象に着目しました。
フェロアキシャル秩序相の秩序変数は、空間・時間両者のパリティが偶の電気トロイダル双極子モーメントによって表現され、
これは上記の3つの双極子モーメントとは異なる空間・時間パリティをもつことがわかっていますが、一方、空間・時間対称性から電場および磁場と直接結合しないため、その電磁気的性質は未解明なままでした。
そこで、フェロアキシャル秩序特有の物性現象を開拓するために、電気トロイダル双極子モーメント自由度を有する正方格子d電子模型に対する理論解析を行いました。
平均場計算および非線形久保公式に基づいた理論解析を行った結果、フェロアキシャル秩序が発現した際には外部磁場の3乗に比例した非線形横磁化応答が現れることを明らかにしました。
また得られた磁化率の式を解析・数値的に吟味することにより、その発現に重要な模型パラメタや遷移過程についても明らかにしました。
A. Inda and S. Hayami, J. Phys. Soc. Jpn. 92, 043701 (2023)
ハニカム遍歴磁性体のもとで発現する多様な磁気スキルミオン結晶
トポロジカルに非自明な磁気構造をもつスキルミオン結晶の理論研究に際しては、その構成要素である電子のスピン自由度を含む有効スピン模型に対する研究が多く行われてきました。 一方、固体中には電子のスピン自由度に加えて、電荷自由度や副格子自由度など様々な内部自由度が存在します。 こうした多自由度模型では、自由度間の協奏効果により、従来とは異なるトポロジーの性質を示すスキルミオン結晶の発現が期待できます。 実際にこれまでにも、電荷・スピン自由度をもつ近藤格子模型でスキルミオン数が2のスキルミオン結晶の発現が明らかにされていました。 また、副格子自由度をもつハニカム構造下のスピン模型では、系全体のスキルミオン数の和がゼロになるが、各副格子におけるスキルミオン数が交替的な整数値(+1または-1)で特徴づけられる反強的なスキルミオン結晶が現れることが指摘されています。 このように電子がもつ様々な内部自由度を取り込んだ系では、多彩なスキルミオン結晶の発現が予期されますが、自由度が多くなると解析は困難になるため、 これらの研究は十分に行われてきませんでした。
本研究ではスピン・電荷・副格子自由度の3つの自由度間の協奏効果に着目することで、さらなる新規スキルミオン結晶の可能性および発現機構を理論的に調べました。
そのために最も基本的な模型であるハニカム格子上の近藤格子模型を起点として、摂動論を用いてスピン-電荷自由度の結合効果を含む有効スピン模型を導出しました。
また得られた模型に対して数値焼きなまし法を用いることで磁場相図を作成し、
その結果、次のような異なるスキルミオン数で特徴づけられる四種類のスキルミオン結晶相が広いパラメタ領域で発現することを見出しました。
・各副格子におけるスキルミオン数が+2と-2を取る反強的なスキルミオン結晶 (左上図)
・各副格子におけるスキルミオン数が+1と-1を取る反強的なスキルミオン結晶 (右上図)
・各副格子におけるスキルミオン数が-1と-1を取る強的なスキルミオン結晶 (左下図)
・各副格子におけるスキルミオン数が+2と-1を取るフェリ的なスキルミオン結晶 (右下図)
R. Yambe and S. Hayami, Phys. Rev. B 107, 014417 (2023)
様々な結晶点群における多重Q磁気秩序を統一的に理解するための有効スピン模型構築
複数のらせん構造を重ね合わせた多重Q磁気構造により特徴づけられる磁気スキルミオン結晶は、特異な電子状態や輸送現象を引き起こす起源となることから注目を集めています。 これまでに、こうした磁気スキルミオン結晶に対する安定化機構の理論解析は空間反転対称性の有無に着目して行われてきました。 例えば、空間反転対称性が破れた結晶系では、強磁性相互作用とジャロシンスキー・守谷相互作用の競合が磁気スキルミオン結晶の安定性に重要な役割を果たしており、 空間反転対称性をもつ結晶系では、強磁性・反強磁性交換相互作用の競合や、フェルミ面不安定性に起因した多重スピン相互作用がその安定性に重要であるということが明らかにされています。 さらに最近では、結晶構造に依存した磁気異方性が磁気スキルミオン結晶の新しい安定化機構のひとつとして提案されています。 一方、磁気異方性に由来する相互作用の形は、結晶構造に大きく依存しますが、それらの影響は個別の状況に応じてのみ議論されてきました。
本研究では、立方晶系、正方晶系、六方晶系および三方晶系に属する24個の結晶点群に対して、磁性表現論を駆使することで波数依存性をもつ異方的相互作用の分類を行いました。
その結果、結晶がもつ種々の対称操作に応じて6つの規則が存在することを見出しました。
また、摂動論から導出した有効模型を解析することで、異方的相互作用の符号や大きさを電子状態や結晶場パラメータによって大きく制御できることを示しました。
さらに、これらの効果を取り込んだ有効スピン模型を構築し、数値シミュレーションを行うことで、異方的相互作用が磁気スキルミオン結晶を含む多様な多重Q磁気秩序の源になっていることを明らかにしました。
R. Yambe and S. Hayami, Phys. Rev. B 106, 174437 (2022)
R. Yambe and S. Hayami, Phys. Rev. B 107, 174408 (2023)
強磁性-反強磁性2層系におけるスキルミオン結晶
トポロジカルに非自明な渦状のスピン構造を示す磁気スキルミオン結晶は,様々な電磁応答現象を引き起こす起源となることから注目を集めています. こうした磁気スキルミオン結晶が示す多彩な物性をより深く理解するためには,これらの状態が実現する結晶構造や電子状態を明らかにする必要があります.
我々は,その中でも結晶構造における多層自由度を用いることによって磁気スキルミオン結晶を実現する可能性に着目しました.
特に,単層ではそれぞれ強磁性秩序および反強磁性秩序を示す2つの層を組み合わせた強磁性-反強磁性2層構造からなるスピン模型に対して,
基底状態下での変分計算および有限温度下でのモンテカルロ計算を行うことで,有限波数で特徴づけられるらせん磁性相および磁気スキルミオン結晶相が安定に発現するパラメタ領域を明らかにしました.
特に,2層間における強磁性相互作用と反強磁性相互作用の競合が重要な役割を果たすことを見出しました.
本結果は,積層構造を利用することによって磁気スキルミオン結晶を生成する理論指針を与えるものです.
K. Okigami, R. Yambe, and S. Hayami, J. Phys. Soc. Jpn. 91, 103701 (2022)
ボンド上の磁気トロイダルモーメントを用いた非相反マグノンバンド生成
マグノンの励起構造が波数qと-qに関して非対称になる非相反マグノン励起は,非相反な光学応答や熱伝導の源となることから精力的に研究が行われています. こうした非相反マグノンを示す代表的な磁性体としては,空間反転対称性のない格子構造下での強磁性体が挙げられます. しかし,複雑な格子構造や磁気構造のもとで,マグノン励起構造にどのような非対称分散が生じるか,といった系統的な理解は得られていませんでした.
我々は時間反転対称性と空間反転対称性がともに破れた際に現れる磁気トロイダル多極子に着目して,非相反マグノンが発現するための微視的条件を調べました.
その結果,ボンド上で磁気トロイダル双極子自由度が活性になることにより,マグノンに非相反性が現れることを見出しました.
さらに,磁気構造を特徴づけるクラスター多極子とマグノンの非対称分散の関係性を明らかにしました.
本結果は,あらゆる格子構造および磁気構造に適用可能であるため,ミクロな立場からの非相反マグノンバンド生成に大きく役立つことが期待できます.
T. Matsumoto and S. Hayami, Phys. Rev. B 104, 134420 (2021)
122の磁気点群に対する多極子の分類論
磁性体中の秩序状態は,電子がもつ磁気双極子モーメントの空間的な配列によって特徴づけられますが,その組み合わせには無限の可能性が存在します. 膨大な磁気構造の中から,異常ホール効果や電気磁気効果などの興味深い物性現象を示す磁気構造を抽出して,系統的に調べ上げるために用いられるのがマクロな対称性の概念です. さらに,これらの磁性体をミクロな観点から分類・理解するために導入されたのが,「クラスター多極子」です. 多極子は元々,1原子内における異方的な電荷・磁荷分布を対称性に基づいて表現するために用いられきましたが,最近ではクラスター多極子の概念を導入することで,クラスター内で空間的な構造を有するミクロな磁気双極子の配列と物性現象の結びつきを対称性の枠組みを超えて系統的に表すことができるようになりつつあります.
本研究では,ミクロな電子自由度とマクロな対称性の関係をより深く理解するために,それらを密接に結びつける多極子自由度に立脚した系統的な解析を行いました.
具体的には,磁性体を特徴づける122の磁気点群に対して,活性となる多極子の分類を行うことで,それらの強的な多極子秩序状態がどのような物性現象に対応するかを明らかにしました.
これにより,対称性のみならず,軌道やスピン,副格子といった固体中の内部自由度のうち,どの要素が物性現象の発現に重要であるかを知ることができるようになりました.
本成果により,外場応答などの物性現象とミクロな電子自由度の関係性がより見通し良くなることが期待できます.
M. Yatsushiro, H. Kusunose, and S. Hayami, Phys. Rev. B 104, 054412 (2021)
水平鏡映対称性の破れた系における磁気スキルミオン結晶
トポロジカルに非自明なスピンテクスチャによって特徴づけられる磁気スキルミオン結晶は,幾何学的位相に起因した電子状態や輸送現象を示すことから注目を集めています. こうした磁気スキルミオン結晶の安定化機構は,主に空間反転対称性の有無に応じて分けられます. 例えば,空間反転対称性が破れた際には,スピン軌道相互作用に由来したジャロシンスキー・守谷相互作用が重要な役割を果たし,また空間反転対称性が保たれている場合には,フラストレート相互作用や,フェルミ面不安定性に起因した多重スピン相互作用が重要な役割を果たします. 一方,結晶には空間反転対称性のみならず,回転対称性や鏡映対称性といった他の点群対称性が存在しますが,これらの対称性の破れが磁気スキルミオン結晶の安定化に与える影響はほとんど明らかにされていませんでした.
本研究では,水平鏡映面をもたない空間反転対称な遍歴磁性体に対する理論解析を行うことで,磁気スキルミオン結晶の新しい発現機構の可能性を調べました.
結晶の対称性を考慮した有効スピン模型を構築し,得られた模型に対して,焼きなまし法および変分法による数値解析を行うことで,水平鏡映面の破れから生じる異方的なRKKY相互作用が,磁場の値に依存して異なるスキルミオン数をもつ磁気スキルミオン結晶を安定化することを明らかにしました.
さらには,磁気スキルミオン結晶を構成するらせん構造の位相自由度が水平鏡映面の破れから生じる異方的なRKKY相互作用と密接に関係していることを見出しました.
R. Yambe and S. Hayami, Sci. Rep. 11, 11184 (2021)
奇パリティ多極子秩序下でのNMR・NQRスペクトルの理論
固体中における空間反転対称性の破れは,電気磁気効果などの交差相関応答や非相反な輸送特性などの多彩な物理現象を引き起こすことから近年精力的に研究が行われています. こうした空間反転対称性の破れを伴う電子系の秩序状態は,磁気トロイダル双極子や磁気四極子のような「奇パリティ多極子」によって表現できます. これら奇パリティ多極子を直接観測するために,第二次高調波発生やX線共鳴散乱などの実験手法が従来用いられてきました.
本研究ではこうした従来の測定手法とは異なる,NMR/NQR測定を用いた奇パリティ多極子の微視的観測の可能性について調べました.
対象としては,奇パリティ多極子秩序を示す候補物質であるf電子化合物CeCoSiを取り上げました.
CeCoSiでは,Ceのf電子が交替的に秩序化した反強磁性状態と反強四極子状態の存在が示唆されていますが,これらは奇パリティ多極子の観点からはそれぞれ磁気トロイダル双極子および電気トロイダル四極子とみなすことができます.
そこで,これらの奇パリティ多極子秩序状態がNMR/NQR測定を通じてどのように観測されるのかを理論模型を用いて調べました.
59Coサイトの核スピン・四極子とCeサイトのf電子が形成する多極子の間に生じる有効的な超微細結合を,それぞれの秩序状態に対して導出することで,奇パリティ多極子の発現とそれに伴う共鳴スペクトルピークの分裂の対応関係を明らかにしました.
さらに,その他の奇パリティ秩序変数候補に対しても同様の解析を系統的に行うことで,多様な磁場方向に対するNMR測定を通じて奇パリティ多極子秩序変数を同定できることを示しました.
M. Yatsushiro and S. Hayami,
Phys. Rev. B 102, 195147 (2020)
異方的なボンド相互作用による非相反マグノン励起
空間反転対称性のない磁性体が示す波数に非対称なマグノン励起は,非相反方向二色性などの様々な興味深い現象を引き起こすことから注目を集めています. こうした非対称マグノンの微視的機構としては,スピン軌道相互作用に由来したジャロシンスキー・守谷相互作用によるものとフラストレート相互作用に由来したベクトルスピンカイラリティによるものに限られており,物質探索の幅が狭まっていました.
我々は非相反マグノン励起の新しい機構を探索する目的で,格子構造に由来した磁気的な異方性の役割に注目しました.
具体的にはハニカム構造上の交替的な反強磁性秩序状態に対して,線形スピン波近似を用いた解析を行うことで,ボンド上にはたらく対称な異方的交換相互作用が非相反マグノン励起の微視的起源となることを,理論的に明らかにしました.
さらに,面内方向の外部磁場を印加することにより,マグノンの非相反方向が磁場によって制御できることを示しました.
T. Matsumoto and S. Hayami,
Phys. Rev. B 101, 224419 (2020)
強いスピン-電荷結合をもつd-p軌道混成自由度が創出するカイラルストライプ相
遷移金属酸化物は,電子がもつ電荷・スピン・軌道といった電子自由度間の協奏・競合が生じるため,従来とは異なる巨大磁気抵抗効果やマルチフェロイクスといった多彩な物性現象を研究する舞台となります. 例えば,3d遷移金属酸化物の一つであるSrFeO3では,スピン軌道相互作用の影響が小さいと考えられているにも関わらず,複数のらせん構造を重ね合わせた二重Q磁気秩序あるいは四重Q磁気秩序といった多重Q磁気秩序が発現しており,それに伴う巨大なトポロジカルホール効果が観測されています. 一方で,こうしたスピン軌道相互作用の小さな系では,磁性イオンにおける遍歴電子スピンと局在スピン間に働くスピン-電荷結合が,多重Q磁気秩序の発現において重要な役割を果たすことが理論的に示されていますが,これまでの研究では主にそのスピン-電荷結合定数の大きさが伝導電子のバンド幅に比べて十分に小さい場合に限られており, SrFeO3のような強いスピン-電荷結合を有する強結合領域において,多重Q磁気秩序が生じるかどうかは未解明なままでした.
そこで本研究では,強いスピン-電荷結合をもつ強相関電子系において,多重Q磁気秩序が生じる可能性を理論模型を用いて調べました.
ここではSrFeO3のような遷移金属酸化物を念頭に置き,強いフント結合をもつ磁性イオンのd軌道と配位子である酸素のp軌道からなるd-p模型を考え,変分計算を用いて基底状態の探索を行うことにより,直交する2つのらせんで特徴づけられる二重Q磁気秩序相の一つであるカイラルストライプ相が広いパラメタ範囲において基底状態として安定化することを見出しました.
さらに,その安定化領域はd軌道とp軌道のエネルギー差を表す電荷移動エネルギーに強く影響されることを明らかにしました.
R. Yambe and S. Hayami,
J. Phys. Soc. Jpn. 89, 013702 (2020)
f電子系化合物CeCoSiに潜むクラスター奇パリティ多極子秩序
f電子系化合物のCeCoSiは,正方晶系の結晶構造(P4/nmm)を有し,常圧下においては10Kで反強磁性転移を起こし,また高圧下では,新たな圧力誘起相が現れることが観測されています. ここでの圧力誘起相における秩序変数は,転移温度近傍における物理量の振る舞いから,Ceサイトにおける擬四重縮退した軌道内における多極子自由度が反強的に秩序化している可能性が指摘されていますが,未だその同定には至っていませんでした. 一方で,こうした交替的な多極子秩序のもとでは,結晶構造における空間反転対称性が無くなるため,奇パリティ多極子が誘起され,それに伴い電気磁気効果や電場(流)誘起歪みなどの交差相関現象が生じます. すなわち,CeCoSiで観測された電子秩序相においても,奇パリティ多極子秩序に由来する交差相関現象の発現が期待されますが,擬四重縮退した結晶場基底や反転中心が破れた際に生じるパリティ混成の影響を取り込んだ微視的な計算は,電子系における様々な自由度間の相関効果を同時に取り込んで解析する必要があるため,未だに行われていないのが現状でした.
本研究では,微視的な模型計算の立場から,CeCoSiで観測された電子秩序相を説明するための奇パリティ多極子秩序パラメタの候補を提案しました.
そのために,Ceサイトにおける局所的な空間反転対称性の破れやスピン軌道相互作用,d-f軌道混成といった複合的な効果を取り込んだ有効模型を構築し,その模型に対する理論解析を行いました.
その結果,擬縮退した多軌道基底において交替的な反強磁性秩序が生じると,奇パリティ多極子の一つである磁気四極子が誘起されること,また交替的な反強電気四極子秩序が生じると,奇パリティ多極子の一つである電気トロイダル四極子が誘起されることを明らかにしました.
これらの交替的な反強磁性秩序や反強四極子秩序は,CeCoSiで観測された常圧下における反強磁性秩序および圧力下における圧力誘起相にそれぞれ対応している可能性があるため,奇パリティ多極子特有の電流誘起磁化や電流誘起歪みを観測することによる奇パリティ多極子の観測が期待されます.
M. Yatsushiro and S. Hayami,
J. Phys. Soc. Jpn. 89, 013703 (2020)
局所的な軌道混成により誘起される磁気トロイダル秩序
固体中の電子が示す電荷・スピン・軌道自由度間の競合は,異方的な電荷・磁荷分布を生み出し,磁性や超伝導をはじめとする多彩な電子相の微視的な起源になります. 最近では4つの多極子(電気多極子,磁気多極子,電気トロイダル多極子,磁気トロイダル多極子)を導入することにより,これらの複雑な電子自由度が競合した状況を系統的に捉えることができるようになってきました. 一方,これらの多極子を伴う秩序状態がどのような状況で安定に存在するかに関してはまだまだ未解明な点が数多く残されています. 例えば,時間・空間反転対称性の破れた系で実現する,奇パリティ多極子の一つである「磁気トロイダル双極子」の秩序状態は,電気磁気効果などの交差相関現象の源になるため近年注目を集めていますが,一方,これらトロイダル多極子が原子サイトにおいてどのように活性化し,電気磁気効果をはじめとする交差相関現象にどのようにして寄与するのか,などに関する微視的な理解は得られていませんでした.
そこで本研究では,複数の異なるパリティをもつd-f軌道系に対して,空間反転対称性の破れに伴って現れる奇パリティ結晶場の影響を考えた際の,原子サイトにおける磁気トロイダル多極子の微視的な活性化条件および,その秩序状態が電気磁気効果に与える影響をモデル計算によって調べました.
その結果,奇パリティ結晶場のもとでd-f混成軌道が生じることで,原子サイトにおける磁気トロイダル双極子が活性になり,軌道間相互作用によってその秩序状態が安定化しうることを明らかにしました.
さらに,こうした軌道混成由来の磁気トロイダル双極子がもたらす電気磁気効果の詳細な解析を行いました.
M. Yatsushiro and S. Hayami, J. Phys. Soc. Jpn. 88, 054708 (2019)