助教授: 市川 瑞彦 011-706-5265, ichikawa@phys.sci.hokudai.ac.jp MC2: 合田 孝司
強誘電体の自発分極の結晶構造にもとづく計算は、いまだに形式的な点電荷モデルにより 行われるのが通常だが、典型的強誘電体である NaNO2 に対しては、 形式的点電荷モデルによる値(74 μC /cm2)と 誘電測定からの実測値(〜12μC/cm2)の間には1桁近い違いが 認められる。 この原因は、形式的点電荷が実際の結晶中の電荷分布を表わしていないことに 起因する可能性がある。このため、結晶中の電子分布にもとづき自発分極を 求める試みの第一歩として、簡単な構造をもつ典型的強誘電体 NaNO2 に対して、 X線回折により原子の電荷分布の球状からのずれを表わす変形電子密度を、 30 K で Hirshfeld の変形関数を用いて最小自乗法により求めた。
最小自乗法は、奇数次項の相関が強く収束しなかったが、 簡単な束縛条件を課すことにより、十分に小さなR因子をもつもっともらしい 結果を得た。 得られた Na, N, O 原子のネット電荷は、それぞれ 0.27, 0.20, -0.24 e で中性に近い値であった。 これらのネット電荷と原子双極子モーメントを用いて自発分極を計算し、 7.8μC/cm2 の値を得た。 この結果により、X線回折により求めたネット電荷に基づくと 実測値に近い値を得ることができることがわかった。
HCrO2 は、最も簡単な 0 次元水素結合ネットワークをもつ結晶である。 HCrO2 の幾何学的同位体効果の値は、KDP など 他の大きな幾何学的同位体効果を示す物質の最大値に比べても 3〜4 倍大きく特異な物質であるが,その標準偏差値も大きくこの値はまだ確定的でない。 この幾何学的同位体効果の大きさや空間群などの再検討を第一の目的として、 中性子線粉末プロファイル解析を開始した。
粉末中性子線データを 295、210、140、70、10 K で収集し、 Rietveld プロファイル解析を行った。 R-3m モデル(H がセンターとオフセンターを占めるふたつのモデル)と R3m モデルの合計3つのモデルで解析したが、 オフセンター R-3m モデルがもっともよいという結論をえた。 得られた水素結合距離は O…O = 2.471(3)Å で、従来の報告のひとつと一致する結果を得たが、 より小さな標準偏差が得られた。
0 次元水素結合ネットワークをもつ M3H(XO4)2 型 結晶の重水素化誘起構造相転移(H 塩では相転移がないが、D で置換すると 相転移が現れる)の起源を明らかにする研究の一環として、 K3H(SeO4)2及び K3D(SeO4)2の低温熱容量測定を行った。
次のような結果を得た。 1)K3H(SeO4)2 では誘電測定からは 20 K にピークがみられるが、 それに反し熱容量には予期した明瞭な異常はみられなかった、 2)K3D(SeO4)2 では誘電測定では 70 %D の結晶に対し 73 K にピークが観測されているが、 熱容量ではそれに対応して 104 K に高次転移によるラムダ型の異常がみられた、 3)40 K 以下の温度領域では、通常の結晶と異なり、 K3H(SeO4)2の熱容量の方が K3D(SeO4)2の熱容量より大きい。
3)の特徴は、Rb3H(XO4)2 (X = S, Se)系においてもみられ、M3H(XO4)2 型結晶の重水素化誘起構造相転移に共通の特徴であることが、 この結果により一層確かなものとなった。この過剰熱容量の解析を行った。
0 次元水素結合ネットワークをもつ M3H(XO4)2 型結晶の重水素化誘起構造相転移の起源を明らかにする研究の一環として、 Cs3H(SeO4)2の低温熱容量測定を 8〜300 K の 温度範囲で行った。
誘電測定でピーク対応して、53 K に小さなピークを伴った高次転移がみられた。 過剰熱容量から見積もって得られた転移エントロピー 1.5JK-1mol-1 は、古典的オーダー・ディスオーダ系に対し期待される値 5.76JK-1mol-1よりかなり小さいという結果を得た。 この結果は、この物質系では量子効果が重要であることを示している。
我々は現在の研究テーマについて次のように考えております。
水素結合型結晶の相転移の「同位体効果」は、 強誘電体などの分野の古くからの主要な課題ですが、 「重水素化誘起構造相転移」は比較的最近見出された同位体効果の新しい側面であり、 現在盛んに展開されつつある現在的課題であると考えております (例えば、「特集−水素結合における構造物性と機能」、日本結晶学会誌、 40 巻、No. 1 、参照)。これを理解してはじめて、 統一的な水素結合結晶の構造相転移の描像が得られると考えており、 今後とも研究を継続したいと考えております。
自発分極は、強誘電体の基本的な物理量ですが、 電子密度は結晶全体に広がっているため、 これから直ちに自発分極を求めるのが困難で、 現在でも形式的な点電荷モデルにより行われるのが通例です。 X線回折は電子密度を求める最も直接的な手段ですが、実験的困難などがあり、 我々の知る限り、X線回折から自発分極を求めた例はありません。 このテーマは、「変形電子密度」から原子のネット電荷などを求め、 これらから自発分極を求めようとするもので、 困難ですが試みるべき基本的課題であると考えております。 幸い、最近の理論計算の発展により強誘電体の自発分極の計算がなされつつあり、 それとの比較などにより今後の発展が期待できます。
研究体制に関する提言につきましては、 指摘されました研究・教育環境の整備、協力体制の構築に向けて 努力をしていきたいと思います。 来年には研究室の移転が予定されており場所的にも近くなりますので、 教育環境の充実、機器の共同利用、共同研究の可能性の追求など、 同じ分野の研究者が大講座制のメリットを活かした 協力体制づくりを目指したいと思います。
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