研究内容



 野村研究室は走査型トンネル分光(STS)、核磁気共鳴(NMR)、磁化率、非線形電気伝導、狭帯域雑音、磁気抵抗等の測定手段をもちいて、スピン密度波のダイナミクス、低次元(酸化物、有機物)超伝導体における電子対波動関数の対称性、金属絶縁体転移近傍における低次元導体の電子物性等を研究している。


目次

  1. 研究成果
    1. 不整合スピン密度波相の多相構造
    2. スピン密度波のダイナミクス
    3. スピン密度波転移の磁場依存
    4. 擬一次元有機導体の超伝導相に対するアニオン秩序化効果
    5. 有機超伝導体におけるSTM分光
  2. 成果発表
  3. 学術講演
  4. 科研費、助成金等の取得状況

研究成果

不整合スピン密度波相の多相構造

図1
図1

 以前より、擬一次元有機導体(TMTSF)2Xにおいて、格子と不整合の波数を持つスピン密度波(SDW)相が多相構造を持つことを示唆する実験が報告されている。この多相構造を微視的に明らかにするため、主として1HのNMR測定により調べた。スピン格子緩和率の温度依存は図1に示すようにSDW転移温度(TSDW)に鋭いピークを示すとともに低温(以下T*)においても同様に発散的に増大する。この結果は、TSDWとT*の間の温度領域ではピン止めされたSDWの位相の励起であるフェーゾンによる緩和が支配的であるが、T*以下ではこの機構が完全に抑制されると理解される。また、T*に向けての温度依存は(T-T*)のべき乗則で表されることから、T*において磁気的揺らぎをともなう相転移が起こっていることもわかる。また、静磁化率の測定から、その温度依存がT*を境に変化かすることも明らかになっている。これらのことから、低温域では周期的に並んだ位相のキンクに整合SDWの領域が挟まれているディスコメンシュレーション構造の安定化が示唆される。ディスコメンシュレーションに対する具体的な証拠はまだないが、今後高分解能NMR等の測定により明らかにされることが期待される。

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スピン密度波のダイナミクス

 (TMTSF)2XのSDW相においては、集団励起モードであるスライディングが観測されるが、このSDWのダイナミクスを主として電気伝導度測定により調べた。スライディングモードはしきい電場をともなった非線形電気伝導度として観測されるが、高温域における振る舞いは電荷密度波(CDW)のそれと極めて似ており、ピン止めされたSDWが電場により古典的にピン止めをはずすモデルで理解される。このときしきい電場以上においてSDWが運ぶ余剰伝導度の温度依存を図2に示す。余剰伝導度は上述のT*付近を境に低温域で急激に減少する。また図3に示すように、低温域においては高電場で温度に依存しない大きな伝導度が観測される。これはSDWによる新たな伝導機構を示すものであり、温度に依存しないことから量子力学的起源を示唆している。この伝導機構は、SDWが低電場で古典的機構でピン止めをはずした後に、高電場で出現することから興味深いものとなっている。これらことは、T*での相転移がSDWのダイナミクスにも深く関わっていることを示しており、ディスコメンシュレーション構造とSDWの量子力学的トンネルの関わりが今後明らかにされねばならない。

図2
図2
図3
図3

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スピン密度波転移の磁場依存

 低次元有機導体(TMTSF)2ClO4は24K付近にClO4-アニオンの配向秩序転移温度をもち、この温度の近傍を急冷するとおよそ6Kで金属相からスピン密度波(SDW)相に転移することが知られている。この急冷状態の(TMTSF)2ClO4におけるSDW転移温度(TSDW)の磁場依存性を電気抵抗の測定により調べた。図4に様々な磁場における電気抵抗の温度依存性を示すが、転移温度は磁場が増大するにつれて増大していることがわかる。図5は二つの異なる冷却速度におけるTSDWの磁場依存性である。TSDWは磁場が増大するにつれてほぼ磁場の2乗に比例して増大し、比例係数はTSDWが低いほど大きくなる。これらの振舞いはフェルミ面の不完全なネスティングにより抑制されたSDW状態が、磁場により系の1次元性が増すことにより回復するとして定性的に説明される。このとき平均場理論の範囲内で弱磁場におけるTSDWの増加の割合は磁場の2乗に比例し、その比例係数はTSDWが低いほどつまりはimperfect nesting energyが大きいほど大きくなるが、このことは実験結果と一致している。急冷状態の(TMTSF)2ClO4のTSDWが磁場によって大きく増大したことは、このSDW相がフェルミ面のネスティングの不完全さにより大きく抑制された状態であることを示している。

図4
図4
図5
図5

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擬一次元有機導体の超伝導相に対するアニオン秩序化効果

図6
図6

 低次元有機導体(TMTSF)2ClO4は、ClO4-アニオンの配向秩序転移温度(24K)付近を徐冷するとアニオンの向きが秩序化し、大きな異方性を示す超伝導相が基底状態となることが知られている。この超伝導相におけるアニオン秩序化効果を調べるために、(TMTSF)2ClO4の磁化率と電気抵抗の冷却速度依存性を測定した。徐冷状態より冷却速度を増加させると超伝導転移温度(Tc)は連続的に低下し、残留抵抗は増大することが明らかになった。この電気抵抗の増大はアニオンの配向秩序の抑制に起因する非磁性散乱の影響であり、この非磁性散乱による対破壊効果がTc低下の原因である。図6に示すようにTc低下の割合と電気抵抗の増加の割合はほぼ比例していることから、アニオンの配向秩序の抑制に起因する非磁性散乱の増加にほぼ比例してTcが低下していることがわかる。Tcが非磁性散乱に敏感な原因としては電子対の波動関数の異方性(対称性)、電子の局在効果等が関連していると考えられ、そのメカニズムを解明することは今後の課題である。

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有機超伝導体におけるSTM分光

 有機物超伝導体の超伝導発現の機構を明らかにするため、トンネル顕微鏡(STM)を用いた分光測定を行い、超伝導ギャップの対称性を調べた。(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2単結晶試料について、二次元的伝導面(b-c面)の種々の方向からトンネル探針をたてることにより得られたトンネル微分コンダクタンスの結果が図7である。微分コンダクタンスは超伝導状態の電子状態密度を反映するが、図7に示す結果は超伝導ギャップが二次元面内で極めて異方的であることを示している。トンネル遷移確率の波数依存をWKB法で取り入れた解析から、この超伝導ギャップはb軸とc軸からp/4の方向にノードを持つd(x2-y2)波の異方性を持つことが明らかになった。したがって、電子格子相互作用によるオンサイトの引力ではなく非局所的引力が超伝導をもたらしていることが理解される。今後は、s波の対称性を持つことが期待される(MDT-TTF)2AuI2を初めとした他の有機超伝導体においてもSTM分光測定を行うとともに、磁場中での渦糸の電子状態のSTM観測も行い、種々の有機物超伝導の発現の機構を明らかにする予定である。

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成果発表

1993

  1. Shubnikov de Haas Study of TaTe4
    T. Sambongi, S. Tadaki, N. Hino and K. Nomura
    Synthetic Metals 58, 109-114(1993).
  2. STM Study of Anisotropic Superconducting Gap of Bi2Sr2CaCu2O8
    K. Ichimura and K. Nomura
    J. Phys. Soc. Japan 62, 3661-3679(1993).
  3. NMR in Spin-density Wave Phase of (TMTSF)2ClO4
    K. Nomura, N. Keitoku, T. Shimizu, T. Sambongi, M. Tokumoto, N. Kinoshita and H.Anzai
    J. de Phys. IV 3, C2-21-26(1993).
  4. Metal-to-insulator Transition and Threshold Electric Field for SDW Depinning in (TMTSF)2X under Pressure
    M. Nagasawa, T. Sambongi, K. Nomura and H. Anzai
    J. de Phys. IV 3, C2-49-52(1993).
  5. Transient Voltage Oscillation, Narrow-band-noise and Non-linear Conductivity in SDW: (TMTSF)2PF6,
    M. Nagasawa, T. Sambongi, K. Nomura and H. Anzai
    J. de Phys. IV 3, C2-197-200(1993).
  6. Effect of Quenching Rate on SDW Dynamics in (TMTSF)2ClO4
    K. Nomura, T. Onodera, T. Shimizu, T. Sambongi, M. Tokumoto, N. Kinoshita and H.Anzai
    J. de Phys. IV 3, C2-263-266(1993).
  7. Anisotropic Superconducting Gap of Bi2Sr2CaCu2O8: Tunneling Spectroscopy with STM
    K. Nomura and K. Ichimura
    J. de Phys. IV 3, C2-281-284(1993).
  8. Semi-metallic Spin Density Wave Phase in (TMTSF)2X (X=AsF6 and PF6) under Pressure
    M. Nagasawa, T. Sambongi, K. Nomura and H. Anzai
    J. Phys. Soc. Japan 62, 3974-3978(1993).

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1994

  1. SDW Condensate Pinned by Anion Disorder in (TMTSF)2ClO4
    K. Nomura, T. Onodera, T. Shimizu and T. Sambongi
    Physica B194-196, 1203-1204(1994).
  2. Magnetic Properties in the SDW Phase of (TMTSF)2X
    N. Matsunaga, H. Takeshige, T. Keitoku, M. Nagasawa, K. Nomura and T. Sambongi
    Physica B194-196, 1265-1266(1994).
  3. Anisotropic Superconducting Gap in Bi2Sr2CaCu2O8: STM Spectroscopy
    K. Nomura and K. Ichimura
    Physica B194-196, 2189-2190(1994).
  4. STM Study of Anisotropic Superconducting Gap of Bi-Based Oxides
    K. Ichimura, K. Nomura and S. Takekawa
    Physica C235-240, 1825-1826(1994).

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1995

  1. Effect of Anion Ordering in the Superconducting Phase of (TMTSF)2ClO4
    N. Matsunaga, H. Takeshige, R. Okajima, A. Hoshikawa, K. Nomura, T. Sambongi, M.Tokumoto, N. Kinoshita and H. Anzai
    Synthetic Metals 70, 763-764(1995).
  2. STM Spectroscopy in Superconducting Phase of (BEDT-TTF)2Cu(NCS)2
    K. Nomura, K. Nagao, K. Ichimura and N. Matsunaga
    Synthetic Metals 70, 911-912(1995).
  3. 1H NMR in Spin-density Wave Phase of (TMTSF)2X
    K. Nomura, Y. Hosokawa, N. Matsunaga, M. Nagasawa, T. Sambongi and H. Anzai
    Synthetic Metals 70, 1295-1296(1995).
  4. Spin-density-Wave Sliding: Transient Oscollation in High Electric Field and at Low
    Temperature.
    M. Nagasawa, T. Sambongi, K. Nomura and H. Anzai
    Synthetic Metals 70, 1717-1718(1995).
  5. Threshold Electric Field for Depinning of The Spin Density Wave in (TMTSF)2AsF6
    M. Nagasawa, T. Sambongi, K. Nomura and H. Anzai
    Solid State Commun. 93, 33-36(1995).
  6. CDW、SDWのスライディング
    野村一成
    固体物理 30, 193-203(1995).

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1997

  1. K. Ichimura, T. Arai, K. Nomura, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai
      STM Spectroscopy of An Orgasnic Superconductor
        Superlattice and Microstructures 21 (1997) 305-313

  2. K. Nomura, Y. Hosokawa, T. Sekiguchi, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai
      NMR Study on the Spin-Density Wave Phase of (TMTSF)2X
        Synthetic Metals, 86 (1997) 1951-1952

  3. A. Hoshikawa, K. Nomura, T. Sambongi, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai, M. Tokumoto and N. Kinoshita
      Sliding of the Spin-Density Wave in (TMTSF)2ClO4
        Synthetic Metals, 86 (1997) 2099-2100

  4. N. Matsunaga, Y. Okajima, K. Nomura, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai
      Anisotropic Magnetoresistance of (TMTSF)2ClO4 in the metallic and SDW state
        Synthetic Metals, 86 (1997) 2119-2120

  5. K. Ichimura, T. Arai, K. Nomura, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai
      STM Spectroscopy of (BEDT-TTF)2Cu(NCS)2
        Synthetic Metals, 85 (1997) 1543-1544

  6. K. Ichimura, T. Arai, K. Nomura, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji and H. Anzai
      STM Spectroscopy of (BEDT-TTF)2Cu(NCS)2
        Physica C, 282-287 (1997) 1895-1896

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学術講演

  1. 荒井智史、市村晃一、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「有機超伝導体κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2のSTM分光III」
        日本物理学会第52回年会(名城大学)1997年3月28-31日
        講演番号 28a-C-1 (講演概要集52巻第1号第2分冊258ページ)

  2. 星川晃範、野村一成、三本木孝、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2ClO4におけるSDWのスライディングIII」
        日本物理学会第52回年会(名城大学)1997年3月28-31日
        講演番号 28p-C-8 (講演概要集52巻第1号第2分冊263ページ)

  3. 松永悟明、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2Xのスピン密度波相における磁気的性質」
        日本物理学会第52回年会(名城大学)1997年3月28-31日
        講演番号 28p-C-10 (講演概要集52巻第1号第2分冊263ページ)

  4. 鈴木宏治、市村晃一、野村一成、竹川俊二
      「Bi系超伝導酸化物のSTM分光III」
        日本物理学会第52回年会(名城大学)1997年3月28-31日
        講演番号 28p-K-4 (講演概要集52巻第1号第3分冊575ページ)

  5. 野村一成
      「(TMTSF)2XのSDW相におけるサブフェーズ構造」
        学振未来開拓学術研究研究会「有機導体における伝導機構」(学習院大学)
        1997年7月25-26日

  6. 松永悟明
      「(TMTSF)2ClO4におけるSDW転移温度の磁場依存性」
        学振未来開拓学術研究研究会「有機導体における伝導機構」(学習院大学)
        1997年7月25-26日

  7. 市村晃一
      「低次元有機導体のSTM分光」
        学振未来開拓学術研究研究会「有機導体における伝導機構」(学習院大学)
        1997年7月25-26日

  8. 二ツ山幸樹、松永悟明、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2Xのスピン密度波相内における磁化率」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 5a-C-2 (講演概要集52巻第2号第2分冊262ページ)

  9. 細川優治、岩崎拓史、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2XのSDW状態における1H-NMRIII」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 5a-C-3 (講演概要集52巻第2号第2分冊262ページ)

  10. 阿部治、市村晃一、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2XのSTM分光」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 5a-C-4 (講演概要集52巻第2号第2分冊262ページ)

  11. 星川晃範、野村一成、三本木孝、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2ClO4におけるSDWのスライディングIV」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 5a-C-7 (講演概要集52巻第2号第2分冊263ページ)

  12. 松永悟明、石川敦史、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻慎一、安西弘行
      「(TMTSF)2ClO4におけるSDW転移温度の磁場依存性」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 5a-C-11 (講演概要集52巻第2号第2分冊264ページ)

  13. 鈴木宏治、市村晃一、野村一成、竹川俊二
      「Bi系超伝導酸化物のSTM分光IV」
        日本物理学会1997年秋の分科会(神戸大学)1997年10月5-8日
        講演番号 6p-T-1 (講演概要集52巻第2号第3分冊639ページ)

  14. 野村一成
      「有機超伝導体のSTM分光」
        第10回佐々木学術シンポジウム「有機超伝導体の物理の最前線とその周辺」
        (大阪市立大学)1997年12月8-9日

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科研費、助成金等の取得状況

野村一成 学振未来開拓学術研究 コアメンバー 19,000千円
「有機導体における伝導機構の制御と新機能性材料の設計開発」
市村晃一 科研費 奨励研究A 代表 1,300千円
「擬一次元導体のSTM分光」

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