2005年度年次報告

1.メンバー

   教 授: 野村 一成 011-706-4430,  knmr@phys.sci.hokudai.ac.jp
   講 師: 松永 悟明 011-706-4427,  mat@phys.sci.hokudai.ac.jp
   助 手: 市村 晃一 011-706-4431,  ichimura@sci.hokudai.ac.jp

           MC2: 小形 雅子、 日野 克俊、 藤本 和輝、 赤堀 純也

           MC1: 高見 信、 間瀬田 拓明

 

2.研究成果

(1)スピン密度波のダイナミクス

圧力下で誘起される擬一次元有機導体(TMTTF)2Brのスピン密度波(SDW)相において、圧力を詳細に変化させた非線形電気伝導の測定により、SDWのスライディングのダイナミクスを電子バンドの1次元性との関わりから調べた。

いずれの圧力でもSDW転移温度TSDW以下の温度での電流電圧特性において、電場の増加とともにしきい電場ETを伴った鋭い伝導度の増大が観測され、ピン止めをはずしたSDWのスライディングが確認された。静止摩擦に相当するしきい電場ETの絶対値は低圧領域において、電子バンドの1次元性が小さい(TMTSF)2PF6に比べて相当大きいが、圧力を増加させると急速に減少した。ETの温度依存は試料によって多少異なるが、典型的な試料では0.3TSDW近傍の温度で鋭いピークを示し、低温では急激に減少した。これに対してスライディングの動摩擦によって与えられる余剰伝導度は、0.3TSDWで緩やかなディップを持ち低温で急激に増大した。一方別の試料では、しきい電場の温度変化に明確なピークは見られなかったが、0.3TSDW付近からより急激に減少する振る舞いは共通に観測された。これに対して、余剰伝導度は試料によらずほぼ共通の振る舞いを示した。これらの結果より、SDWのスライディングに対して、静止摩擦と動摩擦は異なるメカニズムにより与えられていることが分かった。さらにこれらの温度依存の振る舞いから、NMR緩和率より示唆される0.3TSDWでのサブフェーズ転移に関連して、0.3TSDW以下の温度でSDWは並進運動をし易くなることが明らかになった。このことは(TMTTF)2X塩のSDW相において示唆されている高温域での電荷密度波(CDW)の共存が、SDWのスライディングのダイナミクスに重要な役割を果たしている可能性が示すものであり、これが1次元性の強い効果であると理解された。

 

(2)磁場誘起スピン密度波相におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割

擬一次元有機導体(TMTSF)2ClO4ClO4-アニオンの配向秩序転移温度付近を急冷すると約6Kで金属相からスピン密度波(SDW)相へ転移するが、徐冷すると超伝導相が基底状態となる。この超伝導相にc*-軸方向に磁場を加えるとホール抵抗が量子化(N=,5,3,1,0)された磁場誘起SDW(FISDW)相が現れることが知られている。アニオン配向秩序転移温度付近の冷却速度を制御した試料に対してホール抵抗および磁気トルクを測定することにより、FISDW相の基底状態におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割を調べた。その結果、これまでの徐冷状態の実験から量子数がN=1の単一相であると考えられてきた9-27Tの相が、17Tより高磁場側のホール抵抗が冷却速度によらずほぼ一定である相と冷却速度の増大にともなってホール抵抗が大きく減少し量子化されない低磁場側の相に分かれていることを明らかにした。また、FISDW相の磁気トルクの測定より、ホール係数が量子化されている相と量子化されていない相で磁化の冷却速度依存性が大きく異なることを発見した。さらに、これまで輸送現象より報告されてきた27T付近における新たな相転移の磁気的性質およびこれまで高磁場で報告されていた磁化の振動現象(小周期振動)の冷却速度依存性をはじめて明らかにした。これらのFISDW相の冷却速度依存性は、アニオンの秩序化により形成された二対の擬一次元的フェルミ面における異なるネスティングベクトルの競合により説明できるのではないかと考えている。本研究における磁気トルクの測定は東北大金研の金研の佐々木孝彦氏との共同利用により進めている

 

(3)2次元有機導体b-(BDA-TTP)2SbF6のトンネル分光

b-(BDA-TTP)2SbF6 (Tc=7.5 K)の超伝導相においてSTMを用いたトンネル分光測定を行った。ドナー分子の中心にTCF骨格を持たないBDA-TTP系超伝導体における超伝導ペアの対称性について調べることを目的とした。室温におけるトンネルスペクトルはほぼ平坦であり金属相であることを反映している。Tcよりも十分低温の1.3 Kでは、ゼロバイアス付近のコンダクタンスはほとんどゼロにまで減少し明確な超伝導ギャップ構造を示している。ギャップ端はV=±5.8 mVでのピークとして観測されている。この値をギャップDとするとTcから期待される値よりもかなり大きいものとなる。この原因として探針が試料に衝突して超伝導体/絶縁体/超伝導体(S/I/S)のトンネル配置となったことが考えられる。S/I/Sのトンネル配置だとするとD=2.9 meVとなる。 2D/kBTc=9と求まり、この値は、k-(BEDT-TTF)2Xに対して得られた値と同程度である。Tcよりも高温では、コンダクタンスは金属状態で期待される平坦な振舞いとは異なりゼロバイアス付近でくぼみを持つ。このTc直上の擬ギャップ的な振舞いは、k-(BEDT-TTF)2Xのトンネルスペクトルにおいて観測されたものと類似している。

 

(4)NbSe2ナノチューブのSTM/STS

 層状化合物NbSe2で構成されたナノチューブにおいてSTM/STSを行った。NbSe2ナノチューブ試料は気相反応法により作成された。劈開したグラファイト上に、溶媒中で超音波分散させたNbSe2ナノチューブを滴下することによりSTM/STS測定用の試料を準備した。室温でのSTM像から、300-2000 nm程度の長さのNbSe2ナノチューブが観測された。走査プロファイルからこれらのナノチューブの径は2-50 nmと見積もられた。このうち、径が10 nm以下の細いものは単層NbSe2ナノチューブ、それ以上の太いナノチューブは多層であると考えられる。これまでの透過電子顕微鏡による研究では多層NbSe2ナノチューブのみが観測されていたが、本研究により単層NbSe2ナノチューブが見出だされた。1.2 KではNbSe2ナノチューブの原子像が得られ、ナノチューブのカイラル角が見積もられた。今後は、カイラリティーに対応した物性が明らかになることが期待される。また、単層カーボンナノチューブではよく見られるバンドル構造が見出された。走査プロファイルからは、バンドルの径は50-100 nm程度であり、径が約2 nmの単層NbSe2ナノチューブから構成されていることがわかった。さらに、1本の単層NbSe2ナノチューブが2本に分岐した構造、いわゆるY-ジャンクションが見つかった。Y-ジャンクションはカーボンナノチューブでも見られるものだが、応用面において興味深い構造である。STS測定においては、今のところ再現性のあるトンネルスペクトルが得られていない。ノイズを低減するなど技術的な問題を解決することが必要である。STS測定の精度を上げ、電荷密度波や超伝導の発現とカイラリティーとの関連を明らかにすることが今後の課題である。

 

 

3.成果発表

<原著論文>

1.    K. Ichimura, S. Higashi, K. Nomura, A. Kawamoto

Scanning Tunneling Spectroscopy on k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br

Synthetic Metals, 153, 409-412 (2005).*

2.    K. Nomura, K. Ishimura, N. Matsunaga, T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito

Non-Linear Transport in the Incommensurate SDW Phase of (TMTTF)2Br under Pressure

Synthetic Metals, 153, 433-436 (2005).*

3.    M. Nagasawa, T. Nagasawa, K. Ichimura, K. Nomura

Nonlinear Electric Conduction in the Charge Ordering State of (TMTTF)2SbF6

Journal de Physique IV, 131, 107-110 (2005).*

4.    K. Nomura, K. Ishimura, K. Fujimoto, N. Matsunaga, T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito

Depinning of the Spin-Density-Wave in (TMTTF)2Br under Pressure

Journal de Physique IV, 131, 111-114 (2005).*

5.    K. Ichimura, K. Tamura, M. Ogata, K. Nomura, T. Toshima, S. Tanda

Imaging of NbSe2 Nanotube by STM

Journal de Physique IV, 131, 235-237 (2005).*

6.    N. Matsunaga, K. Hino, T. Ohta, K. Yamashita, K. Nomura, T. Sasaki, A. Ayari, P. Monceau, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji

Effect of the Dimerized Gap due to Anion Ordering in the Field-Induced Spin-Density-Wave of Quasi-One Dimensional Organic Conductors

Journal de Physique IV, 131, 269-272 (2005).*

 

 

4.1.学術講演(国際学会・国際シンポジウム)

<一般講演><<口頭発表>>

1.    *K. Ichimura, K. Nomura, A. Kawamoto

Scanning Tunneling Spectroscopy on Organic Superconductors

13th International Conference on Scanning Tunneling Microscopy/Spectroscopy and Related Techniques (STM’05), July 3-8, 2005, Sapporo , Japan

2.    *K. Ichimura, K. Nomura, A. Kawamoto

Tunneling Spectroscopy on k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br by STM

International Symposium on Molecular Conductors (ISMC2005), July 17-21, 2005, Hayama , Japan

3.    *M. Nagasawa, T. Nagasawa, K. Ichimura, K. Nomura

Nonlinear Electric Conduction in the Charge Ordering State of (TMTTF)2SbF6

International Workshop on Electronic Crystals (ECRYS-2005), August 21-27, 2005, Cargese , France

4.    *K. Nomura, K. Ishimura, K. Fujimoto, N. Matsunaga , T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito

Depinning of the Spin-Density-Wave in (TMTTF)2Br under Pressure

International Workshop on Electronic Crystals (ECRYS-2005), August 21-27, 2005, Cargese , France

5.    *N. Matsunaga, K. Hino, T. Ohta, K. Yamashita, K. Nomura, T. Sasaki, A. Ayari, P. Monceau, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji

Effect of the Dimerized Gap due to Anion Ordering in the Field-Induced Spin-Density-Wave of Quasi-One Dimensional Organic Conductors

International Workshop on Electronic Crystals (ECRYS-2005), August 21-27, 2005, Cargese , France

 

<一般講演><<ポスター発表>>

1.    *K. Ichimura, K. Tamura, K. Nomura, T. Toshima, S. Tanda

STM/STS on NbSe2 Nanotubes

The 1st International Conference on Topological Science and Technology (TOP2005), March 7-10, 2005, Sapporo , Japan

2.    *K. Ichimura, K. Tamura, K. Nomura, T. Toshima, S. Tanda

STM/STS Study on NbSe2 Nanotubes

13th International Conference on Scanning Tunneling Microscopy/Spectroscopy and Related Techniques (STM’05), July 3-8, 2005, Sapporo , Japan

3.    *K. Nomura, A. Kagiwada, T. Maseda, K. Ichimura, A. Kawamoto

Charge Localized State in (TMTTF)2Br: 13C NMR

International Symposium on Molecular Conductors (ISMC2005), July 17-21, 2005, Hayama , Japan

4.    *N. Matsunaga, A. Abe, K. Hino, T. Ohta, K. Yamashita, K. Nomura, T. Sasaki, T. Matsumoto, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji

Spin-Density-Wave and Field-Induced Spin-Density-Wave of Quasi-One Dimensional Organic Conductors

International Symposium on Molecular Conductors (ISMC2005), July 17-21, 2005, Hayama , Japan

5.    *K. Ichimura, K. Nomura, A. Kawamoto

Tunneling Spectroscopy on Partially Deuterated k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br by STM

24th International Conference on Low Temperature Physics (LT24), August 10-17, 2005, Orlando , USA

6.    *K. Ichimura, K. Tamura, M. Ogata, K. Nomura, T. Toshima, S. Tanda

Imaging of NbSe2 Nanotube by STM

International Workshop on Electronic Crystals (ECRYS-2005), August 21-27, 2005, Cargese , France

7.    *N. Matsunaga, K. Hino, T. Ohta, K. Yamashita, K. Nomura, T. Sasaki, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji

Role of the dimerized gap due to anion ordering in the quantized Hall phases of quasi-one dimensional organic conductors

Sixth International Symposium on Crystalline Organic Metals, Superconductors, and Ferromagnets (ISCOM-2005), September 11-16, 2005, Key West , Florida , USA

 

 

4.2.学術講演(国内学会・国内その他)

<一般講演><<口頭発表>>

1.    *市村晃一

k-(BEDT-TTF)2XSTM分光」

科研費特定領域研究「新しい環境下における分子性導体の特異な機能の探索」                  第3回シンポジウム(京都大学桂ホール)200517-8

2.    *阿部彰、松永悟明、野村一成、松本武彦

(TMTTF)2Brにおけるスピン密度波転移の磁場依存性V」

日本物理学会第60回年次大会(東京理科大学野田キャンパス)2005324-27

講演番号 24aYK-2 (講演概要集60巻第1号第4分冊767ページ)

3.    *鍵和田淳、間瀬田拓明、市村晃一、野村一成、河本充司

「擬1次元有機導体(TMTTF)2Brの電荷局在状態における13C-NMR

日本物理学会第60回年次大会(東京理科大学野田キャンパス)2005324-27

講演番号 24aYK-3 (講演概要集60巻第1号第4分冊767ページ)

4.    *市村晃一、野村一成、樋田孝、山田順一

b-(BDA-TTP)2SbF6STM分光」

日本物理学会第60回年次大会(東京理科大学野田キャンパス)2005324-27

講演番号 27aYL-10 (講演概要集60巻第1号第4分冊817ページ)

5.    *日野克俊、松永悟明、野村一成、佐々木孝彦、山田順一、中辻慎一

(TMTSF)2ClO4における磁場誘起スピン密度波相の冷却速度依存性X」

日本物理学会2005年秋季大会(同志社大学京田辺キャンパス)2005922-25

講演番号 21aWB-1 (講演概要集60巻第2号第4分冊699ページ)

 

7.科研費・助成金等の取得状況

野村一成  受託研究・独立行政法人日本学術振興会                   3,500千円

                    「物性物理学分野に関する学術動向の調査・研究」

野村一成  科研費 特定領域研究(2) 代表                              2,200千円

                    「分子性導体における特異な低次元電子状態の研究」

市村晃一  科研費 基盤研究(C) 代表                                    2,300千円

                     STM/STSによる層状ダイカルコゲナイドナノチューブの基底状態の研究」

市村晃一  21世紀COE「トポロジー理工学の創成」

                     共同研究                                                                    1,300千円

                    STM/STSによるナノ・トポロジカル物質における密度波相の研究」

 

8.その他

野村一成  日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員

野村一成  日本物理学会代議員