2004年度年次報告
1.メンバー
教 授: 野村 一成 011-706-4430,
knmr@phys.sci.hokudai.ac.jp
講 師: 松永 悟明 011-706-4427, mat@phys.sci.hokudai.ac.jp
助 手: 市村 晃一 011-706-4431, ichimura@sci.hokudai.ac.jp
MC2: 赤堀 純也、 阿部 彰、 鍵和田 淳、 田村 啓
MC1: 小形 雅子、 日野 克俊、 藤本 和輝
2.研究成果
(1)擬一次元電子系の電子状態
擬一次元有機導体(TMTTF)2Brは室温付近では非常に異方性の強い金属的電気伝導を示すが、100Kより低温で強い電子相関に起因した電荷局在の状態になり、さらに低温の基底状態は反強磁性状態であることが知られている。これらの電子状態を13CのNMRにより微視的に調べた。室温より温度を下げると、NMR共鳴線のナイトシフトはスピン磁化率に比例して大きな減少を示すが、強い反強磁性的相関を持つ一次元電子系の振る舞いとして理解される。30K付近からの線幅の広がりとシフトの温度変化は、X線回折等の実験から示唆されている2kF電荷密度波の揺らぎに対応していると考えられ、これが電荷局在の状態に密接に関連していることが明らかになった。さらに、反強磁性相の直上の温度域で観測されたシフトの急激な減少や共鳴線形の変化は、スピンパイエルス状態を基底状態に持つ(TMTTF)2PF6等において明らかになっているように、この系でも電荷秩序状態が出現している可能性を示していると考えられる。また同時に、スピンパイエルス転移の兆候を示唆しているようにも解釈される。しかし、(TMTTF)2PF6等とは異なり、(TMTTF)2Br では、最終的にスピンパイエルス状態にはならずに反強磁性状態が安定化するものと理解される。系の一次元性の強さと電子相関の強さにより、これらの多様な振る舞いが出現することは極めて興味深い。今後、スピン格子緩和率やスピンスピン緩和率の詳細な測定を行い、この電子状態をさらに微視的に明らかにしていく予定である。
(2)スピン密度波のダイナミクス
(TMTSF)2Xに較べて一次元性及び電子相関の強い電子バンドを持つ(TMTTF)2Brの圧力下で誘起される不整合SDW相で、SDWのスライディングのダイナミクスを非線形電気伝導の測定により調べた。(TMTTF)2Brの不整合SDW相でも明確なしきい電場を伴った非線形電気伝導が観測され、このSDWも(TMTSF)2X塩と同様にスライディングを行なうことが明らかになっている。一方で、このスライディングを開始するしきい電場ETは(TMTSF)2Xに較べて相当大きく、隣接する整合SDWの寄与の可能性が示唆される。また、ETの温度変化も(TMTSF)2Xと異なり、SDWサブフェーズ転移(T*転移)付近で鋭いピーク構造を示した後、低温に向けて急激に減少する。この温度変化は、磁気揺らぎを反映するNMR緩和率T1-1の温度変化と極めて似ており、T*転移近傍で電気的応答が磁気揺らぎと密接に関係している可能性が考えられる。さらにT*転移近傍でのみ非線形電気伝導にヒステレシスが観測され、SDWのスライディングに対して静止摩擦と動摩擦として理解される力が働いていることが明らかになった。これらの振る舞いの原因については、SDW波数における整合性の効果及びSDWと電荷密度波(CDW)の共存の可能性が考えられ、T*転移を境にこのようなSDWの微細構造に変化が起きていることが理解される。今後、さらに低温域あるいは高電場での測定を行い、これらのメカニズムを明らかにする予定である。
(3)磁場誘起スピン密度波相におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割
擬一次元有機導体(TMTSF)2ClO4はClO4-アニオンの配向秩序転移温度付近を急冷すると約6Kで金属相からスピン密度波(SDW)相へ転移するが、徐冷すると超伝導相が基底状態となる。この超伝導相にc*-軸方向に磁場を加えるとホール抵抗が量子化(N=…,5,3,1,0)された磁場誘起SDW(FISDW)相が現れることが知られている。アニオン配向秩序転移温度付近の冷却速度を制御した試料に対してホール抵抗および磁気トルクを測定することにより、FISDW相の基底状態におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割を調べた。その結果、これまでの徐冷状態の実験から量子数がN=1の単一相であると考えられてきた9-27Tの相が、17Tより高磁場側のホール抵抗が冷却速度によらずほぼ一定である相と冷却速度の増大にともなってホール抵抗が大きく減少し量子化されない低磁場側の相に分かれていることを明らかにした。また、FISDW相のホール抵抗及び磁気トルクの測定より、N=3,5及び負のホール係数を示すFISDW相間の逐次相転移が冷却速度により大きく変化することも明らかにした。これらのFISDW相の冷却速度依存性は、アニオンの秩序化により形成された二対の擬一次元的フェルミ面における異なるネスティングベクトルの競合により説明できるのではないかと考えている。本研究における高磁場でのホール抵抗の測定はCRTBT-CNRSのP. Monceau氏と、磁気トルクの測定は東北大金研の金研の佐々木孝彦氏との共同利用により進めている。
(4)不整合スピン密度波転移における系の二次元性と電子相関
低次元有機導体(TMTTF)2X の不整合SDW相における系の二次元性と電子相関を明らかにするため、(TMTTF)2BrにおけるSDW転移温度TSDWのc*-軸方向に対する磁場依存性を電気伝導度測定より調べた。(TMTTF)2BrのSDW転移を完全に抑圧するため、NiCrAl製の二層式ピストンシリンダー型クランプセルを用いて最大3GPaまでの加圧を行った。その結果、TSDWはほぼ磁場の二乗に比例して増大し、この比例係数はゼロ磁場での転移温度TSDW(0)が低いほど大きくなることがわかった。TSDWの圧力−磁場依存性は「フェルミ面の不完全なネスティングにより抑制されたSDW状態が磁場により系の一次元性が増すことにより回復すること」と「電子相関の強さの減少によりTSDW が減少すること」の両者を考慮して、初めて定量 的に説明できることが明らかとなった。これまでTMTSF塩とTMTTF塩は実際の圧力と原子の置換による化学圧力を同一視して圧力に対する統一相図で記述されると考えられてきたが、詳細に比較してみると高圧下のTMTTF塩は同じSDW転移温度をもつTMTSF塩と比較してより電子相関が弱くまた系の一次元性が強い状態であり、SDW転移の抑制のされ方が異なる状態であることがわかった。また、これまで報告例のない(TMTTF)2Brの磁場誘起SDW転移を約2.4GPaにおいてはじめて観測した。本研究で使用した二層式クランプセルは物質・材料研究機構の松本武彦氏により開発されたものであり、高圧、低温下における物性測定技術に関して共同で研究を行っている。
(5)有機超伝導体k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brにおけるゼロバイアスコンダクタンスピーク
k-(BEDT-TTF-d[3,3])2Cu[N(CN)2]Brの超伝導相おいてzero bias conductance peak (ZBCP)がk-(BEDT-TTF)2Xでは初めて観測された。ZBCPとは、ゼロバイアスにおいてトンネルコンダクタンスが発散的に増加し鋭いピークを示すものであり、これはd-波超伝導体に特有の現象である。ZBCPは、トンネルする準粒子の感じるペアポテンシャルの符号が異なるときに増強されるアンドレーエフ反射に起因することから、ギャップにノードがあることの強い証拠である。この現象は銅酸化物系超伝導体では報告されているが、2次元有機超伝導体において見出されたのは今回が初めてである。ZBCPが観測されたことは、様々な実験からd-波ペアが示されてきたk-(BEDT-TTF)2Xにおいて超伝導ギャップにノードがあることのより直接的な証拠である。今回観測されたZBCPは、幅が狭く鋭いピーク構造であることが特徴的である。これは一電子準位の広がりが少ないことを示唆する。電子相関あるいは2量体化の強さとギャップのノード方向との関係を明らかにすることが今後の課題である。
(6)2次元有機導体q-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4のSTM/STS
2次元有機導体における電荷秩序状態を実空間で直接的に観測することを目指し、q-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4に対してSTM/STSを行った。本研究では、NMR等で報告されている電荷秩序状態に対し、STM/STSの手法から電荷ストライプの形状や電荷不均衡の度合いなどについての知見を得ることを目的としている。予備的な結果として、室温におけるa-c面でのSTM像を得た。長軸方向から見たBEDT-TTF分子が楕円状のスポットとして周期的に配列していることがわかる。a方向には約1 nm、c方向には約0.5 nmの周期で配列しており格子定数a=1.018 nm, c=0.465 nmとほぼ一致する。q型ではa方向には、分子面が互いにほぼ直交するようにドナー列が交互に配列する。双方のドナー列はb方向に約0.1 nmずれて配置している。このためSTM像ではより表面に近いドナー列のみ、つまりa方向には1列おきにドナー列が観測され、その結果1 nm ´ 0.5 nmの四角格子状に見えると考えられる。トンネル分光を行ったところ、室温では金属状態を反映して平坦なトンネルコンダクタンスカーブが得られた。一方、電荷秩序相である77でのトンネルスペクトルは、系の絶縁体化に対応して低エネルギーでのトンネルコンダクタンスがほとんどゼロにまで減少しギャップを伴う半導体的な振る舞いを示した。今後は、電荷秩序相においてSTM像を得るとともに局所的なSTSから、電荷ストライプの直接観測を予定している。
(7)NbSe2ナノチューブのSTM/STS
NbSe2ナノチューブにおいてSTM/STSを行った。この物質は、バルク試料が電荷密度波(CDW)や超伝導を示す系を基にしたナノチューブ物質であるという点において注目に値する。本研究では、ナノサイズ試料において超伝導やCDWといったコヒーレンスを伴った状態がどのように発現するかを明らかにすることを目的としている。また、ナノチューブのカイラリティー(螺旋度)による凝縮状態の制御の可能性を模索する予定である。劈開したグラファイト上に、溶媒中で超音波分散させたNbSe2ナノチューブを滴下することにより試料を準備した。室温でのSTM像から、300-2000nm程度の長さのNbSe2ナノチューブが観測された。走査プロファイルからこれらのナノチューブの径は1-20nmと見積もられた。今回得られた径は、透過電子顕微鏡による観察から得られた多層NbSe2ナノチューブの径よりも格段に小さい。このため、STM像では単層NbSe2ナノチューブを観測していると考えられる。単層NbSe2ナノチューブが見つかったことから、カイラリティーに対応した物性が明らかになることが期待される。また、単層カーボンナノチューブではよく見られるバンドル構造が見出された。走査プロファイルからは、バンドルの径は50-100nm程度であり、径が約2nmの単層NbSe2ナノチューブから構成されていることがわかった。さらに、1本の単層NbSe2ナノチューブが2本に分岐した構造、いわゆるY-ジャンクションが見つかった。Y-ジャンクションはカーボンナノチューブでも見られるものだが、応用面において興味深い構造である。今後は、低温でSTM/STS測定を行いナノチューブにおける凝縮状態の発現について調べる予定である。
3.成果発表
<共著>
市村晃一、野村一成
「トンネル分光測定」
第5版 実験化学講座7 電気物性,磁気物性、4.8節、丸善、(2004).
4.1.学術講演(国際学会・国際シンポジウム)
<一般講演><<口頭発表>>
1. *K. Nomura, K. Ishimura, N. Matsunaga, T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito
Non-Linear Transport in the Incommensurate SDW Phase of (TMTTF)2Br under Pressure
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2004), June 28 – July 2, 2004, Wollongong, Australia
2. *N. Matsunaga, Y. Ayari, P. Monceau, T. Ohta, K. Yamashita, K. Nomura, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji
Quantized and Non-Quantized Hall Phases in the Field-Induced Spin-Density-Wave of Quasi-One Dimensional Organic Conductors
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2004), June 28 – July 2, 2004, Wollongong, Australia
<一般講演><<ポスター発表>>
*K. Ichimura, S. Higashi, K. Nomura, A. Kawamoto
STS on k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2004), June 28 – July 2, 2004, Wollongong, Australia
4.2.学術講演(国内学会・国内その他)
<一般講演><<口頭発表>>
1. *市村晃一、東真也、野村一成、河本充司
「k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]BrのSTM分光V」
日本物理学会第59回年次大会(九州大学箱崎キャンパス)2004年3月27-30日
講演番号 27aWL-3 (講演概要集59巻第1号第4分冊824ページ)
2. 石村和規、*松永悟明、野村一成、中村敏和、高橋利宏、斎藤軍治
「(TMTTF)2Brのスピン密度波相における非線型伝導V」
日本物理学会第59回年次大会(九州大学箱崎キャンパス)2004年3月27-30日
講演番号 30pWL-1 (講演概要集59巻第1号第4分冊874ページ)
3. *鍵和田淳、野村一成、高崎聰、山田順一、中辻真一、安西弘行
「(TMTSF)2PF6のSDW状態における1Hスピン−格子緩和率の異常」
日本物理学会第59回年次大会(九州大学箱崎キャンパス)2004年3月27-30日
講演番号 30pWL-10 (講演概要集59巻第1号第4分冊876ページ)
4. 野村一成
「有機導体の低次元電子状態に対するSTM」
科研費特定領域研究「新しい環境下における分子性導体の特異な機能の探索」 第2回シンポジウム(東京大学農学部弥生講堂)2004年6月1-2日
5. *松永悟明、石村和規、野村一成、中村敏和、高橋利宏、斎藤軍治
「(TMTTF)2Brのスピン密度波相における非線型伝導W」
日本物理学会2004年秋季大会(青森大学)2004年9月12-15日
講演番号 12aWE-4 (講演概要集59巻第2号第4分冊732ページ)
6. *阿部彰、松永悟明、野村一成、松本武彦
「(TMTTF)2Brにおけるスピン密度波転移の磁場依存性U」
日本物理学会2004年秋季大会(青森大学)2004年9月12-15日
講演番号 12aWE-5 (講演概要集59巻第2号第4分冊732ページ)
7. *田村啓、市村晃一、野村一成、豊嶋剛司、丹田聡
「NbSe2ナノチューブのSTM/STS」
日本物理学会2004年秋季大会(青森大学)2004年9月12-15日
講演番号 12pTM-9 (講演概要集59巻第2号第4分冊700ページ)
8. *市村晃一、河合美貴子、野村一成、山本浩史、高橋利宏
「q-(BEDT-TTF)2RbZn(SCN)4のSTM/STS」
日本物理学会2004年秋季大会(青森大学)2004年9月12-15日
講演番号 13pWE-13 (講演概要集59巻第2号第4分冊755ページ)
7.科研費・助成金等の取得状況
野村一成 受託研究・独立行政法人日本学術振興会 3,500千円
「物性物理学分野に関する学術動向の調査・研究」
野村一成 科研費 特定領域研究(2) 代表 2,200千円
「分子性導体における特異な低次元電子状態の研究」
市村晃一 21世紀COE「トポロジー理工学の創成」
若手プロジェクト研究 1,500千円
「STM/STSによるナノ・トポロジカル物質の基底状態の研究」
8.その他
野村一成 日本学術振興会学術システム研究センター専門研究員
野村一成 日本物理学会代議員