2002年度年次報告
1.メンバー
教 授: 野村 一成 011-706-4430,
knmr@phys.sci.hokudai.ac.jp
講 師: 松永 悟明 011-706-4427, mat@phys.sci.hokudai.ac.jp
助 手: 市村 晃一 011-706-4431, ichimura@sci.hokudai.ac.jp
MC2: 太田 敬道、 MC2: 川本 善徳、 MC2: 窪田 宏
MC1: 石村 和規 MC1: 東 真也、
2.研究成果
(1) スピン密度波の電子状態
擬一次元有機導体(TMTSF)2X(X=ClO4, PF6, etc.)の基底状態である不整合スピン密度波相の電子状態を1HのNMRにより調べた。
このSDW相は陰イオンX-の種類に依らず、T*/ TSDW≒0.3の関係を満たす温度T*における相転移で二分される多相構造を持つことが明らかになっている。
T*より高温域でスピン格子緩和率T1-1に観測されるSDWの励起モードであるフェーゾンの寄与がT*以下の温度では凍結されることから、
この転移のメカニズムとしてディスコメンシュレーション構造の出現が有力と考えられている。(TMTSF)2PF6においてT1-1の磁場を
パラメターとした温度依存の測定から、低磁場及び高磁場では極めて鋭い転移が1.3T近傍の磁場領域でのみ比較的広い温度幅を持って起きることが明らかになった。
さらに、磁場の増大とともに緩やかに増大するT*がこの付近の磁場を境に飽和し、高磁場側では一定値を取ることも分かった。
このような磁場のエネルギーは、フェルミ面のネスティングに寄与する磁場に比べて極めて小さく、スピンフロップ磁場に比較的近いことから、
反強磁性的に秩序化したスピンの磁場によるキャンティングの効果が示唆される。したがって、1.3T近傍でT*転移に特徴的に観測される振る舞いには
、ディスコメンスレーション構造におけるキンク形成のメカニズムに対する磁場の寄与が密接に関連している可能性が考えられる。
今後、さらに詳細な磁場依存の測定を行なう予定である。
(2) スピン密度波のダイナミクス
これまで、(TMTSF)2Xにおける不整合SDWのスライディングのダイナミクスを調べてきたが、さらに一次元性の強い電子バンドを持つ(TMTTF)2X(X=Br)における、
圧力下の不整合SDW相のダイナミクスについて、非線形電気伝導度の測定により調べた。(TMTTF)2Brは常圧下では反強磁性状態を基底状態に持つが、
圧力を加え系の一次元性を少し小さくすると不整合SDW相になる。この圧力下での不整合SDW相での測定において、明確なしきい電場を伴った非線形電気伝導が観測され、
このSDWも集団励起であるスライディングを行なうことが明らかになった。しきい電場の値も、(TMTSF)2Xで観測される値と比較的近いことから同様の不純物ピン止めが
働いていることが理解される。一方で、しきい電場の温度変化は(TMTSF)2Xのそれと異なり、T*転移の温度付近を境に特徴的振る舞いをすることが観測された。
これは、単純な不純物ピン止めでは説明されずT*転移との関連も示唆されるが、この原因は未だ分かっていない。今後、さらに低温域あるいは高電場での測定を行ない、
この振る舞いを明らかにする予定である。
(3)磁場誘起スピン密度波相におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割
擬一次元有機導体(TMTSF)2ClO4はClO4-アニオンの配向秩序転移温度付近を急冷すると約6Kで金属相からスピン密度波(SDW)相へ転移するが、
徐冷すると超伝導相が基底状態となる
。この超伝導相にc*-軸方向に磁場を加えると磁場誘起SDW(FISDW)相が現れ、27Tで新たな相転移を起こすことが知られている。
アニオン配向秩序転移温度付近の冷却速度を変えた試料に対してホール抵抗を測定することにより、FISDW相の基底状態におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割を調べた。
その結果、これまで徐冷相のホール抵抗の測定より量子数がN=1の単一相であると考えられてきた9-27Tの相においてホール抵抗の冷却速度依存性を調べたところ、
17Tより高磁場側のホール抵抗は冷却速度によらずほぼ一定であるが、低磁場側のホール抵抗は冷却速度が増加するに従って大きく減少することを発見した。さらに、
低磁場側と高磁場側の境界において磁気抵抗とホール抵抗に大きなヒステリシスがみられた。これらの実験結果は17T付近の境界が、ホール抵抗の冷却速度依存性が
異なる相間の相転移であることを示唆している。この新たな相転移は、アニオンの秩序化により形成された二対の擬一次元的フェルミ面における異なるネスティングベクトルの
競合によるものではないかと考えている。本研究における高磁場での測定はグルノーブル(フランス)の強磁場施設を利用し、
CRTBT-CNRSのP. Monceau氏とA. Briggs氏との共同研究により進めている。
(4)擬一次元有機導体におけるスピン密度波転移と小周期振動
擬一次元有機導体(TMTSF)2XのFISDW相における平均場理論の妥当性と小周期振動の起源を明らかにするため、圧力下の(TMTSF)2PF6の
電気伝導度測定を高磁場下で行った。
その結果、これまでに報告されている(TMTSF)2PF6のFISDW相図では、高温側でのn=0の相とn=1の相の境界ははっきりとしていなかったが、
本実験によりn=0の相の高温側にn=1の相と思われる相が存在することが明らかになった。従来の平均場理論によるモデル計算ではこのような温度依存性に関する二度の相転移の
存在は予言されておらず、実験結果を説明するためには実際の結晶構造などを取り入れたより具体的な計算が必要であると考えられる。また、TMTSF塩のSDW相では
フェルミ準位には状態密度を持たないと考えられていが、高磁場においてシュブニコフ‐ド・ハース効果と似た小周期振動と呼ばれる磁気抵抗の振動を起こすことが知られている。
この小周期振動の振動数の圧力依存性を調べた結果、常圧では220-240Tの周期を持つ小周期振動が圧力を増すにつれて増加し、FISDW相を示す1.0GPaまで連続的に変化した。
このことはFISDW相で観測される小周期振動がSDW相で観測される小周期振動と同一の起源を持つことを意味している。小周期振動の振幅は低温で急速に減少するので、
TMTSF塩で報告されているSDW相内の相転移と関連している可能性もあり、起源に関しては今後さらなる研究が必要である。
本研究における高磁場での測定は東北大金研の強磁場施設を利用し、金研の佐々木孝彦氏との共同利用により進めている。
(5)擬二次元有機導体κ-(BEDT-TTF)2Xの低温相図
擬二次元有機導体κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Brは反強磁性絶縁相との境界に近い超伝導相に位置し、部分重水素置換や80K付近の冷却速度を
制御することにより 超伝導相と反強磁性絶縁相との相境界付近を細かく制御できる強相関電子系であることが知られている。相境界付近の低温相図を明らかにするために、
電気伝導度測定を磁場下で行った。その結果、部分重水素置換された試料においてNMRや熱膨張率の異常が報告されている温度および金属相と反強磁性絶縁相との相分離が
予想されている温度において電気抵抗の飛びやヒステリシスが観測された。さらに、部分重水素置換や80K付近の冷却速度を制御することにより、
超伝導相と反強磁性絶縁相との相境界付近の低温相図を明らかにすることができた。今後、部分重水素置換と80K付近の冷却速度が低温相図に果たす役割を明らかにし、
擬二次元強相関電子系の超伝導相と反強磁性絶縁相との競合を議論していく予定である。
(6)単層カーボンナノチューブのSTM/STS
単層カーボンナノチューブにおいて、STM/STS測定を行った。基板は従来用いていたグラファイトに替え雲母上の金の蒸着膜を用いた。
室温でのSTM測定ではバンドルの存在が確認された。走査プロファイルから、これらのバンドルは直径1.5-2.0 nmの単層カーボンナノチューブから形成されていることが
確かめられた。高分解能スペクトルの取得を目指し4.2 Kにおいて測定を行った。4.2 KにおいてはSTM像を得ることは困難であったが、STS測定を重点的に行った。
その結果、従来われわれが得ていたものより高精度なトンネルスペクトルが得られた。スペクトルにはギャップ構造やvan Hove特異点に由来する電子状態密度の発散的増大が
明確に観測され、その特徴により半導体的なものと金属的なものの2つに大別された。半導体チューブにおけるギャップの大きさ、
および金属チューブにおけるギャップ状構造の大きさ(第1ピーク間の幅)はナノチューブの直径を1.5-2.0nmとした際の理論的予測と一致することが確かめられた。
さらに金属チューブに関しては、グラフェンの等エネルギー面の異方性に由来するピークの分裂を従来よりも精度よく観測することができた。
第1ピークの分裂幅は50-150 meVと求まり、理論的予測(77-140 meV)とほぼ一致することが見出された。また、稀にではあるがvan Hove特異点とは同定されないピーク構造が
見出された。このピーク構造は、単層カーボンナノチューブに格子欠陥を導入した際の電子状態密度の理論的予測と定性的に一致することから、
格子欠陥に由来する局在状態によるものと考えられる。STM像との対応を図った上で局所的電子状態を明らかにしていくことが今後の課題である。
(7)Ba8Si46のSTM分光
シリコンクラスレート化合物Ba8Si46の超伝導相においてSTM分光測定を行った。超伝導転移温度(Tc=8 K)以下において
トンネル微分コンダクタンスカーブに明確な
超伝導ギャップが観測された。ギャップ内に残る有限のコンダクタンスはギャップの異方性を示唆する。しかしながら、この異方性はノードを伴うd-波対称性では説明できず
、ゼロバイアス付近の平坦な振る舞いは有限のギャップを示唆する。そこで、ギャップは冦inから冦axまで方向に依存して変化するモデルによる説明を試みた。
実験から得られたトンネルスペクトルはこのモデルにより説明され、フィッティングから冦in =0.45 meV,
冦ax =1.5 meVを得た。このことから、
ギャップは有限でありかつ異方性を持つことがわかった。トンネルスペクトルの温度変化からは、低温において明確に観測されたギャップ構造が温度の上昇とともに
ぼやけていく様子が得られた。Tc=8 K以上ではギャップは完全に消失し、コンダクタンスは平坦になった。予備的ではあるが、
ゼロバイアスにおけるコンダクタンスの温度変化は上記モデルと矛盾するものではないことが確かめられた。結晶の方位を制御したSTS測定およびトンネルスペクトルの詳細な
温度変化からギャップの異方性の起源を明らかにすることが今後の課題である。
3.成果発表
<原著論文>
1. Role of the dimerized gap due to anion ordering in spin-density wave phase of (TMTSF)2ClO4 at high magnetic fields
N. Matsunaga, A. Ayari, P. Monceau, A. Ishikawa, K. Nomura, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji
Physical Review B Vol.66, 024425 (2002).*
2. Tunneling Spectroscopy on Carbon Nanotubes Using STM
K. Ichimura, M. Osawa, K. Nomura, H. Kataura, Y. Maniwa, S. Suzuki and Y. Achiba
Physica B 323, 230-232 (2002).*
3. FISDW in quasi-one dimensional organic conductors with the dimerized gap due to anion ordering
N.Matsunaga, A.Ayari, P.Monceau, K.Yamashita, A.Ishikawa, K.Nomura, M.Watanabe, J.Yamada, and S.Nakatsuji
J. Phys. IV France Pr-9, 381-384 (2002).*
4.1.学術講演(国際学会・国際シンポジウム)
<一般講演><<口頭発表>>
1. *N. Matsunaga
SDW in quasi-one dimensional conductors.
International Workshop on Control of Conduction Mechanism in Organic Conductors (ConCOM2002), Shonan Kokusai Village Center, Kanagawa, Japan,
January 28(Mon) - 30(Wed), 2002
2. * K. Ichimura
STS in organic superconductors.
International Workshop on Control of Conduction Mechanism in Organic Conductors (ConCOM2002), Shonan Kokusai Village Center, Kanagawa, Japan,
January 28(Mon) - 30(Wed), 2002
3. *N.Matsunaga, A.Ayari, P.Monceau, K.Yamashita, A.Ishikawa, K.Nomura, M.Watanabe, J.Yamada, and S.Nakatsuji
FISDW in quasi-one dimensional organic conductors with the dimerized gap due to anion ordering
International Workshop on ELECTRONIC CRYSTALS (ECRYS-2002)
September 2-7, 2002, France (Saint Flour).
<一般講演><<ポスター発表>>
1. *K. Nomura
Non-linear conductivity in the incommensurate SDW phase of (TMTTF)2Br under pressure N. Matsunaga
International Workshop on Control of Conduction Mechanism in Organic Conductors (ConCOM2002), Shonan Kokusai Village Center, Kanagawa, Japan,
January 28(Mon) - 30(Wed), 2002
2. *N. Matsunaga, K. Yamashita, A. Ayari, P. Monceau, A. Ishikawa, K. Nomura, M. Watanabe, J. Yamada, and S. Nakatsuji
Cooling rate dependence of rapid oscillations in deuterated (TMTSF)2ClO4 at high magnetic fields
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2002), Shanghai, China, June 29 -- July 5, 2002
3. *K. Nomura, A. Ishikawa, K. Ishimura, N. Matsunaga, T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito
Non-linear Conductivity in the Incommensurate Spin-Density Wave Phase of (TMTTF)2Br
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2002), Shanghai, China, June 29 -- July 5, 2002
4. *K. Ichimura, K. Suzuki, K. Nomura and A. Kawamoto
STM Spectroscopy on partially deuterated κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br
International Conference on Science and Technology of Synthetic Metals (ICSM2002), Shanghai, China, June 29 -- July 5, 2002.
4. *K. Nomura, T. Terazaki, A. Hoshikawa, N. Matsunaga, M. Watanabe, S. Nakatsuji, J. Yamada
Non-linear Conductivity in the Spin-Density Wave Phase of (TMTSF-d12)2ClO4
23nd International Conference on Low Temperature Physics (LT-23), Hiroshima, Japan
August 20 - 27, 2002
5. *N. Matsunaga, K. Yamashita, M. Yamashita, A. Kawamoto, K. Nomura
Phase diagram of partially deuterated k-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]Br
23nd International Conference on Low Temperature Physics (LT-23), Hiroshima, Japan
August 20 - 27, 2002
6. *N. Matsunaga, K. Yamashita, T. Oota, K. Nomura, T. Sasaki, T. Hanajiri, J. Yamada, S. Nakatsuji
Field-induced SDW phase diagram of (TMTSF)2PF6 at high magnetic fields
23nd International Conference on Low Temperature Physics (LT-23), Hiroshima, Japan
August 20 - 27, 2002
7. *K. Ichimura, K. Nomura, H. Fukuoka and S. Yamanaka
STM spectroscopy on Ba8Si46
23nd International Conference on Low Temperature Physics (LT-23), Hiroshima, Japan
August 20 - 27, 2002
4.2.学術講演(国内学会・国内その他)
<一般講演><<口頭発表>>
1. *鈴木一裕、市村晃一、野村一成、河本充司
「κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]BrのSTM分光II」
日本物理学会第57回年次大会(立命館大)2002年3月24日(日)- 27日(水)
講演番号 26pXM-3 (講演概要集57巻第1号第4分冊793ページ)
2. *石川敦史、松永悟明、石村和規、野村一成、中村敏和、高橋利宏、斎藤軍治
「(TMTTF)2Brのスピン密度波相における非線形伝導」
日本物理学会第57回年次大会(立命館大)2002年3月24日(日)- 27日(水)
講演番号 27pXM-3(講演概要集57巻第1号第4分冊809ページ)
3. *市村晃一、野村一成、福岡宏、山中昭司
「Ba8Si46のSTM分光」
日本物理学会第57回年次大会(立命館大)2002年3月24日(日)- 27日(水)
講演番号 24aXN-1 (講演概要集57巻第1号第4分冊761ページ).
4. *太田敬道、山下勝美、松永悟明、野村一成、佐々木孝彦、花尻武、山田順一、中辻慎一、安西弘行
「(TMTSF)2PF6における磁場誘起スピン密度波相図」
日本物理学会2002年秋季大会(中部大学)2002年9月6-9日
講演番号 9pSD-2(講演概要集57巻第2号第4分冊722ページ)
5. *石村和規、松永悟明、石川敦史、野村一成、中村敏和、高橋利宏、斎藤軍治
「(TMTTF)2Brのスピン密度波相における非線形伝導II」
日本物理学会2002年秋季大会(中部大学)2002年9月6-9日
講演番号 9pSD-3(講演概要集57巻第2号第4分冊722ページ)
6.在外研究
松永悟明
「擬一次元有機導体における電子状態の研究に関する研究開発動向の調査」
2002年2月から2002年4月 極低温研究所(CRTBT-CNRS)グルノーブル(フランス)
市村晃一
「多層カーボンナノチューブにおける電子状態の研究に関する研究開発動向の調査」
2003年2月から2003年4月 ヘルシンキ工科大学低温研究所、エスポー(フィンランド)