磁場誘起スピン密度波相におけるアニオン秩序化による超格子構造の役割

 有機導体(TMTSF)2ClO4は、一方向にのみ高い電気伝導度を示す電荷移動錯体である。 正四面体構造をもつClO4アニオンは結晶中では二つの安定な配向をもち、低温で配向秩序転移をおこす[1]。 この温度を anion ordering (AO)温度(TAO)と呼ぶ。 TMTSF分子のメチル基の水素が重水素に置換された(TMTSF)2ClO4ではTAO=27Kである。 TAO付近を徐冷すると低温で超伝導相が現れるが、c*軸方向に磁場をかけると電子系の一次元性が増加し、 擬一次元的フェルミ面のネスティングを反映し、図1に示すように量子化されたホール抵抗 ρxy = h/(2Ne2) (N = …5,3,1,0) を伴うスピン密度波(SDW)相に逐次相転移をする[2]。 このような磁場の印加により生じるSDWを磁場誘起SDW(FISDW)と呼ぶ。 (TMTSF)2ClO4TAO付近を通過する冷却速度を変えることによって基底状態が大きく変化する[3,4]。

 図2は重水素に置換された(TMTSF)2ClO4の磁気抵抗の冷却速度依存性である[4]。 徐冷相では見えないが中間的な冷却速度では22〜27Tにおいて抵抗の急激な増加を伴ったN=1からN=0への相転移が現れ、 冷却速度を上げるに従って転移磁場は減少していく。 このように(TMTSF)2ClO4のFISDW相図はTAOを通過する冷却速度に大きく依存する。 これまで徐冷相では9T付近から30T付近までN=1の単一相であると考えられてきたが、 図2を見ると14〜21Tの磁気抵抗に大きなヒステリシスがあり何らかの相転移がN=1の相内に示唆される。

図1
図1[2]
図2
図2

 これまで徐冷相では9T付近から30T付近まで量子数がN=1の単一相であると考えられてきた[2]が、 最近の実験結果より、17Tより高磁場側のホール抵抗が冷却速度によらずほぼ一定である相と冷却速度の増大にと もなってホール抵抗が大きく減少しホール抵抗が量子化されない低磁場側の相に分かれていることがわかってきた[4,5]。 

図3に1.3Kにおける高磁場までのホール抵抗の冷却速度依存性を示す。 徐冷相では9TでN=1のFISDW相に転移し28TまでN=0への転移は無かったが、冷却速度を上げると、 26Tで急激にホール抵抗は減少しN=0へ転移した。 このことは図2で示した磁気抵抗における冷却速度依存性の結果と一致する。 中間相においても20〜26Tでは一定のホール抵抗を示すN=1の相が観測されたが、 15T以下でのホール抵抗はヒステリシスを伴って徐冷相に比べて大きく減少し一定の値をとらない。15T以下でのホール抵抗の減少を0.5Kにおいて詳細に調べた結果を図4に示す。 徐冷相においては、8T付近でN=3のホールプラトーを持ち、8.5T以上でN=1の相になる。 冷却速度を上げていくと、徐冷に近い冷却速度ではN=3と17TにおけるN=1のプラトーでの ホール抵抗はほとんど変わらなかったが、 9〜14Tでのホール抵抗冷却速度が増えるにしたがって連続的に減少していった。

図3
図3
図4
図4

冷却速度と磁場の相図を図5に示す。 これまで徐冷相は約8Tから高磁場でN=0に転移するまでN=1の単一の相であると考えられていた。 しかしN=1の相が実は二つの相に分かれており、高磁場側の相はホール抵抗 が冷却速度に依存せず一定のホールプラトーをもつN=1の相であり、低磁場側の相は冷却速度を上げると ホール抵抗が連続的に減少していくnon-quantized相であることがわかった。 その転移磁場は冷却速度を上げると低磁場側へシフトしていく。 

徐冷相では ClO4-アニオンは秩序化し結晶中に新たな周期ポテンシャルをつくる。 伝導電子はこの周期ポテンシャルを感じ、フェルミ面は図6に示すように2つに分割される。 冷却速度が増大すると秩序化した領域は徐々に小さくなり、その境界は非対称分子のポテンシャルの周期性が なくなるため乱れとして働く。 さらに、FISDW相図の冷却速度依存性は、冷却速度を上げることによりアニオンに よりできるフェルミ面のギャップの大きさが徐々に小さくなっていると仮定して説明できる[3,4]。

 (TMTSF)2ClO4のフェルミ面は、AOによる波数(0,1/2,0)の超格子ポテンシャルによって、図6に示すような dimerized gapが生じることが知られている。 N=1の相ではQSDW±の二つのネスティングベクトルが低温ではネストしており、 徐冷相ではその一方がN=1のホール抵抗を担っていると考えられる。 14〜21Tの相転移の高磁場側、低磁場側共にN=1の相であるため、この相転移はN=1のホール抵抗を担うネスティングベクトルが、 QSDW+とQSDWの間で移り変わっているのではないかと考えられる。 しかし、低磁場側の相において冷却速度の上昇につれて連続的にホール抵抗が減少する理由については、現在のところ不明である。

図5
図5
図6
図6

 

本研究における高磁場での測定はグルノーブル(フランス)の強磁場施設を利用し、 CRTBT-CNRSのP.Monceau氏とA.Briggs氏との共同研究により進めている。

詳細は下記の論文[3-5]を参照してください。

参考文献 

[1] T. Ishiguro, K. Yamaji, and G. Saito, Organic Superconductors II  (Springer- Verlag, Berlin, 1998). 

[2] S. K. McKernan, S. T. Hannahs, U. M. Scheven, G. M. Danner, and P. M. Chaikin, Phys. Rev. Lett. 75, 1630 (1995) 

[3] N. Matsunaga, A. Briggs, A. Ishikawa, K. Nomura, S. Takasaki, J. Yamada, S. Nakatsuji, H. Anzai Physical Review B, Vol.62, P.8611-8614 (2000) 

[4] N. Matsunaga, A. Ayari, P. Monceau, A. Ishikawa, K. Nomura, M. Watanabe, J. Yamada, S. Nakatsuji Physical Review B Vol.66, 024425 (2002) 

[5] N. Matsunaga, A. Ayari, P. Monceau, K. Yamashita, A. Ishikawa, K. Nomura, M. Watanabe, J. Yamada, and S. Nakatsuji J. Phys. IV France Pr-9, 381-384 (2002)