擬一次元有機導体(TMTTF)2Brにおけるスピン密度波転移

擬一次元有機導体(TMTTF)2Brは常圧ではおよそ 100Kで抵抗が極小を示し、14Kで反強磁性相に転移 する。0.5GPa以上の圧力を加えると低温まで金属状態 を保ち、0.5GPaではおよそ20Kでスピン密度波(SDW) 相に転移し、圧力が増大するとSDW転移温度(TSDW) は低下することが知られている[1]。一般にTSDWは擬一 次元的フェルミ面のネスティングの度合いにより決まると 従来考えられてきた。フェルミ面のネスティングが完全 な場合には磁場をかけてもTSDWは変化しないが、ネス ティングが不完全な状態に磁場をかけると電子の運動 は一次元的になりSDW転移の抑制は弱くなると考えら れている。二次元性が強くSDW転移が抑制されている 場合、磁場を印加することによりTSDWが上昇することが 知られている。実際、TMTSF塩のSDW相においてc* 軸方向に磁場を加えることでTSDWが大きく上昇すること が知られている。

図1
図1
図2
図2

   擬一次元有機導体(TMTTF)2Brは0.5GPaの圧力下 では19.5K付近でSDW転移を起こすが、圧力を加える と系の二次元性が増すためフェルミ面のネスティングが 不完全になりSDW転移温度TSDWが低下する。図1は (TMTTF)2Brで2.1GPaの圧力下における抵抗と微分抵抗の温度依存性である。2.1GPaの圧力をかけることに よりTSDWが0.5GPaの場合に比べて半分程度に低下し ている。c*軸方向に磁場を加えると、ゼロ磁場では12.5 Kだった転移温度が16Tでは12.9Kまで上昇している。 これらの振舞いは圧力により増加したフェルミ面の不完 全なネスティングにより抑制されたSDW状態が、磁場 により系の一次元性が増すことによりフェルミ面のネス ティングが完全な場合のSDW転移温度TSDW0に向けて 回復するとして定性的に説明される。磁場を考慮した平 均場理論[2,3,4]によるとTSDWの磁場依存性は低磁場 領域では磁場の二乗に比例し、高磁場領域ではTSDW0 に向けて飽和することが期待される。 図2は磁場を横軸にとって、様々な圧力における TSDWをプロットしたものである。図2における実線はそ れぞれの実験結果について磁場の二乗の依存性を考 慮したフィッティング曲線である。24Tまでの磁場では磁 場の二乗に比例して増加しており、飽和へ向かう傾向 はみられなかった。これらの振舞いは低圧における (TMTSF)2PF6と同じ[5]であり、(TMTTF)2Br のSDW転移もフェルミ面のネスティングによるSDW転 移であることを示している。 

図3は(TMTTF)2Brの二次の係数Cとゼロ磁場にお けるSDW転移温度の関係を示したものである。係数C は平均場理論では電子バンドの二次元性により決まる が、フェルミ速度などにも依存する。図には (TMTSF)2PF6の結果[5]も比較のために載せ た。高圧における(TMTTF)2Brの結果は滑らかに (TMTSF)2PF6の結果に繋がっている様に見える。このこ とから、2.1GPa における(TMTTF)2Brのパラメータは常圧の(TMTSF)2PF6に近いと考えられる。以前、 (TMTSF)2PF6の結果よりTSDW0が圧力に依存しない と仮定して(TMTSF)2PF6のパラメータを決定した。図3 の破線はその場合のフィッティング曲線であり、 (TMTSF)2PF6の結果とよく一致している。平均場理論のフィッティングによりTSDW0は16K、フェルミ速度vFは約 1.03×10m/sであると見積もられた。しかしながら、低圧 側の(TMTTF)2Brのデータは破線より上方にずれてい る。このことはTSDW0が圧力に依存しないことを仮定する と(TMTTF)2Brと(TMTSF)2PF6を統一的に説明できな いことを意味にしている。(TMTTF)2Brのみのデータで すらTSDW0が圧力に依存しないことを仮定すると平均場 理論でフィッティングできない。結局、実験結果は圧力 に対してTSDW0が変化することを示唆している。 平均場理論におけるBCSの関係よりTSDW0は 

      (1)

 で与えられる。ここでDはバンド幅、N(0)はフェルミレベ ルにおける状態密度、Iはon-siteクーロンエネルギーで ある。圧力が増えるにつれて(a)on-siteクーロンエネル ギーの減少(b)状態密度の減少(c)バンド幅の増大が 期待される。(1)式よりN(0)Iは指数関数的にTSDW0に 寄与しているので、Dの変化より結合係数N(0)Iの変化 のほうが支配的であると考えられる。結果として、圧力 増大によるTSDW0の減少は結合係数N(0)Iの減少による ものであると考えられる。実際、結合係数N(0)Iの減少 は圧力下の(TMTCF)2Xの金属相における NMRの実 験[6]より示唆されている。このような圧力増大による TSDW0の減少を考慮すると図3における破線と (TMTTF)2Brの結果との食い違いを説明できる可能性 がある。 フェルミ速度vFは圧力に依存しないと仮定して、各圧力におけるTSDW0を見積もることができる。その結果 をTSDWと共に図4に示した。TSDW0は圧力が増大するに つれて0.75GPaの20Kから2.1GPaの16.8Kまで図4の実線で示したようにほぼ線形的に減少した。図4に示 したTSDW0の線形の圧力依存性を使って、図3の実線 の様に(TMTTF)2Brの磁場に対する二次の係数Cとゼ ロ磁場におけるSDW転移温度の関係がよく説明できる。 ここでの解析ではフェルミ速度vFが圧力に依存しないと 仮定した。通常、この実験の範囲内ではフェルミ速度は あまり圧力依存性は示さないと考えられ、また多少フェ ルミ速度が圧力依存したとしてもここでの結論は変わら ない。結論として、(TMTTF)2BrのTSDWの磁場依存性 は圧力よる二次元性の増大と結合定数の減少を考慮し た平均場理論によってよく説明される。又、 (TMTTF)2Brと(TMTSF)2PF6のSDW相は常圧における 原点の異なった共通の圧力軸をもつ擬一次元導体とし て系統的に理解できることがわかった。 

図3
図3
図4
図4

本研究における高磁場での測定は東北大金研の強磁場施設を利用し、金研の佐々木孝彦氏との共同利用により進めています。

詳細は下記の論文を参照してください。

Electron correlation and two-dimensionality in the spin-density-wave phase of (TMTTF)2Br under pressure
A. Ishikawa, N. Matsunaga, K. Nomura, T. Sasaki, T. Nakamura, T. Takahashi, G. Saito
Physical Review B Vol.67, 212404 (2003)

参考文献 

[1] T. Ishiguro, K. Yamaji, and G. Saito, Organic Superconductors II  (Springer- Verlag, Berlin, 1998). 

[2] G. Montambaux, Phys. Rev. B 38, 4788 (1988). 

[3] K. Maki, Phys. Rev. B 47, 11506 (1993).  

[4] A. Bjelis and K. Maki, Phys. Rev. B 45, 12887 (1992).  

[5]N. Matsunaga, K. Yamashita, H. Kotani, K. Nomura, T. Sasaki, T. Hanajiri, J. Yamada, S. Nakatsuji, H. Anzai, Physical Review B Vol.64, 052405 (2001)

[6] P. Wzietek, F. Creuzet, C. Bourbonnais, D. Jerome, K. Bechgaard, and P. Batail, J. Phys. I France 3, 171 (1993).