擬一次元有機導体(TMTSF)2PF6における磁場誘起スピン密度波転移と小周期振動

 擬一次元有機導体(TMTSF)2X(X=PF6,AsF6)は常圧ではおよそ12Kで不整合スピ ン密度波(SDW)相に転移するが0.9GPa以上の圧力を加えることによりSDW相は抑制され超伝導 相が安定化する[1]。SDW転移は擬一次元的フェルミ面のネスティングの度合いに より決まり、二次元性が強いとSDW転移は強く抑制される。二次元性 が強くゼロ磁場ではSDW転移が完全に抑制され ている試料に対してc*軸方向に磁場を加えると、 磁場による一次元性の復活により量子化されたホ ール係数を持つ半金属状態のSDW相が現れ、磁場が増えるにしたがって異なる半金属相を逐次相 転移し、最終的にはホール係数がゼロとなる絶縁 相が安定化する。この逐次転移を示すSDW状態 を、磁場誘起SDW(FISDW)相と呼ぶ。又、SDW 及びFISDW相内における磁気抵抗が高磁場にお いて、シュブニコフ‐ド・ハース効果と似た小周 期振動と呼ばれる振動を起こすことが知られている。 

1 FISDW転移の温度磁場相図 

 擬一次元有機導体(TMTSF)2PF6は常圧下,ゼロ 磁場では12K付近でSDW転移を起こすが、圧力 を加えると系の二次元性が増すためフェルミ面の ネスティングが不完全になり、およそ0.9GPaの 圧力でSDW転移は完全に抑制される。この状態 においてc*軸方向に磁場を加えると、FISDW相 が現れる。 図1、2は(TMTSF)2PF6で1.0GPaの圧力下に おける抵抗の温度依存性及びc*軸方向に磁場を 加えた場合の磁場依存性である。図1では低温で 抵抗がほぼ温度に依存しない金属相から抵抗の増 加が見られる磁場誘起SDW相に転移しているこ とがわかる。さらに、22 Tと24 Tでは図1の矢 印で示すところにギャップが開くのにともなった と考えられる抵抗の急激な上昇が観測された。こ のことは高磁場では高温での金属相からFISDW 相への転移とあわせて二度の相転移が起こってい ることを示唆している。 図2に示すような抵抗の磁場依存性からも FISDW相の相図を調べることができる。図の矢 印で示したところに抵抗の大きな変化が見られ、 磁場誘起SDW相内での逐次相転移が起こってい ることがわかる。 以上のデータから得られた磁場誘起SDW相の 相図が図3である。低温高磁場の相は、一旦抵抗 が急に上昇した後熱活性化型で抵抗が上昇する通 常のSDW転移と似た温度依存性で特徴付けられ、 n=0の絶縁相であると考えられる。n=0の相の低 磁場側にはn=1の相があることが知られている。 これまでに報告されている(TMTSF)2PF6の相図 [2]では、高温側でのn=0の相とn=1の相の境界 ははっきりとしていなかったが、今回n=0の相の 高温側にn=1の相と思われる相が存在すること が明らかになった。これまで行われてきたモデル 計算[3]ではこのような温度依存性に関する二度 の相転移の存在は予言されておらず、より詳細な 研究が必要であろう。 
図1
図1
図2
図2
図3
図3

 2.小周期振動  

擬一次元有機導体(TMTSF)2Xは金属相では一対の擬一次元的フェルミ面を持つが SDW相ではこのフェルミ面はネスティングを起こして消滅しフェルミ準位には状態 密度を持たないと考えられている。しかしながら、TMTSF塩は高磁場に おいてシュブニコフ‐ド・ハース効果と似た小周 期振動と呼ばれる振動を起こすことが知られてい る。小周期振動の起源は振動の周波数が温度依存 性を示さないこと及び振幅が低温で急速に減少す ることから考えて通常のフェルミ面のポケットに よるシュブニコフ‐ド・ハース振動ではないと考 えられている。 図2においても20T以上の高磁場側で明確な小 周期振動が現れている。小周期振動は磁場の逆数 に対して周期的に振動しており、その振動数の圧 力依存性を図4にプロットした。図に示したよう に常圧では220-240T [4,5,6]の周期を持つ小周 期振動は圧力が増大するにつれて増加し、1.0GPa では340Tまで連続的に増大した。このことは FISDW相で観測される小周期振動はSDW相で 観測される小周期振動と同一の起源を持つことを 意味している。 今回調べた圧力範囲では周期の増分はほぼ圧力 に比例している。圧力が加わることにより格子定 数やフェルミ面のトポロジーが変化する。前回の 報告では、常圧における小周期振動の周期のアニ オン依存性[7]とあわせて考えて、小周期振動の周 期は第一ブリルアンゾーンやフェルミ面に囲まれ た占有状態の面積に関連して変化していると考え た。しかしながら、小周期振動の周期の増分と第 一ブリルアンゾーンやフェルミ面に囲まれた占有 状態の占める面積の変化の割合が大きく違うため、 小周期振動の起源をフェルミ面に囲まれた占有状 態の面積やネスティングベクトルの長さに直接帰 することはできないと考えられる。 一つの可能性としてウムクラップ過程による小 さなギャップの磁場依存性が関連している可能性 が指摘されている。[8] 電子相関の強さの圧力依 存性を取り入れた平均場理論を使って求めたパラ メータ(発表論文5)をこの理論に適用すると小 周期振動の周期の圧力依存性をよく説明するが、 ウムクラップ過程による小さなギャップが実際に 存在しているという直接的な証拠はまだない。又、 小周期振動の振幅は図5に示すように低温で急速 に減少するので、TMTSF塩で報告されている SDW相内の相転移[9,10]と密接に関連している 可能性もあり、今後さらなる研究が必要である。

図4
図4
図5
図5

本研究における高磁場での測定は東北大金研の強磁場施設を利用し、金研の佐々木孝彦氏との共同利用により進めています。

参考文献 

[1] T. Ishiguro, K. Yamaji, and G. Saito, Organic Superconductors II  (Springer- Verlag, Berlin, 1998). 

[2] S. T. Hannahs, J. S. Brooks W. Kang, L. Y. Chiang, and P. M. Chaikin, Phys. Rev. Lett. 63, 1988 (1989). 

[3] Attila Virosztek, Liang Chen, and Kazumi Maki, Phys. Rev. B 34, 3371 (1986). 

[4] J. P. Ulmet, L. Bachere and S. Askenazy, Solid State Commun. 58 753 (1986). 

[5] S. Uji, J. S. Brooks, M. Chaparala, S. Takasaki, J. Yamada, and H. Anzai, Phys. Rev. B 55 12446 (1997). 

[6] J. S. Brooks, J. O'Brien, R. P. Starrett, R. G. Clark, R. H. McKenzie, S.-Y. Han, J. S. Qualls, S. Takasaki, J. Yamada, H. Anzai, C. H. Mielke, and L. K. Montgomery, Phys. Rev. B 59, 2604 (1999). 

[7] D. Vignolles, J. P. Ulmet, M. J. Naughton, L. Binet, and J. M. Fabre, Phys. Rev. B 58, 14476 (1999). 

[8] K. Yamaji, J. Phys. Soc. Jpn. 56, 1101 (1987). 

[9] T. Takahashi, Y. Maniwa, H. Kawamura and G. Saito, Physica, 143B, 417 (1986). 

[10] K. Nomura, Y. Hosokawa, N. Matsunaga, M. Nagasawa, T. Sambongi and H. Anzai, Synth. Met. 70 1295 (1995)