固体物性研究室

 

1.メンバー

授: 塩崎 洋一 011-706-3558 shiozaki@dielectrics.sci.hokudai.ac.jp

師: 野嵜 龍介 011-706-2691 nozaki@dielectrics.sci.hokudai.ac.jp

 

DC3: 喜久田 寿郎 野田 菜摘子

DC1: 清水 勝美

MC2: 岡 阿佐子 冨加見 友博

MC1: 小澤 泉太郎 福田

B4: 簔口 あゆみ

 

2.研究成果

() ロッシェル塩−アンモニウムロッシェル塩混晶の研究

ロッシェル塩(RS)とアンモニウムロッシェル塩(ARS)の混晶(RS-ARS)は、ARSの濃度xにより相転移の様子がさまざまに変化する。ある二つの温度の間で中間相としてのみ強誘電相(a)をもつRSのq特性はx=0.025で消失し(領域I)、濃度を高くすると相転移が観測されなくなる(領域II)。そして、x=0.18以上の領域では再び強誘電性相転移が起きるようになる(領域III)。しかし、その強誘電相はRSのもののような中間相ではない。そしてx=0.9以上では、b軸方向に応力によってのみ反転する自発分極を持つARS的な性質を示す(領域IV)

 

誘電緩和のARS濃度依存性

このように相転移の様子は逐次変化するが、領域IIIIIIにおいてはマイクロ波領域に誘電緩和が見られることが知られている。この緩和はRSにおいてはデバイ型で、相転移点おいて臨界挙動を示る。この誘電緩和のx依存性を調べるために、x=00.040.090.280.340.40の結晶の複素誘電率測定を100MHzから10GHzの周波数領域で行った。HP8510Bネットワークアナライザを用いたトランスミッションライン法により、同軸ケーブル先端に取り付けたサンプルの反射係数を測定し、複素誘電率を求めた。測定温度領域は150Kから300Kで、温度は密閉式のヘリウム循環拡散ポンプと電気ヒーターを使用して制御した。

実験の結果、すべての試料に対し臨界挙動が見られた。また平均場近似が成り立つことが分かったので、臨界挙動を取り去った後の誘電緩和素過程を求め解析した。その結果、中間相を持つRSの素過程は熱活性化過程ではないが、低温相として強誘電相を持つx=0.280.340.40では熱活性化過程であることがわかった、後者の場合ではxが大きくなるにしたがって活性化エネルギーが大きくなる。これはxとともに双極子構造が変化していることを示している。今後の課題はこの結果とX線構造解析の結果得られている結晶構造のx依存性との比較検討で、それは誘電活性である原子団の同定につながる手がかりを与えてくれるものと期待される。

一方、急冷した混晶試料では、100K以下の低温度領域において1KHzから100KHzの周波数領域で誘電緩和が観測された。簡単な解析から、この緩和の活性化エネルギーもやはりxとともに大きくなる傾向があることが分かった。この低周波緩和と前述の高周波緩和の関係が興味あるところである。

これらの成果は日本物理学会と第9回強誘電性国際会議において発表された。

 

熱的性質のARS濃度依存性

光交流法により領域IIIにおける相転移に伴う比熱異常を調べた。測定から得られた比熱異常の温度依存性から、転移エントロピーを計算した。その結果、の値はxとともに単調に大きくなることがわかった。誘電緩和の研究から得られた双極子構造のx依存性や、以前に発表した自発分極のx依存性などとの関連が注目される。

この成果は日本物理学会において発表された。

 

RSの構造相転移

ロッシェル塩は、室温付近でのみ強誘電相もつ特異な物性を示す物質である 。これまでこの物質の相転移は、マイクロ波領域で誘電緩和現象が観測されたことから秩序−無秩序型であると考えられてきた。しかしその相転移機構については、結晶構造が複雑であるため、不明な点が多く、未だ明らかにされていない。最近、光散乱実験によって、ロッシェル塩の低温側常誘電相でソフトモードの観測が報告された。これらのことからロッシェル塩の相転移機構は、単純な双極子の配向によるものではないことが予想され、興味をもった。

我々は、この物質の相転移機構を解明するために、低温側常誘電相でX線結晶構造解析を行い、結晶構造の温度変化を調べた。その結果、ロッシェル塩の低温側常誘電相では、剛体的な酒石酸分子と単位格子のフレームを構成するカリウムイオン、および水分子O(8)の間の結合が温度変化せず、これらの結合は、b-c面に平行な面内に存在すること。水分子O(8)は、この面に垂直な方向に大きく変位し、その方向は、強誘電相で自発分極の発生するa軸方向であることが明らかになった。

このように、ロッシェル塩の低温側常誘電相では、変位型の特徴である原子変位が観測された。また光散乱実験で観測されたソフトモードの実体は、水分子O(8)によるものではないかということを言及した。今後は、秩序−無秩序型と変位型の両方の面からこの物質の相転移機構を検討していく必要があると考えられ、新たな展開が期待される。

これらの成果は日本物理学会と第9回強誘電性国際会議において発表された。

 

ARSの構造相転移

アンモニウムロッシェル塩は間接型強誘電体の代表的物質としてモリブデン酸ガドリニウムと共に良く知られた物質である。その構造はロッシェル塩と同型でロッシェル塩を構成するカリウムをアンモニウムで置換したものである。しかし、その自発分極を電場で反転することはできず、応力によってのみ反転できるという特異な性質を持つ。また、ロッシェル塩の構造相転移では自発分極がa軸方向に発生するのに対し、アンモニウムロッシェル塩の分極方向は、同型であるにも関わらずb軸である。

このため、相転移機構に興味が持たれるが、実験では誘電測定などの物性測定は行なわれているものの、低温単斜相で双晶になるなどの困難から構造解析はほとんど行なわれていない。構造相転移の機構を探るには結晶構造の変化を明らかにする必要がある。アンモニウムロッシェル塩の低温単斜相の構造についての報告がこれまでにもいくつかあるが、超格子構造になるという報告やインコメンシュレート構造を示唆する報告など、それぞれの実験結果で違いが見られている。粉末結晶による構造解析も行なわれているが超格子構造は確認されていない。

このため、単結晶の低温単斜相における空間群の確認及び超格子構造、分域構造の観察を行ない、構造相転移前後の結晶構造の変化の全体像を捉えるためのX線回折実験を行なった。X線の検出にはイメージングプレートを用いたワイゼンベルグカメラを製作し使用した。撮影されたワイゼンベルグ写真から低温単斜相における空間群が理論的示唆の通りであることを確認した。また、分域構造がa軸に垂直な面を持つ双晶であることがわかった。さらに構造相転移の機構を明らかにするため、温度の関数としてX線回折による回折点の位置及び強度の測定を行なうと同時に、現象論的側面からの考察も進めている。

これらの成果は、日本物理学会及び学術論文として発表された。

 

() ガラス形成物質の分子運動の研究

液体を急冷すると過冷却液体となりガラス転移を起こす。単純な液体では実験的に過冷却状態を実現することは困難である場合が多いが、複雑液体においては容易に過冷却状態を実現でき、ガラス転移が起きる。代表的な複雑液体としては高分子があげられる。高分子は、その分子内自由度の大きさや絡み合い効果により、容易に過冷却状態になる。またアモルファス高分子は、その分子構造の不規則性により結晶化が起きず、安定な過冷却状態を持つ。これらのような実験的にガラス転移を起こすことが可能な物質を、結晶化しない場合の物性を念頭においた上で、ガラス形成物質と呼んでいる。

ガラス形成物質の特徴の一つは、融点からガラス転移点にかけてのわずか100Kほどの温度の低下とともに、分子の運動性が16桁以上も遅くなることである。この過程は経験的にVF式と呼ばれる非アレニウス的な式で記述される。しかし、16桁にも及ぶ変化のすべてがこの単一の式で記述できるかどうか疑問も多い。この問題を解決するためには、同一の試料に対し同一の測定法による系統的な研究が重要である。

本研究ではソルビトール(D-sorbitol)の分子運動を誘電緩和法により観測した。ソルビトールは水素結合性ネットワーク液体であり、無水状態の融点は380K、ガラス転移温度は270Kと報告されている。複素誘電率の測定は265K-349Kの温度領域で、10?Hz-10GHzの周波数範囲で行われた。15桁にも及ぶ周波数をカバーするために、2種類のクライオスタットと、4種類の測定装置を用意した。各測定温度における複素誘電率の周波数依存性から、計算機を利用し誘電緩和時間を計算し分子運動速度を見積もった。その結果、272Kを境に分子運動の温度依存性に変化が見られることがわかった。今後より精密な測定を行い、特に272K以下における分子運動の詳細を検討しなければならない。

この成果は、第3回複雑系における緩和に関する国際討論会議において発表された。

 

() 動的な比熱の研究

比熱は物質に熱を与えたときの温度上昇を、あるいはある温度上昇に必要な熱量を与える。いま熱を与えることを刺激、温度が上昇することを応答とみたとき、熱伝導や熱拡散による効果を取り除いた応答成分は、電場に対する分極応答のように考えることができる。我々はこの原理を用い、動的な比熱の研究をしてきた。ACカロリメトリーでは、試料に周期的な熱を与え、周期的な温度変化を測定し、両者の振幅比と位相差から複素比熱を得ることができる。

本研究では、複素比熱測定を強誘電性構造相転移について1Hzで行った。その結果、アンモニウムロッシェル塩、チオ尿素、KDPなどにおける一次相転移においては、複素比熱の実部のほかに虚部にも異常が見出された。一方TGSにおける二次相転移では、実部だけに異常が観測された。これらの結果は、複素比熱測定が一次転移における動的な側面を研究する上で非常に有効であることを示唆している。

この成果は、日本物理学会において発表された。

 

() 液晶溶液の研究

液晶はその応用面の重要性から、特にマクロな性質が盛んに研究されているが、それに比べて分子レベルの研究は少ない。本研究では、液晶分子の誘電緩和の素過程を研究することを目的とした。用いた液晶分子は4-n-alkyl-4’-cyanobiphenyl (nCB)4-n-alkoxyl-4’-cyanobiphenyl (nOCB)で、これらを無極性のベンゼンに溶かした溶液を試料とした。試料は5wt%10wt%20wt%3種類の濃度のものを用意した。誘電緩和測定は、10℃から50℃の温度で、100MHzから10GHzの周波数領域で行われた。nCBnOCBの違いのほかに、それぞれいくつかのnが異なるものを用意し、n依存性にも着目した。

測定の結果、すべての試料の緩和過程がアレニウス型の温度依存性を示した。そして、得られた固有緩和時間がnに依存し、nが大きくなるとn=8のところで急激に大きくなることがわかった。n=8以下のnCBnOCB液晶はスメクティック相をとらないが、それ以上ではとる。この固有緩和時間ととりうる相の関係は大変興味深い。

この成果は、日本物理学会において発表された。

 

() 水とアルコールの混ざり方の研究

エタノール水溶液の誘電緩和をTDR法を用いて測定した。測定温度は20℃と25℃である。そして誘電緩和パラメータの濃度と温度依存性について分析した。

Eyringの速度論によると、緩和時間はと表される。ここでは活性化の自由エネルギー、はエンタルピー、はエントロピーで、である。測定された水溶液の緩和時間の温度依存性との関係式を用い、からを分離した。は周囲の分子との相互作用の強さ、は活性化状態にいたるまでにどの程度周囲の分子配置を乱すかの目安を与える。アルコールのモル分率x=0.2以下において、の過剰分は大きな正のピークを示した(AWはアルコールと水を表す)。過剰分に対する、水とアルコールの各成分ごとの1モルあたりの部分量についてみてみると、x=0.035x=0.085付近では正の極大、は負の極小をとるが、濃度の増加とともにこれら諸量の符号が逆転するなどの得意な挙動が見られた。これらより、水とアルコールの混ざり方が濃度によって大きく異なること、疎水性効果がアルコール水溶液の誘電緩和に大きくかかわっていることが示唆される。

本研究は、早稲田大学理工学部との共同研究である。この成果は、日本物理学会において発表された。

 

3.成果発表

<原著論文>

1Toshio Kikuta, Katsumi Shimizu, Ryusuke Nozaki and Yoichi Shiozaki, Domain structure in the polar phase of ammonium Rochelle salt, Ferroelectrics, 190, 51-56 (1997).

 

4.学術講演

<招待講演>

1. Ryusuke Nozaki, Daisuke Suzuki, Sentaro Ozawa and Yoichi Shiozaki, "The a and b Relaxations in Supercooled Sorbitol", The 3rd International Discussion Meeting on Relaxations in Complex Systems, Vigo, Spain, June-July 1997.

 

<一般講演>

1. 大西 康之、野嵜 龍介、塩崎 洋一、“ベンゼン希薄溶液中における液晶分子の誘電的研究”、日本物理学会第52回年会、名古屋、19973月。

 

2. 佐藤 高彰、丹羽 弘、千葉 明夫、野嵜 龍介、“高周波誘電緩和法による水とアルコールの混ざり方の研究”、日本物理学会第52回年会、名古屋、19973月。

 

3. 野田 菜摘子、中野 秀彦、芳賀 永、野嵜 龍介、塩崎 洋一、“RS-ARS混晶の比熱IV”、日本物理学会第52回年会、名古屋、19973月。

 

4. 中野 秀彦、野田 菜摘子、芳賀 永、野嵜 龍介、塩崎 洋一、“ACカロリメトリーによる一次相転移の研究IV”、日本物理学会第52回年会、名古屋、19973月。

 

5. 阿佐子、野嵜 龍介、塩崎 洋一、“RS-ARS混晶の誘電緩和III”、日本物理学会第52回年会、名古屋、19973月。

 

6. A. Oka, R. Nozaki and Y. Shiozaki, "DIELECTRIC RELAXATION BEHAVIOR OF RS-ARS", The 9th International Meeting on Ferroelectricity, Seoul, Korea, August 1997.

 

7. Y. Shiozaki, K. Shimizu, E. Suzuki and R. Nozaki, "STRUCTURAL CHANGE IN PARAELECTRIC PHASE OF ROCHELLE SALT", The 9th International Meeting on Ferroelectricity, Seoul, Korea, August 1997.

 

8. T. Fukami, R. Nozaki and Y. Shiozaki, "DIELECTRIC BEHAVIOR OF RS-ARS MIXED CRYSTAL SYSTEM AT LOW TEMPERATURE", The 9th International Meeting on Ferroelectricity, Seoul, Korea, August 1997.

 

9. 清水 勝美、鈴木 英資、野嵜 龍介、塩崎 洋一、"ロッシェル塩の常誘電相における結晶構造変化II"、日本物理学会1997年秋の分科会、神戸、19979月。

 

10. 喜久田 寿郎、野嵜 龍介、塩崎 洋一、"X線回折によるARSの構造相転移III"、日本物理学会1997年秋の分科会、神戸、19979月。

 

11. 佐藤 高彰、丹羽 弘、千葉 明夫、野崎龍介、高周波誘電緩和法による水とアルコールの動的な混合状態の研究、日本物理学会1997年秋の分科会、神戸、19979月。