テラヘルツ時間領域分光法
研究情報
テラヘルツ波とは、周波数帯域0.1THzから10THzの電磁波を指します。携帯電話の周波数がGHz帯であり可視域が数百THzであるから、テラヘルツ領域はデバイス技術やシステム技術が発達しているエレクトロニクスやフォトニクスの中間の領域に位置しています。この領域の電磁波技術の開発は立ち遅れていて産業的にはあまり利用されていませんでしたが、近年の安定なフェムト秒パルスレーザーや半導体技術の発達により効率の良い発生・検出方法が確立され、盛んに研究が行われるようになってきています。
テラヘルツ領域には、液体の緩和モードや分子間振動モード、半導体中のフリーキャリアや格子振動、その他にも強誘電体のソフトモードや気体の分子回転モードなどの様々な物質の励起が存在しており、これらはそれぞれの物理現象をよく特徴づけることから、テラヘルツ領域での物性研究が盛んに行われています。
我々はテラヘルツ時間領域分光法(Terahertz Time-Domain Spectroscopy , THz-TDS)を用いて様々な物質のテラヘルツ領域における光学定数の測定を行っています。我々が測定に用いている自作の透過型テラヘルツ分光装置では、市販の製品と比較してアンテナ間のギャップが100倍程度大きな光伝導アンテナをテラヘルツ波発生素子として用いることで高強度のテラヘルツ波発生を実現しており、さらに光学系を真空ボックス内に収めることで水蒸気の回転モードの影響が取り除かれた高精度の測定が可能となっています。
現在の研究内容
水やアルコールは水素結合性液体の中でも代表的で身近な液体ですが、複数の分子が水素結合により複雑なネットワーク構造を形成することから分子レベルでのダイナミクスは未だに解明されていません。
水素結合性液体では、赤外領域にはイオン分極に起因する振動モードが、マイクロ波領域には集団的な分子の回転緩和に起因する緩和モードが存在し、これらの狭間に位置するテラヘルツ領域はこの緩和モードの励起が振動モードの励起に切り替わる周波数帯で、分子間相互作用による応答が現れると考えられています。
我々は水素結合性液体の複素誘電率を評価し、テラヘルツ領域に現れるモードが具体的にどのような物理現象を反映しているのか特定することを目標としています。
これまでの研究から、1価アルコールには共通して1.5THz付近を中心とする分子間振動の誘電損失ピークが存在することを確認しました。このピークはアルコール分子の形状によって大きさが変化し、特にOH基が側鎖に結合しているアルコールで強い吸収が現れることが明らかになりました。現在我々はこのピークと水素結合ネットワーク構造の関連について研究を行っています。
なお、この研究は北大固体物性I研究室と共同で行っており、マイクロ波領域とテラヘルツ領域の双方の視点から分子ダイナミクスの解明を目指しています。1価アルコールの研究成果については以下の文献をご覧ください。
参考文献
[1] Y. Yomogida et al., J. Mol. Liq. 154 (2010) 31-35
[2] Y. Yomogida et al., Physica B. 405 (2010) 2208-2212
[3] Y. Yomogida et al., J. Mol. Liq. 970 (2010) 171-176
[4] Y. Yomogida et al., J. Mol. Struct. 981 (2010) 173-178