気まぐれ通信 2023年

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  • 6月 山本、大原の論文
     Thermal features of Heisenberg antiferromagnets on edge- versus corner-sharing
           triangular-based lattices: A message from spin waves.
                S. Yamamoto and J. Ohara:

                  J. Phys. Commun. 7, No. 6, 065004, 1-34 (2023)
    が出版されました。オープン・アクセスですので、
    是非多くの方に、見て、読んで、(ここで提案する
    新しいアプローチを実地の)お役に立てていただけ
    れば、と思います。山本の研究人生において、1本
    の原著論文としては最長・最重量となる34頁に及ぶ
    原稿です。記録を見返してみますと、着想と試行計算に
    野心をプラスして最初に学会発表したのが2015年、
    以来中座を繰り返しながら、8年の歳月をかけて
    試行錯誤、計算しては自己評価に他者比較、
    フォーマリズムの再点検をしては残された可能性の
    洗い出し、挫折と再起を繰り返したことになります。
    書き始めるも立ち止まり、止まっては理論武装、他者
    と比較しては自らの身なりを確認、着稿してなお1年
    の歳月を費やしました。この論文で扱うトピックを、
    その背景や歴史を取り混ぜてエピソードと共に
    紹介したいと思います。

     1次元強磁性体の比熱、帯磁率、これを熱力学Bethe仮説法に基づく数値求解で精確に
    低温展開し、それだけでも職人芸なのですが、なんとその展開係数を、スピン波理論に
    僅かなグランド・カノニカル修正、たった1つのLagrange化学ポテンシャルを持ち込む
    だけで、見事に再現できる。
    高橋實先生のこの輝かしいお仕事の魅力を理解し、さらなる
    展開を考え始めたのは、今から四半世紀以上前、大阪大学・助手から岡山大学・助教授
    へと移動が決まり、ドイツHanover大学の滞在を切り上げて家族(妻とハイハイ歩きの
    長男)と共に帰国した頃です。きっかけは定かではありませんが、岡山大学に移動して
    間もなく、高橋實先生から物性研の短期滞在制度でお声掛けをいただき、半年ごとに数日
    程度、ディスカションと称して物性研に寄せていただくようになりました。セミナを
    組んでくださり、ハロゲン架橋錯体の光物性について話したところ、教室後方に(もう
    退官されて久しい)豊沢先生のお姿を発見し、感激して張り切って喋ったのを覚えて
    います。因みに、座長の高橋先生は、話し始めて5分で熟睡されておりました。
    そう言えば、大阪大学助手時代、豊中の群論国際会議で講演の折、最前列に鈴木増雄先生
    のお姿を発見し、これまた張り切って喋ったのですが、鈴木先生はやはり5分で熟睡
    されておりました。鈴木研出身の確かK. T. 氏に教えていただいたと記憶しますが、
    『あー、いつものことです。でも凄いのは、熟睡されても終了5分前にはぱちっと
    目覚められ、討論時間独り占めでがんがん核心に迫る質問されるんですよ』とのこと。
    なるほど確かに、鈴木先生が先陣切って質問してくださり、討論に好い薪をくべて
    くださいました。因みに私は、現京大基研K. T. 氏学生時代のJ. Phys.: Condens. Matter
    に載るシリーズ論文、行列積波動関数変分法によるHaldaneギャップ系に端を発する
    系統計算が大好きで、ドイツ滞在時も愛読し、これでSchwingerボソン表示やストリング
    秩序パラメタを勉強しました。

     さて話戻して物性研高橋實研究室通い、先生には、端末やセミナ室を自由に使わせて
    いただき、晩に食事をご一緒する、時に、何故かそこに久保健先生がいらっしゃる、
    そんなこともありました。實先生は当時、堺和光氏達と共に、Hubbard模型の相関関数
    厳密計算にはまっておられ、次近接サイト間、次々近接サイト間、そして
    『いやーあれ、3つ先、4つ先、芋づる式に出せちゃうんですな(^_^)これが』
    と、嬉しそうに楽しそうに語っておられました。厳密解(だけではありません、連分数展開、
    Green関数モンテカルロ、ある時は数値計算オタク話も伺いました)の高い技術、この宝刀
    をあちこちで抜いては一刀両断世界を沸かせる、理論家たるものこうありたい、心底ファン
    になってしまいました。その高橋先生に、修正スピン波理論について続編を考えている
    ことを、時折話しておりました。

     強磁性鎖、正方格子反強磁性体で、高橋實修正スピン波理論は沢山のユーザーを生み
    ました。私もその1人、正方格子反強磁性体では、實スキームに巣食うHartree-Fock
    近似起因の人工1次転移破綻、これを回避する新スキームを思いつき、全温度領域に
    渡って定量的熱力学記述を達成しました[Phys. Rev. B 99, No. 9, 094412, 1-17 (2019)
    arXiv:1903.03769
    ]。 しかし、フラストレイション系、非共線スパイラル基底状態を
    もつ磁性体、その熱力学を記述する修正スピン波理論は、
    私の知る限り、確信をもって、
    これまで世の中に存在しません。 非等辺三角格子、正方格子J1-J2模型、
    フラストレイション系の基底状態相転移を手探りする程度の修正スピン波計算はあり
    ますが、その有限温度物性に踏み込む修正スピン波理論を、私は見たことがありません。
    論文中まず紹介しますが、高橋實修正スキーム(Hartree-Fock近似あるいは変分
    ハミルトニアン)を三角格子なり籠目格子なりにそのまま適用すると、
    フラストレイション系特有のボソン演算子奇数個項が落ちて
    (期待値が零になって)
    しまいます。これで結果が良いわけがなく、過大評価に微細構造を見逃す比熱曲線
    あるいは見るも無残な帯磁率発散が出てきます。

     帯磁率の発散は、非共線(noncollinear)古典基底状態から出発するために動座標系、
    回転座標系に乗る、これによりハミルトニアンが本来持つ保存量としての磁化、この
    磁化が非保存量になってしまう
    ためであり、スピン波の宿命、スピン波が背負う重い
    十字架です。フラストレイションを切ればこの発散は収まりますが、それはミッション
    の放棄です。フラストレイション(系の有限温度物性)をスピン波で記述したいのです。
    『スピン波とフラストレイションは相性が悪いんだ、そっか、仕方無いね』
    と諦めるのは簡単ですが、私はこの挑戦にロマンを感じました。帯磁率の発散を抑え
    込む、絶対零度でも止まない磁化の揺らぎを最小限に抑える、まずこの着眼点から
    ジャングルに入りました。奥深く入り込むと、コブラ、ワニ、狼男に雪女、もう
    それはそれは沢山、怖いものに出くわしました。あちらを立てればこちらが立たず、
    あそこを治せばこちらが綻び、もぐら叩きと格闘するようでした。

     そうして歳月は流れ、地道な計算と膨大な市場調査、試行に思考が続きました。その
    結果とうとう、汎用性が高く、説得力も持ち合わせるダブル修正スキームに辿り着き
    ました。それでも、collinear磁性体のように、熱力学曲線低温展開係数その最初2項
    3項が厳密、そのような精確さはありません。ありませんが、ではフラストレイション
    系でスピン波は無力、プレイを諦め観客席でtensor networkが発展するように旗でも
    振っておれ、そうかというと、決してそうではありません。フラストレイション系に
    あっても、否、ほとんどアプローチ手段が無い高次元フラストレイション系熱力学
    (無限サイズ)極限だからこそ、装い新たな修正スピン波理論、collinear系の全てを
    踏襲し且つnoncollinear系の荒波にも耐えるタフな修正スキーム、これが大きな役割を
    果たし得る。量子揺らぎで古典基底状態秩序は崩壊しているかもしれない、スピン液体
    が囁かれる籠目格子においてすら、スピン波は無言ではない、間違いなく我々に一編の
    メスィッジを発している。これが、この長編論文を貫くスピリットです。
    表題にはその想いを込めています。

     退官されて久しい高橋實先生ですが、實先生に是非見ていただきたい報告したい、
    思い入れの深い論文です。8年の歳月、1年の執筆、原著論文1本に34頁、知識が
    乏しい学生時代には描けるはずもなかったドラマ、とにかく業績欄を埋めるのに
    忙しい駆け出しの頃には怖くて乗り出せなかった(ゴールが無いかもしれない)
    長旅、今だからこその贅沢な1本、自分ではそのように想っています。この間も、
    光スウィッチング磁石
    J. Phys. Soc. Jpn. 89, No. 9, 093706, 1-5 (2020) arXiv:2008.00411;
     固体物理 56, No. 8, 395-408 (2021)]、
    Majoranaフェルミオンとゲイジ拡張対称操作群
    Phys. Rev. B 101, No. 21, 214411, 1-18 (2020) arXiv:2005.05679;
     J. Phys. Soc. Jpn. 89, No. 6, 063701, 1-5 (2020) arXiv:2005.05678]、
    磁性準結晶の高次Raman散乱
    J. Phys. Soc. Jpn. 91, No. 5, 053701, 1-5 (2022) arXiv2204.00345]、
    いろいろ手掛けてきましたが、産業ロックではない本当の自分の音創り、流行に
    流されることのないソウル・ミュージック、ベスト・ヒットUSAを見ながら、そんな
    想いを募らせました。学生時代、(若さだけが取り柄の私がボスのアイデアをせっせこ
    コーディングして計算したネタを持って)ソルトレイクの合成金属国際会議に出掛けた
    ボスが帰ってきて、私に上機嫌でお土産、そして土産話をしてくださいました:
    『おい山本、あんたの計算、好評やったで。話した後、Heeger(導電性高分子化学の
    白川教授、MacDiarmid教授と並んで2000年ノーベル化学賞に輝く理論・数理物理学者)
    がわしんとこ来よって、おまえの研究はユニークや言いよった。
    山本、ユニークって分かるか。理論家やったら道具から自分で創んなはれ。
    言語から自分で創ってみ。その言葉で喋んのや。それが本物の理論家や。』
    そう説いて下さった福留秀雄先生、天国のボスにも報告したい1本、それがやっと
    上がりました。そして最後に内輪の話ですが、やはり三度の飯より物理が好き、
    元気一杯大原講師とのティームワークがあってこそ、この論文が生まれました。

     フラストレイション磁性をこれからやってみたい若手に、イントロダクション
    も手厚い入門書。スピン波計算に既にかなり習熟するプロに、こだわりのひと品を。
    計算物理学オタクの休憩時間に、とっておきのハーブ・ティを。それぞれの興味、
    各人の用途に合わせて、是非ご賞味いただきたい1本です。



  • 5月 8th Annual Conference of AnalytiX [Osaka/Japan]にて、
      Possible ring exchange and chiral spin fluctuations in quasiperiodic
          planar antiferromagnets: Raman observations

    と題して、山本が招待講演(Keynote Speech)を行いました。

     本来2020年5月開催で企画された会議ですが、延期を繰り返すこと3回、
    現地対面開催を諦めず忍耐強くコロナ禍が明けるのを待つこと3年、
    とうとう今年2023年、Hyatt Regency Osaka Bayで念願の対面形式をもって
    開催となりました。3年半前にRaman Spectroscopyを主題とするセッションの
    Keynote Speakerとして招待を受けました。 当時は正方格子反強磁性体の
    熱力学・動力学記述[Phys. Rev. B 99, No. 9, 094412, 1-17 (2019) arXiv:1903.03769
    に熱中しており、
           Multimagnon-mediated Raman scattering in
      the high-temperature-superconductor-parent antiferromagnet La2CuO4

    と題して話すことにしました。コロナ禍により5月開催の会議を延期すると
    最初連絡が入った時は、その後本格化するコロナ大災禍など想像できず、
    とにかくこの業務多忙の中余計な手数を増やしてくれて・・・と、
    怒りを抑えて出張取り消し手続きについて事務方に問い合わせました。
    仕事時間を無駄にしたくない一念で、手っ取り早く自らの研究費からキャンセル
    代金を支出して手続きを済ませた半月後、『JAL、ANA、チケット代金を全額返還』
    のニュースが流れ、早起きは三文の徳ならぬ、早行動は四万の損、を噛み締めました。
    3ヶ月もすると、日本も暗く重い空気に覆われ、事の重大さが身に染みて分かり、
    会議当局の苦労にも気が回り、一方、ZOOM授業の設計に追われるようになりました。

     時は流れ、研究の中心がKitaevスピン液体へと移り、そこでRaman散乱を媒介する
    Majoranaスピノン対をprojective symmetry group(ゲージ拡張対称操作群)積表現で
    記述[Phys. Rev. B 101, No. 21, 214411, 1-18 (2020) arXiv:2005.05679]し、
      Raman scattering mediated by Majorana spinons in Kitaev spin balls
    という講演にスウィッチしました。日本物理学会もZOOM開催が定着し(てしまい)、
    折角企画講演のお話をいただくも、パソコンに向かって喋る、少々寂しく味気ない
    ものとなりました。

     さらに時は流れ、次の博士課程学生用の新ネタとして準結晶を勉強し、 これが軌道
    に乗り[J. Phys. Soc. Jpn. 91, No. 5, 053701, 1-5 (2022) arXiv2204.00345]、演題
      Possible ring exchange and chiral spin fluctuations in quasiperiodic
          planar antiferromagnets: Raman observations

    にたどり着きました。

     会議はもともと、結晶工学、触媒化学、質量分析、核磁気共鳴、Raman散乱、
    テラヘルツ分光、miscellaneous感の強いものですが、それが3年の延期を経る中で、
    さらに主催団体の関連会議と合併同時開催となり、バンケットのテーブルはもう、
    科学技術!という合言葉以上に何ら共通事項無しのような状態でした。

    Texas A&M 大学
    Kingsville校の
    Christine Hahn准教授
    (触媒有機化学)
    と夕食を囲んで。

    しかし、コロナ禍が明けてマスクもついたても無い食事のせいでしょうか、
    本当に自然に会話が始まり、人々の表情は明るく、初対面、分野違い、業種違い、
    これを隔てる心の中のついたて、そんなものは微塵も見当たりませんでした。

    Smart Polymer 社
    で機能性化学繊維
    関連の製品企画
    アドヴァイザ
    を務める
    Frank Wendler博士
    と会議場ホテル前で。

     合成金属、低温、磁性、光物性、準結晶、統計物理学、計算物理学、理論物理学、群論、
    専門家が集まり、自らの計算を披露して理論家の意見に耳を傾ける、物質開拓の現場を知り
    新しい研究のアイデアを着想する。良い意味で対象を絞り手法を特化する会議に参画して
    腕を磨く、それは大学院生時代から何十年と続けてきた営みで、30代はもうこの価値観で
    まっしぐらでした。しかし、50本、100本と論文を書き、山あり谷あり多彩な研究課題
    を開拓しては踏破し、現代物理学、数理物理学、物性物理学のbird’s-eye viewを少しは
    語れるようになったかなと感じられる今、今回のような祭典的な会議も悪くないな、
    特にコロナ禍を経て、しみじみ楽しいな、 そんな想いをもって帰路につきました。
    研究の世界に飛び込もうとしている若い人達には、研究=勉強、研究=苦難、研究=競争、
    確かにそうなのですが、これを乗り越えてその先に、 あるいはその道中車窓に、
    食べる、話す、笑う、行き交う、楽しい人的交流があることを、 伝えたい、知って欲しい、
    そのように思います。



  • 3月 日本物理学会(オンライン)で 井上が研究成果を発表しました:
      講 演 題 目 
    著 者
    Magnon localization in the two-dimensional Penrose antiferromagnet:
    Perpendicular-space analysis of the dynamic structure factor in quasiperiodic antiferromagnets
    井上天、山本昌司
  • 井上天、
    磁性準結晶のRaman散乱理論を構築して、
    学位の春です。

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