大川・北研究室1997年度研究活動報告


 

メンバー

研究成果

成果発表

学術講演

科研費・助成金等の取得状況


 

1. メンバー

 

 教 授: 大川 房義  011-706-2694 fohkawa@phys.sci.hokudai.ac.jp

 助教授: 北  孝文  011-706-2687 kita@phys.sci.hokudai.ac.jp

 DC3: 宮井 英次

 DC2: 佐藤 寛之

 MC2: 安井 甲次

 MC1: 清水 寛文   夏目 一主

 


 

2. 研究成果

・大川房義      ・北 孝文

大川房義

遍歴電子磁性と局在モーメント磁性の統一理論の完成は磁性の分野に於ける 大きな課題である。 この問題解決のためには何よりもまず、 強相関電子系における局所量子スピン揺動効果を如何に正確に考慮するか という問題を解決しなければならない。 局所量子スピン揺動効果を正確に考慮することは、 近藤効果の有効模型であるアンダーソン模型を解く問題に帰着できる。 この事実を利用して、局所量子スピン揺動効果を正確に考慮できる 理論として、 近藤効果を出発点としてサイト間スピン揺動効果を摂動で考慮する 摂動理論を開発した。 この摂動理論は数学的には無限次元からの展開、空間次元数を d とすると、 1/d 展開として定式化される。 この理論枠組みには、解くべきアンダーソン模型を自己無撞着に決め、 そして解くというかなり膨大な計算過程が必要とされる。 この数値計算を実行すれば 遍歴電子磁性と局在モーメント磁性の統一理解は可能と期待できる。 しかし、近藤効果については従来の研究でほとんど完全に理解されている 問題である。これまでの研究成果を利用して、 遍歴電子磁性と局在モーメント磁性とがまさにクロスオヴァーする領域を 除いて、次の個々のテーマについて相当に定量的な議論をした。 1/d 展開理論の応用により新しい成果を得たのは、

 

(1) 遍歴電子磁性におけるキュリーワイス則について

 世の中で巾広く受け容れられているモード・モード結合効果は1/d の高次の機構の機構である。1/d の最低次の機構として磁気的分子場の温度依存性からくる機構がある。いずれが現実の系で重要かを調べた。典型的遍歴電子強磁性体では磁気的分子場の温度依存性からくる効果がキュリーワイス則を与える。この場合、モード・モード結合効果は逆にキュリーワイス則を抑える働きをする。

 

(2) 銅酸化物高温超伝導体での超伝導機構の解明

  準粒子とクーパー対形成相互作用について定量的議論をして、実験値をほぼ説明した.

 

(3) 重い電子系のメタ磁性機構の解明

 

北 孝文

 NbSe2等の物質では、超伝導状態においてもド・ハース-ファン・アルフェン効果(量子振動)が生き残ることが観測されている。また、Hess らにより超伝導 NbSe2の磁場下の局所状態密度が STM を用いて初めて観測され、渦糸近傍の準粒子状態の理解が大きく進んだ。このような新たな実験結果に刺激されて、磁場中の超伝導体の準粒子状態に多大の興味・関心が持たれている。しかし理論的によく解明されているのは、NbSe2 などの等方的な(S 波の)クーパー対を持つ場合である。

一方、高温超伝導体の発見前後から今までに数多くの異方的超伝導体が発見されてきた。高温超伝導体に対する数多くの実験結果は、クーパー対が dx^2-y^2 波であるということを示している。また UPt3 のように磁場中で相転移を示す超伝導体、またSr2RuO4 のように P波クーパー対の可能性が示唆されている物質もある。このような異方的な超伝導体の磁場中の相図を理論的に解明するには、まずギンツブルグ-ランダウ(GL)方程式を解く必要がある。しかし、この方程式が解かれているのは、今のところ上部臨界磁場 Hc2 と下部臨界磁場 Hc1 近傍に限られているのが実状である。

このような背景のもとで、今年度は以下の研究を行った。

・磁場中の dx^2-y^2 波超伝導体の準粒子状態の解明

・異方的超伝導体の H-T 相図と渦糸状態の解明

  以下、これらについてより詳しく述べる。

(1) 磁場中の dx^2-y^2 波超伝導体の準粒子状態の解明(安井甲次氏との共同研究)

高温超伝導体の渦糸状態における局所状態密度は、ジュネーブ大学のフィッシャー教授のグループにより、STM を用いて初めて測定された。YBCO におけるその特徴の一つに、渦糸中心のゼロバイアス近傍に二つのピークが現れることが挙げられる。彼らはこのピークを、理論的によく解明された $s$ 波の孤立渦糸についての結果を援用して、渦糸近傍に束縛された準粒子状態の寄与であると解釈した。しかしこの実験結果は、Wang らによる dx^2-y^2 波についての計算結果とは一致しない。Wang らの理論では、 dx^2-y^2 波の渦糸中心の局所状態密度は一つのなだらかなピークを示す、という結論となっている。また Frantz らによる最近の計算では、dx^2-y^2 波の渦糸近傍には束縛状態は存在しないという結論が得られており、この意味でも実験に現れた二つのピークの起源は謎である。dx^2-y^2 波モデルで説明できないとなると、ゼロ磁場の実験結果との矛盾が生じてくる。Himeda らは t-J モデルにグッツヴィラー近似を施してこの謎に挑み、磁場下では渦糸近傍に s 波成分が混じって束縛状態ができる、というシナリオで実験結果を説明できると主張した。しかし彼らの結果には、強結合かつ2次元の下でのグッツヴィラー近似の妥当性、等の点で疑問が残る。

一般に磁場中の異方的超伝導体の準粒子状態を理論的に解明するには、「ボゴリュボフ-ド・ジェンヌ(BdG)方程式」と呼ばれる方程式を解く必要があるが、これは異方的クーパー対の場合には困難であった。我々は、「磁気並進群の固有関数展開法」(昨年度の年次報告および今年度の発表論文の項目を参照)という新たに開発した方法を用いて、dx^2-y^2 波超伝導体の BdG 方程式を解くことに成功した。そして孤立渦糸(ゼロ磁場極限)の場合だけでなく有限磁場下の局所状態密度についても詳細に研究し、その全貌を初めて明らかにすることができた。また Laughlin により磁場下で dxy 成分が混じる可能性が指摘されているが、その混じりがスペクトルに及ぼす効果についても調べた。それらの結果は以下のようにまとめることができる。

・ゼロ磁場極限(孤立渦糸)では、コヒーレンス長の大きさに依らず、ゼロバイアス近傍に一つのなだらかなピークが現れる。この結果は Wang らや Frantz らの計算結果と一致する。 

・ 有限磁場下では、コヒーレンス長によりスペクトルの形状が異なる。コヒーレンス長が長い場合にはスペクトルの形状はあまり変化しない。一方コヒーレンス長が短い場合には、磁場を上げるにつれピークが二つに分裂し、YBCO の実験と類似した形状を示す。この磁場によるピークの分裂は、準粒子の渦糸間のホッピングが増大することに起因することも明らかにした。

dxy 成分の混じりは、スペクトルにほとんど影響を及ぼさない。

このように、dx^2-y^2 波超伝導体の準粒子状態を詳細に解明し、またYBCO の実験結果を説明する新たな一機構を提案した。

 

(2) 異方的超伝導体の H-T 相図と渦糸状態の解明

Sr2RuO4 の超伝導は、内部自由度を持つ p 波クーパー対を持つ可能性が非常に高いことが Rice と Sigrist により指摘されている。一方超伝導 UPt3 では、H-T 面内で少なくとも三つの異なる相が実験的に確認され、内部自由度を持つ超伝導状態であることが確立されている。これらの超伝導に対し、群論的考察により可能なギンツブルグ-ランダウ(GL)自由エネルギー汎関数がいくつか提案され、またHc2 Hc1 近傍の様子が詳しく調べられた。しかし、全磁場領域でこれらの汎関数の最低状態(熱平衡状態)を求めることはなされていない。また一般に、内部自由度を持つ超伝導体において、磁場中でどの様な相転移が可能であるかということは未だ明らかになっていない。これらを解明することは、Sr2RuO4と UPt3 の実験を説明する上でも是非必要である。一方、GL 方程式の新たな解法「磁気並進群の固有関数展開法」は、s 波の自由エネルギー汎関数の最小状態を全磁場領域で求めるのに極めて有効であった(昨年度の年次報告および今年度の発表論文の項目を参照)。この方法はまた、磁場中で起こりうる相転移の分類にも適している。そこで、この方法を用い、Agterberg により Sr2RuO4 に対して提出された自由エネルギー汎関数を採り上げ、その最小状態を全磁場領域で求めてH-T相図を作り、また内部磁場分布など実験的に検証可能な物理量を計算する事を試みた。現在までに得られた結果は以下のようにまとめることができる。

・ 磁場が ab 面内にある場合

磁場を下げるにつれ第二の相転移が起こる。この結果は、磁場が主軸方向の場合には Agterberg によりすでに指摘されていたが、磁場が主軸以外の方向にかかった場合にもこの相転移が生き残ることが明らかになった。また内部磁場分布を計算したところ、三角格子に特徴的な1ピーク構造が転移点以下で消失し、2ピーク構造が現れることがわかった。この結果は中性子散乱や msR などの実験で検証できる。また UPt3 でも観測される可能性がある。

・磁場が $ab$ 面に垂直な場合

この時にも第二の相転移が起こることを初めて明らかにした。転移点以上では正方格子が、また転移点以下では長方形の格子が安定となる。この結果も STM などで確認できるはずであり、p 波モデルの妥当性の検証に使える。また UPt3でも観測される可能性がある。

 

 


 

3. 成果発表

原著論文

(1) H. Satoh and F. J. Ohkawa, Phys. Rev. {\bf 57} (1998) 5891,

"Field-induced ferromagnetic exchange interactionsin metamagnetic transitions of heavy-electron liquids"

(2) F. J. Ohkawa, K. Onoue and H. Satoh, J. Phys. Soc. Jpn. {\bf 67} (1998) 535,

"Sinusoidal and Helical Structuresin Itinerant-Electron Magnets"

(3) F. J. Ohkawa, J. Phys. Soc. Jpn. {\bf 67} (1998) 525,

"Magnetic Exchange Interactions between Quasiparticlesin Itienrant-Electron Magnets"

(4)F. J. Ohkawa, Phys. Rev. {\bf 57} (1998) 412,

"Quantum and thermal spin fluctuations in itinerant-electronmagnets"

(5) H. Satoh and F. J. Ohkawa,Jpn. J. Appl. Phys. Series {\bf 11} (1998) 21,

"Field-Dependent Exchange Interaction in CeRu2Si2"

(6)T. Kita, J. Phys. Soc. Jpn. {\bf 67} (1998) 2067,

''Solving the Ginzburg-Landau Equations with Magnetic Translation Group"

(7)T. Kita, J. Phys. Soc. Jpn. {\bf 67} (1998) 2075,

''A Microscopic Theory of Abrikosov Lattices"

 

4. 学術講演

 

一般講演

(1)大川房義:「銅酸化物超伝導体の正常状態における異方的擬ギャップ」

1998年日本物理学会年会(東邦大学) 講演番号 31pS-9

(講演概要集53巻1号第3分冊594ページ

 

(2) 大川房義:「強相関遍歴電子液体での量子熱スピン揺動

1998年日本物理学会年会(沖縄国際大学) 講演番号 26pYH-3

講演概要集53巻2号第3分冊501ページ 

 

(3)佐藤寛之・ 大川房義:「CeRu2Si2で磁場依存の交換相互作用

1998年文部省科学研究費特定研究班研究会「強相関電子系の物理」(東北大学)

 

(4) 北孝文:「磁束格子の微視的理論」

1998年日本物理学会年会(東邦大学) 講演番号 31pR-6

(講演概要集53巻1号第3分冊590ページ)

 

(5)安井甲次・ 北孝文:「磁場中の dx^2-y^2 波超伝導体の準粒子状態」

1998年日本物理学会秋の分科会(琉球・沖縄国際大学) 講演番号 27aYB-8

(講演概要集53巻2号第3分冊687ページ)

 

(4) 北孝文:「d波超伝導体の安定な渦糸構造」

1998年日本物理学会秋の分科会(琉球・沖縄国際大学) 講演番号 27aYB-9

(講演概要集53巻2号第3分冊687ページ)

 


 

5. 科研費・助成金等の取得状況

 

[大川房義] 科研費 基盤研究(C)(2)(継続) 代表 500千円

 「局在寸前の強相関遍歴電子系の磁性と超伝導の理論的研究」