高温超伝導体における擬ギャップの発見と最近の研究

物理学専攻 高圧物理研究室

BednorzMullerによって銅酸化物高温超伝導体が発見されて15年が過ぎ、現在、最も高い転移温度TcHg系の銅酸化物で見つかった135Kである。この間、高温超伝導の発現機構に関しても膨大な研究が行われてきたが、今なお未解決の状態となっている。高温超伝導の発現機構については、その発見の翌年には、高温超伝導も2個の電子がクーパ対を形成し、それらがBose凝縮を起こすことで超伝導となることが示され、問題は高い臨界温度Tcをもたらす強い引力機構は何か?という点に集約された。高温超伝導相は反強磁性相に隣接することから(図1)、引力の起源の有力候補として当初から反強磁性相互作用が考えられ、この相互作用に基づく多くのモデルが提唱された。ところが、引力の性質を直接的に反映するオーダパラメタの対称性が、引力が反強磁性相互作用に起因する場合に期待される「d波」と異なる「s波」との報告が続き、しばらく混乱した状況にあった。その後、良質な試料の作成と新しい実験手法の導入等により、やはりオーダパラメタの対称性は「d波」ということで決着がついた。1993~4年のことである。当時、我々のグループも走査型トンネル顕微鏡によるトンネル分光や電子比熱の結果から高温超伝導のオーダパラメタの対称性は「d波」であることを主張した(図2)。

オーダパラメタの対称性に関する問題が解決した後、高温超伝導体の研究において興味深い発見が続いた。1つは、「アンダードープ領域」と呼ばれるホール濃度の低い領域で、Tcがホール濃度の低下と共に減少するのに対してエネルギーギャップ(正確にはその最大値Δo)は逆に増大することの発見である。物理学における金字塔の1つと言われるBCS理論が適用できないのである。さらに、この発見に引き続き、常伝導相(T>Tc)の電子励起スペクトルにギャップ様構造が現れ、Tc以下で超伝導状態のギャップに連続的に移行することが見つかった。この常伝導相で現れるギャップ様構造は擬ギャップと呼ばれ、アンダードープ領域でのTcΔoの不思議な関係にも深く関与していると考えられている。また、擬ギャップは超伝導状態状態におけるギャップと同じ対称性を持っており、その形成機構を明らかにすることは高温超伝導の発現機構の解明に直結すると期待され、現在、世界的レベルで集中的研究が行われている

我々の研究グループもトンネル分光、磁化率、電子比熱等の測定から擬ギャップを調べており、擬ギャップがd波超伝導体の平均場の臨界温度Tco~2Δo/4~5kBTc)付近から発達し始めること、さらに、これまで報告のなかった代表的高温超伝導体の1つであるLa214系でもTco付近から擬ギャップが形成される可能性を指摘した。

また、最近の研究から、平均場の臨界温度Tcoより高温から別の擬ギャップが成長することが明らかになった。この擬ギャップは有効反強磁性交換相互作用Jeffとほぼ同じエネルギースケールを持つことから、反強磁性相関の発達に伴って成長するギャップと考えられている。この擬ギャップのエネルギースケールJeffは、Tco付近から成長する擬ギャップのエネルギースケールoより大きいので、前者は"大きな擬ギャップ"、後者は"小さな擬ギャップ"と呼ばれることが多い。

これまでの研究から、小さな擬ギャップの形成と同時にスピンが一重項状態を形成すること、またフェルミ面がノードを中心としたアーク状に縮小すること等が明らかにされ、小さな擬ギャップ形成に対する様々なモデルが提唱されている。代表的なモデルを挙げるだけでも超伝導の揺らぎ、反強磁性ギャップ、インコヒーレント電子対の形成、スピノンの一重項対形成、共鳴電子対状態、交替フラックス状態等が知られている。擬ギャップは、k空間における成長の様子が観測できるなど超伝導ギャップでは見られない特徴があり、その研究は高温超伝導の発現機構を考える上で貴重な情報を提供してくれるものと期待されている

高温超伝導体ではキャリアーがある線上に寄せ集まり、それらの間で反強磁性秩序がストライプ状に復活する現象が明らかとなり、擬ギャップと並んで注目を集めている。この現象は、強い電子間相互作用に基づく一種のミクロな相分離であり、高温超伝導体の電子系の強い相関を端的に表す重要なものである。しかし、高温超伝導の発現に直結する現象か否かは、研究者の間で意見の分かれるところである。 現在、多くの研究者は、高温超伝導の背後にスピン間の反強磁性相互作用があり、それが高いTcをもつ超伝導を生み出していると考えている。そして、反強磁性相互作用を出発点に擬ギャップを含めて高温超伝導を説明する具体的機構の探索に取り組んでいる状況にあると言える。高温超伝導の謎が解ける日もそう遠くないものと思われる。(文責:伊土)

 
図1:相図 図2: トンネルスペクトル
高温超伝導がd波超伝導であることがわかる
図3: 高温超伝導の舞台となるCuO2面の原子像
(走査顕微鏡にて6Kで測定)

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