研究主題

粒子の空間的自由度が制限される低次元系では, 物質現象に量子揺らぎの効果が顕著に現れます。電子の電荷とスピンは人間のお腹と背中のように思われますが,これらが別々に行動(電荷・スピン分離)してみたり,自由に動き回っていた電子が,縞模様を創って整列(電荷密度波)し絶縁体化(パイエルス転移)したりします。ナノスケールの分子磁性体(単分子磁石)では、量子力学の教科書で学んだゴースト現象(磁化の量子トンネル)が本当に観測されます。本研究室では,こうした低次元特有の新奇な量子協力現象を広く研究対象としています。その発現機構の解明に邁進することは勿論ですが,単に現象の解明という結果だけを重視するのではなく,そこへ至るプロセス,つまり方法論的開拓精神も大いに発揮します。ブロッホに始まりアンダーソン,久保により発展したスピン波理論を,現代物理学の花形トピックであるスピン・ギャップ系へ応用することを考えたり,近年ノーベル賞に沸いたポリアセチレンで一斉を風靡した解析連続体模型を,金属錯体の非線形光学励起に転用したり,目的地に着くまでの道のりを十二分に楽しんでみたいと思います。コンピューター性能が日進月歩の今日,量子モンテカルロ法など計算物理学的手法も活用しています。

  ナノスケール分子磁性体の磁気緩和

12個のMn,8個のFeなどが1つの分子を造り,これがスピン量子数10という巨大な基底状態スピンを呈します。こうした単分子磁石はいわゆるナノスケールであり,量子力学を生に検証できる夢の舞台として脚光を浴びています。この言わば0次元における特異なスピン緩和現象の理論研究を行っています。宇宙から地球を眺めるように,この分子を塊として租視化することも考えられますが,より好奇心を発揮して,分子の内部構造に立脚した理論構築に乗り出しています。核磁気共鳴によるその実験研究は,本学物理教室の低温物理学研究室を始め,京都大学,九州大学,岡山大学などでも活発に行われており,実験データと理論計算を相互に検討し,相補的に研究が進展しています。

  擬1次元金属錯体の多彩な基底状態と非線形光学応答

PtやNiなど遷移金属がハロゲンを介して1次元的に配列するハロゲン架橋金属錯体(MX錯体)では,高次ラマン散乱や放出線の巨大ストークス・シフトに観るように,強い電子・格子相互作用が物性を支配します。この物質群では,電子・格子相互作用はもとより,クーロン相互作用,次元性などを,化学置換により自在に調節することができます。これらをモデル化し,例えば基底状態における多彩な電荷整列パターンを予測したり,またその非線形励起―ソリトン―による電気伝導の可能性を探ったりしています。東京大学,筑波大学,都立大学などに有数の物質開発・光学測定拠点があり,情報をリアルタイムで交換しています。また理論模型という観点から本物質系は,高温超伝導の鍵を握る2次元銅酸化物d-p電子系の1次元版とも言える構造をもっており,群論を用いた対称性の研究も行っています。

  有機導体の電荷整列と相転移

Cのπ電子が電気伝導を担う有機導体は,軽量性・軟加工性などの観点から,機能性材料としての期待も膨らみます。Bechgaard塩の名で総称される物質群はその1例ですが,価電子バンドの充填率が1/4であることから,電荷密度波・スピン密度波の共存するユニークな基底状態が実現します。化学置換・温度・圧力などさまざまな内的・外的因子を調節することにより,この密度波状態はまるで万華鏡を覗くように変化します。こうした量子的・熱的相転移現象の理論解釈に努めています。また電子バンドの充填率によっては,分数の電荷をもったソリトン励起なども期待され,新現象の開拓にも努めています。本学物理教室の低次元電子物性研究室はこの分野の有数の実験研究拠点であり,実験・理論相補的研究環境が整っています。

  低次元スピン波理論の新しい展開

電子系の励起には,電荷揺らぎを伴う電荷励起,スピン揺らぎを伴う磁気励起と2つのモードがあります。通常電荷励起には有限エネルギーを要しますが,磁気励起は無限小エネルギーで可能であると長いこと信じられてきました。その共通認識が,1983年に提出されたハルデインの衝撃的な論文によって破られ,今では磁気励起におけるエネルギー・ギャップ(スピン・ギャップ)は,現代物理学の主要テーマの1つとなっています。スピン1を呈するNiの有機系・無機系反強磁性体,梯子の形をした銅酸化物反強磁性体など多岐にわたる物質で,実際にスピン・ギャップが観測されています。こうした磁気励起を記述するため,スピン波理論,シュウィンガー・ボゾン表示,スピンレス・フェルミオン表示,ボンド演算子表示など,多岐にわたる解析手法の開拓・展開を手掛けています。数式の美しさ・神秘性に魅せられた人には,夢大き旅路が待っています。